| その日の報告書を書いていると「主」と声を掛けられて顔をあげる。 声を掛けて来たのは歌仙で、その手には手紙があった。 「文が届いていたよ」 「ありがとう」 受け取りながらは礼を口にしてそれを開く。 大抵文が届くのは午前中だ。日が暮れた今の時間は珍しい。 家族に何かあったのかと心配しながら封を開けて中身を取り出す。 「政府は何だって?」 読み終わったらしく、彼女が首を傾げたのを見て歌仙が声を掛けた。 「明日、戻ってきなさいって」 「戻ってきなさい?急な話だね」 眉間に皺を寄せて歌仙が問う。 「うん、何だろう……」 家族が事故に遭ったとか、そういう話でなかったことには安堵した一方突然の呼び出しに一抹の不安を覚えた。 「供を連れて行かなくてはならないんじゃないかい?」 特に書いていないが、外出するときには供を付ける様にというのはこちらに来るときに政府に言われていた。 だから、おそらく今回の呼び出しにも供を連れていく必要があるのだろう。 だが、明日は歌仙が出陣する予定だ。 「僕の出陣を取りやめよう。代わりは誰にしようか」 「いいよ。小夜さんに頼んでくる」 「だが……」 「大丈夫。あたしの住んでた時代に帰ってくるだけだし」 言って彼女はすっくと立ち上がり、駆けて行った。 「それだけだといいのだけれどね」 歌仙はぽとりと呟いた。 彼女を害する何かがそこにないとは限らない。 後で小夜にくれぐれも主から目を離さないようにと言い含めておこうと思い、一方で主には廊下を駆けたことに対する説教をすべく彼女の戻りを待つことにした。 が審神者に就任して以来、自分の時代に戻るのは初めてだった。 思いのほか長く戻っていないことに気づき、家族が心配していないかと気になる。 審神者は現時点はそんなに多くないと聞いている。だからこそ、名誉なことだとも。 今後順次増やしていくが、素質がなければなれないものなので、急激に増えることはない。 小夜は隣を歩くの顔を見上げた。 どこか緊張しているような表情に首を傾げる。 「主、何かあるの?」 「え?」 「僕が守るから大丈夫だよ」 言いながら少し格好がつかないことに気づいた。 彼女の時代に戻る路は不安定な空間で、更に自分にとって少し居心地の悪いものだった。その様子に気づいた彼女が手を取ってくれたのだ。「迷子になったら大変だし」と言いながら。 「うん、小夜さんはあたしの短刀だもんね」 小夜は小さく頷いた。信用されている、信頼されているのが伝わってきて胸が温かくなる。 開けた空間に出るとそこには扉があり、開けた瞬間、小夜の見たこともない世界が広がっていた。 「ここが主の時代?」 「そうだよ、懐かしい」 頷いた彼女は笑みを浮かべていた。 「城は嫌?」 不安になって問いかけると彼女は首を横に振る。 「あそこも好き」 彼女の答えに小夜は安堵した。 「えっと、受付で聞いてくるから」 するりと手を離された途端、少し不安になった。 彼女は台を挟んで女2人と話をしている。 暫く話をしていた彼女が戻ってきた。 「8階だって」 「8階?」 「エレベータ使っていい?」 「いいよ」 何のことかわからないので、彼女に任せることにした。 手を引かれながら狭い箱に入り、変な感覚を覚えて彼女を見上げると彼女も何かを見上げている。 一定の間隔で何かの表示が変わっている。見たことある。主が時々紙に書いている。「数字」と言っているが、皆の知っているものではなくて本当にそうなのかはわからない。 また変な感覚を覚えたと同時にチンと音が鳴って扉が開いた。 「エレベータ、気持ち悪かった?」 つまり、今のがエレベータらしい。 「帰りは歩きたい」 小夜が言うと「下りるのなら階段で大丈夫だよ」と彼女は頷いた。 長い廊下を歩き、大きな扉の前で彼女が立ち止まる。 「ここ?」 「うん。小夜さんはここで待っててね」 「僕は入ったらだめなの?」 「うん、そうみたい。えっと、大丈夫かな?」 「じゃあ約束して。危ないって思ったら僕を呼んでね」 「大丈夫だよ」 「約束して」 「……うん、わかった。約束ね。ちゃんと呼びます」 彼女の言葉に小夜は頷き、「ちゃんと待ってるから」と約束した。 ドアをノックしては部屋に入る。 自分に審神者の心得を指導した政府関係者の他に白衣を着た研究者のような人、いかつい顔の人。 知らない顔が殆どだった。 は自分の所属を口にして勧められるままに椅子に腰を下ろした。 質問されてそれに答え、一通りの質問が終わったのか、バインダーに目を落としていた人が顔をあげて「もう結構だ」と言った。 これで終わりだと思い、彼女はほっと息を吐く。 「あの、ひとついいですか?」 「質問を許した覚えはないが?」 冷たく返されたは一瞬怯んだが、それでもこちらに戻ってきたのだから確認したいと思っていた。 「お母さんは元気ですか?」 長い間審神者として向こうにいた。その間、政府からの連絡はあったが、母親からの連絡が何一つない。 何か病気を患っているのかもしれない。もし可能なら、少しの間だけでも面会したいと思っていたのだ。 「お母さん?」 問い返された。 「はい、母親。お母さんです」 不思議に思いながらも、耳が遠くて聞こえなかったのかなと彼女が言葉を繰り返すと、白衣の男が噴き出した。 「お母さん……!傑作だ!」 「ドクター」と厳つい顔の男が窘める様に声を出す。 「いいかい、お嬢ちゃん。君に母親なんていない」 白衣の男が言う。 「お母さんに何かあったんですか!」 思わずは立ち上がった。 だが、白衣の男はまたしても手を叩いて笑う。 「元々君に母親なんてものはいなんだよ。まあ、路地裏にいたから一応母親という女はいたかもしれないがね。君のその頭の中に在る母親は、私が作った君の偽物の記憶だよ」 はコクリと唾をのむ。 言っていることが難しいのだろうか。この男の言葉の意味が理解できない。 「だって、お母さんは」 「それは私が作った、君の脳に植え込んだ偽の記憶だと言っている。これも成果だ。報告しよう」 「偽の記憶って何ですか」 は俯いて問いを投げる。 「刀剣男士とかいう得体の知れない何かと共に生活をするのに、普通の家が家族を差し出すと思ったか?まずは身寄りのない者を使い、成果を出してから順次審神者を増やしていく。物事には順序が必要ということだよ。 記憶を植え込むのは若い脳の方がいいからな。子供からだ。君は非常に優秀だ。非常に優秀なモルモットだったよ」 カタリと椅子から立ち上がった男は部屋を出ていく。それが合図となり、部屋にいた政府の関係者が皆部屋を後にした。 「ほう、君は刀剣男士かい?」 ドアを出たところにいた小夜を見た白衣の男が手を伸ばした。 小夜は咄嗟に二歩下がり、刀を構える。 「おお、こわいこわい」 笑って男は去って行った。 ぞろぞろと何人かが部屋から出ていき、皆ちらちと小夜を見た。畏怖の念を抱く者、好奇心を向ける者など様々で、最後に出てきた男が小夜に声を掛ける。 「もう城に戻って良いぞ」 小夜は部屋の中を覗いた。 部屋の真ん中にぽつりと椅子に座ったまま、主は俯いている。 「主」 声を掛けたが反応がない。 あの男たちに何かされたのだろうかと心配になって彼女の元に駆けた。 「主、帰って良いって」 「うん」と返事をした彼女の声は弱々しく、小夜は思わずその手を取った。 「帰ろう」 「うん」 小夜が手を引くと彼女は立ち上がる。行きとは逆に小夜が手を引き、城に戻ることになった。 |
桜風
16.4.4
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