薬研藤四郎が修行に発った本丸―前日―
数か月前に刀剣男士の能力をさらに高める方法が見つかったと政府から通達があった。 内容を見て審神者は眉をしかめる。 色々ざっくりまとめて言えば『かわいい子には旅をさせよ』ということで、刀剣男士のうち、ある程度の高い練度に達している者で、政府がその方法を見つけた者のみ修行に出すことができるというのだ。 修行というのが具体的に何のか当初はわからず、ただ対象となる刀剣男士を呼び、話をして意向を確認した。 彼らは皆、強くなることを望み、そして旅立った。 今のところその対象となっているのが短刀で、いずれ大きな刀たちも旅に出られるようになるのだろうが、まだ準備が整わないらしい。 修行方法については、皆異なっていた。修業を経て、深く傷ついて戻ってくる者もいた。 それこそが試練だというのだろう。『試練』など、便利な言葉だ。 先日、追加の通知があった。更に修行に出すことができる刀剣が判明したという。 粟田口派・薬研藤四郎。 同派の兄弟の中にはすでに修行に出た者があり、修行についはて彼も心待ちにしている節があった。 何度か自分の番はまだかと聞かれたが、政府側の準備が整っていないと答えると少しだけさみしそうに「そうか」と返して背を向けていた。 彼は兄弟の短刀と異なり戦場育ちという。周囲が強くなっているのに、自分が依然変わらずでは落ち着かないのだろう。 審神者はため息を吐き、近侍に薬研藤四郎を部屋に呼ぶように命じた。 「薬研藤四郎だ。入るぞ」 ひと声かけて薬研が入ってくる。 「とうとう俺も修行にでられるのか」 目の前に座った薬研がどこか弾んだ声音で問う内容に審神者は短く頷く。 「いつだ?」 「まだ少し先らしい。調整中とのこと。でも、薬研藤四郎の極実装は確定事項」 「そうか」 ギラリと目を光らせる。 普段は兄弟の事を思いやり、審神者を気遣う優しい少年という印象があるが、こと戦の話となると刀としての本能か、戦意をむき出しにする。 その気に当てられて正直疲れることもあるのだが、それが彼の本性、本能だ。仕方のないことだと審神者はひたすら耐える。 「では、薬研藤四郎」 改まって名を呼ばれて薬研は姿勢を正した。 「修行を希望する。そういうことでいいね?」 「ああ、望むところだ」 「わかった。準備しておこう」 審神者の返事に浅く頭を下げて薬研は部屋を後にした。 明日、修行に出立する。 そう思うと薬研は眠れなくて部屋をそっと出た。 以前「遠足前の子供は眠れなくなる」と指摘をされたことを思いだす。 確か、初めての出陣の前夜も眠れなかった。 つい先日の事のようだが、それでも月日は随分と流れている。 庭に降りて散歩をすることにした。 空を見上げると、細い弧を描いた月が浮かんでいる。新月ではない。これから満ちるようだ。 「遠足前の子供みたい」 ふいに耳に届いた声は間違いなく審神者のもので、からかいが含まれている。 視線を向けると庭の四阿に審神者が一人いた。 「大将もか?」 「まあ、そうかも」 肩を竦める審神者の元に足を向けた。 「酒か?」 「明日薬研を送り出すのに酒臭いのはさすがに拙いでしょ?」 笑って返された。茶を飲んでいるようだ。 「何だ、寂しいのか?」 「否定はしない」 素直に返されて薬研は眉をあげた。 「修行って、さ」 両手で湯呑を包み、俯いている審神者がポツリと零す。 「修行って、肉体的な辛さと精神的な辛さがあるんだよ」 「まあ、修行だしな」 「知らなくてもいいことを知ることになるかもしれない」 「……それでも俺はまだ強くなりたい」 「充分強いと思う。そりゃ、刀身が大きければその分打撃力が高いとかあるかもしれないけど、夜戦で最も活躍するのは薬研たち短刀でしょ?要は、適材適所っていうやつじゃないの?」 「そうかもしれないが、俺はやっぱり強くなりたい」 そう言って審神者に視線を向けた。 「前に話したことがあるよな。俺たち短刀は主の最期を守る存在だと」 審神者は頷く。 「俺は、最期まで大将を守れる存在でいたい。だったら、強いに越したことはない。短刀を先に修行に出させているってことは政府も大将たち審神者を最期まで守れる存在を強くさせたいって考えているんじゃないのか?大切な存在ってな」 「そんな政府はどこにあるのやら。私たちは使い捨ての駒だよ」 吐き捨てる様にいう審神者に薬研は笑った。 「だったら、尚更守れなきゃな」 「そうやって『主』って言ってくれるけど。人間の、しかも女を主とすることって違和感ないの?薬研が長く過ごした時代って女はでしゃばんなって風潮だったでしょ?」 突然の質問に薬研はきょとんと首を傾げる。 「いまさらだな」 「ついでに聞きたくなったの」 ふいとそっぽを向いていう審神者に薬研は笑った。 「いまさらだ。俺は大将を主と戴くって決めてこの城にやって来た。この城に在るみんなそうだ。今の質問、他のやつにするなよ。何人か面倒くさい反応してきそうだ」 思い当る面倒くさい反応を想像して「わかった」と審神者は素直に頷いた。 「ねえ薬研」 「まだ何かあるのか?」 笑いながら返す。 「約束をみっつ」 「応」 「ひとつ。ちゃんと帰ってくること」 「当然だ」 「ふたつ。毎日手紙を書くこと」 「面倒だなぁ……」 「今日は空が高かったとか、雨だったとかでもいいから。嫌だっていうなら明日の予定を取り消しにするよ」 「わかった、わかった。内容は期待するなよ」 「期待してないから大丈夫。みっつめ。修行から帰ったら話をして」 「そりゃ、勿論皆と同じように報告はするぞ」 「そうじゃなくて。辛かったこと、楽しかったこと。薬研が感じたこと。そういうのを聞きたい」 「……」 「返事は?」 「承知した」 両手を軽く上げて薬研は頷いた。 「よし。じゃ、私はもう寝るよ」 言って審神者はすっくと立ち上がった。 「添い寝するか?」 「出来るもんならやってごらんなさい」 返されて薬研は笑う。 「帰ってきたときの楽しみに取っておくことにする」 「できるものなら、以下略」 審神者の返事に薬研は再度笑う。 「じゃあ、また明日な」 数歩歩いた審神者が踵を返して戻ってきた。 「どうした?」 審神者は薬研をぎゅっと抱きしめる。 「いってらっしゃい」 「おう」 薬研が修行に発つ日は快晴だった。 さわやかな風が色の変わり始めた木の葉を連れてくる。 「じゃあな、行ってくる」 口々に見送りの言葉を向ける兄弟や仲間たちに言葉を返し、最後に審神者に視線を向ける。 「粟田口派・薬研藤四郎。必ず強くなって帰ってくる」 軽く頭を下げて薬研が言う。 「薬研藤四郎。存分に力をつけてきなさい」 小さく頷き、審神者が返す。これまで修行に出た皆に掛けた同じ言葉だ。 薬研は背を向けて修行の地へと向かう。一度も振り返らない彼をいつまでも見送る彼の兄弟と共に審神者もその背を見送った。 |
桜風
(16.10.4初出)
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