願わくば 8





 の執務室の周囲に刀剣男士が集まっていた。皆遠巻きに眺めており、誰も近づけない。

ただ一人、近侍としてそばに居なくてはならない小夜を除いて。

「なんで!」

「出来ない」

「小夜さんは短刀でしょ。短刀だったら殺してくれるって聞いたよ」

「出来ないよ」

彼らが近づけないでいたのは、彼女のこの様子があまりに衝撃的だったからだ。

自分の時代に戻るとき、彼女は母親に会えるかもしれないと期待の言葉を零していた。

だから、少し戻ってくるのは遅いかなと思っていたのに、戻ってきときには消沈していた。

その理由は小夜もよくわからなかった。

しかし、ふと死にたいと言い始めたのだ。

理由が分からないし、そんなことしたくない。

不運だとしか言いようがないが、は短刀は望んだ時に最期を迎えさせてくれると思い込んでいた。

それは歌仙の説明を端的に彼女なりに理解した結果だが、今まさに彼女はその最期を迎えたいと思っている。

小夜の肩を掴んで懇願するように自分の死を望む主の姿に、誰もが足を竦ませていた。

ひとり、意を決したように足を踏み出した者がいた。

宗三左文字。弟の小夜が不憫で、だから彼女を止めようと思った。

しかし、二歩目が踏み出せなかった。

肩を掴まれ、止められたのだ。

「僕が行くよ」

言ったのは、今しがた出陣から戻ってきた歌仙だった。

彼はまっすぐ主の部屋に向かった。

「主、戻ったよ」

「歌仙さん、小夜さんがあたしを死なせてくれない。短刀なのに」

「うん、そうだね。小夜、もういいよ。あとは僕に任せてくれないか」

頷いた小夜は逃げる様に部屋を後にした。

「歌仙さん!」

責める様には歌仙の名を呼ぶ。

「今戻ったよ。敵将を討ち取ることができた」

「そうじゃなくて」

「僕の説明が悪かったね。主の命を受けて最期を共にするのは何も短刀だけではないよ。君が望むのなら、僕がその役を引き受けてもいい。だが、そのあと君を追うことは許してくれるね」

「後を追う?」

「君の死に殉じて僕も命を落とすということだよ」

「ダメです」

「何故?主の命をこの手で奪うんだよ。死を以て償うべきだ」

「ダメです!歌仙さんは悪くない」

歌仙は深く息を吐く。

「ねえ、主。君はなぜ、何を嘆いて死を望んでいるんだい?聴かせてもらってもいいかな?」

は少し躊躇ったがコクリと頷き、「あたしの過去は偽物でした」と言った。

「詳しく教えてくれないかな?」

彼女は先ほど政府の関係者に聞いた話を口にする。

「あたしに家族はいなかったんです。あたしは、何も知らずにみんなに大変なことを頼んで、それで」

「うん、それで?」

「あたしは、嘘でした」

「主は僕たちを否定するということなのかな?」

歌仙の言葉に彼女は反射で首を振る。違う、と。何故、と。

「確かに、その男の話を信じるなら主が僕に語ってくれた過去はどうも偽りがあったようだね。でもね、主。僕と君が出会って以降の現実は本当だ。本物だよ」

ふと歌仙が視線を庭に向けた。

つられて彼女も視線を庭に向けると、今この城にいるはずの者たちの殆どがいた。

ちょっと通りかかっただけという風に装ったり、慌てて隠れたり手を振ってきたりとそれぞれがそれぞれらしい反応を見せてはクスリと笑う。

「主の時代はどうかわからないけど、僕が人の手に在った時代は城の主とその家臣を家族と見ることもあった。だからね。僕は人の真似事をしているだけに過ぎない只の物だけど、それでも家族とはこういうものなのだろうかと時々思っていたよ。滑稽かな?」

は歌仙の腕を掴んで首を横に振る。滑稽なことなんてない。

「この先、主が本当に命を落としたいと思った時には僕に言ってくれないか。僕が君の命を終わらせよう。でも、その時には僕が追うことも許してほしい。僕は君の最初の家臣だ。だけど、これも覚えておいてほしい。この城に在る者の誰も君の死を望んでいない。だって、僕たちは家族だからね」

歌仙の言葉には頷いた。

「ほら、涙を拭きなさい」

手ぬぐいを渡されてはゴシゴシと乱暴に目元を拭く。

「あたし、小夜さんに謝ってくる」

「では、その間に僕も着替えてくるよ」

駆け出したに「廊下を走らない」といつもの小言を投げると「はーい」といつものように適当な返事がある。




◇◆




ひととおり季節が巡り、次の一巡りが始まった。

縁側には歌仙と横になっている主の姿があり、少し離れた場所では有志による宴会が開かれている。

「歌仙」

小夜が声を掛けてきた。

「なんだい?」

「主は僕が見ておくよ。酒も食事もなくなる」

「いや、構わないよ」

今日は彼女が星を見たいと言い出したのだ。

星なんていつでも見ることができると言ってみたが、流星群の極大日だというのだ。

どういうことかと聞けば、星がたくさん流れるのだと目を輝かせていう。

本来、星が流れることは凶兆であると言われているが、彼女にとっては物珍しい、どうしても見たいものだというので、それに付き合うことになった。

率先して付き合っている者たちは、すでに付き合うではなく自分たちの楽しみに変えている。

それが、少し離れた場所で行われている宴会だ。

もう少しこの近くで行おうとしていたのだが、歌仙が遠ざけた。

早寝早起きが信条なのか、そういう体質なのか主は夜に弱い。

どうせすぐに寝てしまうと踏んでいた。

そして歌仙の読みどおりに彼女は先ほどことりと寝てしまったのだ。

「主、こんなところで寝てたら体が痛くならないかな」

小夜が縁側で横になっているの顔を覗き込む。今の季節は夜でも寒くないが、一応歌仙が自分の外套を彼女に掛けていた。

「しかし、部屋に運んで寝かせてしまったら、明日の朝盛大に文句を言われる」

「そうだね」

拗ねた表情で訴えられてしまうだろう。

容易に想像がついて小夜は思わず笑みをこぼした。


わっと声が上がった。

空を見上げるとキラリと星が流れる。

「主、星が流れ始めたようだよ」

言いながら歌仙がの肩を揺すると、彼女はガバッと起き上がり両手を組んで「みんなが元気で居られますように。みんなが元気で居られますように。みんなが元気で居られますように」と早口で唱える。

起き上がった勢いのまま手を組んでのそれであったため、体の平衡を失った。

そのまま庭に倒れこみそうになったが、歌仙の腕が彼女を支える。

「主。いつもそそっかしいと思っていたけど、もう少し落ち着いてはどうかな」

ため息交じりに言う歌仙に「ありがとう」と支えてくれた礼を口にした後「流れ星には3回願いを唱えなきゃいけないの」と言う。

「……それが、君の願いだったのかい?」

「そうだよ」

首を傾げて言うに歌仙は少し思案し、「では、こういうのはどうだろう」と提案した。

そして、次に星が流れたとき3人の声が重なり「みんなが元気で居られますように」と唱える。

1人で3回言うよりも3人で同時に1回言った方がいいと提案してみたのだ。

は少し渋ったが小夜もその気になったので、歌仙の作戦を採用した。

「叶うかなー」

縁側に座って足をぷらぷらさせながらが呟く。

「どうだろうね」

歌仙が返す。

「主、あっちにおにぎりがあるよ」

小夜が指差したのは宴会の方で、「おなかすいた」とは呟く。

「とってこようか?」

「いい。あたしも行く」

庭に降りた彼女は振り返り、「歌仙さんは?」と問うた。

「僕はもう少しここにいるよ」

「なくなっても知らないよ」

「そうなったときは諦めるよ」

歌仙の返事には頷き、小夜を伴って皆の元へと向かった。


いつの間にか積もった想いは何というのか、おそらく歌仙は知っている。だが、想いに名を付けるなど無粋だ。

人の真似事をしていて、さらに人が付けた想いの名を借りるなど……

夜空を見上げるとまた星が流れる。

自分が何かに願いを託すというのはこれまた滑稽だとは思うが、それでも願ってしまうことがある。


――願わくば、これからも君の笑顔を守り続けていきたい。











桜風
16.4.11


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