薬研藤四郎が修行に発った本丸―二日目―
その日の日課を終えて近侍である鶴を城の中に放ち、審神者は本丸を散歩していた。 先ほど厨を覗けば栗の渋皮煮を作っている者たちがおり、おすそ分けしてもらった。 「お茶を淹れようか」と声を掛けられたが審神者は断り、栗の渋皮煮を持ってお茶のお供になりそうな人を探している。 「宗三」 縁側に座っている宗三左文字を見つけた。 彼は気だるい表情で振り返り、「どうしたのですか」と応える。 「何してるの?」 「特に何も」 彼の脇には急須と湯呑と茶請けの饅頭、そして先日政府に召集されたときのついでに持って帰った魔法瓶のポットがあった。 この城には電気が通っていないということになっている。 どういう仕組みか、審神者の部屋には電気が通っているのだが、それは審神者の連絡用タブレットのためにつけてあるものであり、よって、電化製品はこの城では役に立たないガラクタなのだ。 そのため、電気で湯を沸かせることができるポットは唯の置物にすぎず、それよりも魔法瓶のポットの方が役に立ちそうだと思って持って帰った。 すると意外と反応が良く、こちらに戻ってきてから追加注文した。そのひとつがここにある。 「その御饅頭、美味しそうね」 審神者の言葉に宗三はちらと彼女の手元に視線を向け、ため息をひとつ。 「それと交換なら、あげなくもありません」 「わらしべ長者でも目指そうかな」 笑いながら審神者は急須などが乗っている盆を挟んで宗三の隣に座った。 「これ、さっき出来たばかりなの。ちょっと熱いよ」 「つまみ食いでもしに行ったのですか?」 「美味しそうな匂いがしたから足が向いただけで、決してつまみ食いをしようと思って厨に行ったわけじゃない」 「どう違うのかわかりませんね」 つんと澄まして返され、まあ確かにと審神者も納得する。 「お茶も頂戴ね」 「ずうずうしいですね」 宗三は色々と皮肉を返すことが多いが審神者を否定する言葉は基本的には口にしない。 審神者もそれをわかっているため、皮肉を聞き流して笑っている。そういう性格なのだ、仕方ない。 「まったく、僕の饅頭を横取りするのはあなたくらいですよ」 「横取りじゃなくて、交換。あ、お箸ひとつしかない。一緒に使って良い?」 審神者の言葉に宗三はちらと視線を向けてまたしてもため息をひとつ。 「まあ、構いませんけど。悋気を覚える男は、今不在ですし」 「ん?」 ぽそりと呟かれた言葉を聞きのがした審神者が問い返すと宗三は「構いませんよ」と最初の部分のみを繰り返した。 「薬研から文は届きましたか?」 「手紙? うん、届いたよ。見たい?」 「あなた宛てでしょう」 「でも、小夜の時は「小夜からの文が届いたと聞きました。何故僕に声を掛けないんですか」ってわざわざ見に来たじゃない」 「当然です」 少し強い語気で言い放たれて審神者は軽く仰け反る。 「……まあ、いいですけど」 ため息を吐く宗三の様子に審神者は肩を竦め、彼の饅頭に手を伸ばした。 「宗三も薬研居なくて寂しい?」 問われて宗三が半眼になる。 「どうでしょうね」 「結構仲良しじゃない」 「あなたにはそう見えるんですか?」 「うん、そう見えてる。薬研相手だと『良い子』で居なくてもいいしね」 「僕は『良い子』を目指したことはありませんよ」 「……そうかも。でも、凄く気楽そう」 「よく見てますね」 「主だからね」 「そうですか。ところで主、僕にそれをください」 「はいどうぞ」 審神者は持っていた栗を宗三に渡し、自分が食べやすいように饅頭を割る。 「あ、粒餡」 「粒餡は嫌いですか?」 「ううん、好き。宗三が粒餡を食べてることにちょっと驚いただけ」 「どういう意味ですか?」 「OLって感じがしてるから」 「……どういう意味ですか?」 あまりいい意味ではなさそうだと思い、問い返すが審神者は「ひみつ」と言って答えない。 「主!」 庭先から呼ばれて顔を向けるとへし切長谷部が駆けてきた。 「何をしたんですか」 「何かをしでかしても、長谷部は私を叱るために走って来ない」 「……それもそうですね」 二人が会話をしていると長谷部は審神者の目の前までやって来た。 宗三の様子をちらと見た後「主、お願いがあるのですが」と声を掛ける。 「なに?」 「畑仕事に使う鍬で少し刃が欠けているものがありまして」 「直せるんですか?」 「直せない」 長谷部の言葉に宗三が審神者に視線を向け、審神者は首を横に振る。 直せるのは刀剣男士の本体のみだ。それ以外の刃物を審神者の力で直すことはできない。 「いえ、そうではなく。町に行き、職人に修理をさせようと思っているのです」 「ああ、なるほど」 審神者が頷き、長谷部はほっとしたような表情を浮かべた。 「えっと、それで私に声を掛けてきた理由は?」 「金子が必要になります。この城の金を使うことになりますので、主に許可をと思いまして」 「そうだそうだ。うん、お金が要るね」 頷いた審神者はふと「あ、」と呟く。 「使い切りましたか?」 「私、こう見えて貯蓄大好き」 「初耳です。資源がどうのと嘆きの言葉を良く耳にしていますから」 「空耳よ」 「主?」 「あ、ごめん。蔵の鍵、鶴丸が持ってるんだわ」 「鶴丸国永、ですか? そういえば、近侍の任を放り投げて何処へ……」 眉間に深い皺を刻んで長谷部が周囲を見渡す。 「ごめん、私が野に放った」 「迷惑な穴を掘る鶴を野に放ってどうするんですか」 「たまに自分で落っこちてるからいいじゃない」 「迷惑は迷惑です」 「あの、主」 審神者と宗三の軽口の叩き合いに困惑しつつも、話を進めようと長谷部が声を掛ける。 「またしてもごめん。そうね、鶴丸に事情を話して蔵から必要分持って行って」 「畏まりました」 胸に手を当てて一礼し、長谷部が去っていく。 「あれも寂しいと思っているかもしれませんよ」 遠ざかる長谷部に視線を向けたまま宗三が呟く。 「『も』ってことはやっぱり宗三も寂しいんだ」 「寂しくないとは言っていません」 「素直ね」 「たまにならいいでしょう」 「自分で言っちゃう」 笑う審神者にむっとした表情を浮かべた宗三は、審神者の持ってきた栗の渋皮煮を一気に平らげ、嘆く審神者に得意げな表情を向けたのだった。 |
桜風
(16.10.6初出)
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