薬研藤四郎が修行に発つ本丸―四日目―
| しとしとと雨が降っている。 電気の通っていないこの城は雨が降ると薄暗い。 灯りをつけても文明の利器には敵わず、正直書類仕事をする気が起きないが、それ以外することが無くなってしまうのが雨なので仕方なく書類を片づけている。 「なー、主。暇で死にそうだ」 「たぶん人間の体は暇ってだけでは死ねないから安心して」 「心は死ぬ」 「気合で踏ん張って」 審神者が仕事をしているのに遊びほうける姿を目撃されるわけにはいかないため、近侍の鶴丸国永は審神者の執務室でゴロゴロしていた。 どの道、この姿を見られると色々と面倒だろうが、気配で気づけると自信満々だ。明り取りのために少し障子戸を開けているので部屋の中が見えるため、念のため、死角でゴロゴロしているのはさすがというべきか、隙がない。 それに口うるさいのは部屋の中が見えないところで声を掛けて入ってくるだろうと推測している。 その推論には、審神者も納得した。 「なあ、主。何か面白い話はないか」 「そうねぇ……」と審神者はタブレットに情報を入力している手を止めて考える仕草をした。 「ああ」と何かを思い出したらしいその様子に、寝ころんでいた鶴丸が思わず体を起こす。 「なんだ?」 「昨日砂まみれの鶴を見たのよ」 「俺か」 「何でも自分で掘った穴の場所忘れてて、うっかり落ちたんですって」 「俺か」 「いや、久々に声を上げて笑ったわ」 「俺だな」 「どうだ、面白かっただろう」 からかうように言われた鶴丸は肩を竦めて立ち上がる。面白くない。 「茶でも飲むか?」 「飲む」 「承知した。少し待ってくれ」 茶の準備を始めた鶴丸に視線を向ける。 「そう熱心に見るな。穴が空く」 「じゃあ、今度は穴が空いた鶴の話をしてあげる」 「君は口が減らないな」 苦笑しながら言う鶴丸に「そうかな?」と審神者は返した。 「そういえば。この間、一期にお茶を淹れてもらったよ」 「なんだ、あの男は茶も淹れられるのか」 「白湯にお茶の風味が付いた飲み物だった」 審神者の言葉に鶴丸は声を上げて笑う。 「そうだろう。存外不器用だからな」 「自信満々にお茶を淹れてくれるっていうから、淹れ方を知ってるんだと思ってたら、初めてだっていうし」 「鶯丸や俺が淹れているから簡単だと思ったんだろうな」 二人分の茶を淹れた鶴丸が「どれ、茶請けを探してこよう」と腰をあげようとしたが審神者がそれを止めた。 先ほど食事を終えたばかりでまだ腹は減っていない。彼女の言葉に納得した鶴丸はすとんと座った。 「明日帰ってくるな」 「そうねぇ」と審神者は相槌を打ちながら湯呑に手を伸ばした。 「薬研も気が気ではなかっただろうなぁ」 「何が?」 問い返して湯呑に口をつける。 「恋人の周りは男だらけだ。気が気ではないはずはないだろう」 ゴフッと変な音がした。 「主?」 視線を向けると審神者が咽ている。 「どうした、主」 背を擦ってやる。突然咽て咳き込む審神者の姿に鶴丸は慌てた。 医療担当者が現在不在だ。誰なら対処できるだろうか。短刀が適任だろうか。大きな刀は自分も含めて大雑把な者が多い。 ひとしきり咽た主は喉をひゅーひゅーと鳴らしながら息を整える。 「薬師を呼ぶか?」 ひらひらと手を振られた。 「どうした主、持病でもあったのか?」 ひらひらと手を振る審神者に鶴丸が焦れる。 「何があったんだ。突然咳き込まれれば驚くじゃないか。ちなみに、俺が求めている驚きはこんな心の臓に悪いものじゃないからな」 聞いてもいない注釈をつけて鶴丸が訴える。 ゆっくり呼吸を整えた審神者が鶴丸を見上げて「鶴丸が変なことを言うからでしょ」と言うと彼は本気で分からないようで、きょとんと首を傾げた。 「恋人がどうのって」 「違うのか? こりゃ薬研に一杯食わされたか!」 ぽんと膝を叩いて朗らかに笑う。 「薬研?」 「ああ、修行に出立する前日にな。「大将は俺のもんだから、ちょっかいを出すときは俺がいるときにしろ」って」 審神者は額に手を当てて俯く。 「その反応。薬研の言葉は嘘じゃなさそうだな」 「納得した」 「何をだ?」 弾んだ声で問われて審神者は半眼になって鶴丸を見る。 「薬研が修行に出て寂しいだろうってそこかしこで声を掛けられた。今まで修行に出た他の子の時とは皆のまなざしが違った」 鶴丸は声を上げて笑う。 「そうかそうか。まあ、薬研が相手だと抜け駆けはしづらいからなぁ」 「そうなの?」 「あいつはまっすぐだからな。もし仮に、あいつの留守に恋人を掠め取っても勝った気がしない。何かしらここにしこりが残る。それは、いつか後悔に変わってしまうのが分かっている」 「そっか」と相槌を打つ審神者に「あいつは良い男だよ」と鶴丸が言うと「うん」と頷く。 「どうした、元気がないな」 くてっと文机に突っ伏した審神者に鶴丸が優しい声音で問う。 「鶴丸も強くなりたいの?」 「そりゃ、まあ……」 頷く鶴丸は少し困惑しており、「どうした」と再び問う。 「政府が用意した修行って、何か、こう……」 ああ、と鶴丸は納得する。 「そうだな。あまり気持ちのいいものばかりじゃないらしいな。だがな、主。この修業は主の修行でもあるんじゃないのか?」 「私の?」 「ああ。君は優しい。臣下の、物である俺たちに心を砕き、想いに寄り添おうとする。だが、将というのはそれだけじゃ務まらない。この先、戦況が厳しくなるかもしれない。俺たちが膝をつきそうになったとき、きっと君の支えが必要になってくる」 「支えられるかな?」 窺うように問う審神者の頭をわしわしと撫でた。 「支えられる。そのための我らの修行だ。ともに乗り越えてくれる主を信じ、主が信じたものをまた臣下たる俺たちが信じる。修業とはそういう意味もあるんじゃないのか?」 素直に頷けない審神者の様子に鶴丸はまた笑う。 「まあ、君の普段の言動から察すると、政府はそこまで審神者や刀剣男士に対する思い遣りを持ち合わせていないようだがな」 「あーあ」と審神者はごろんと寝ころぶ。 「どうした?」 「鶴丸は頼りになるね」 笑いながら零されて彼は眉をあげ「では、俺に鞍替えするか?」と投げかける。 「いいえ、私に二心はありません」 「つまらん。とはいえ、薬研もきちんと見ているな」 苦笑を零した鶴丸に視線を向けて審神者が問う。 「恋人宣言の最たる目的は俺に対するけん制だ」 「ふーん」 「なんだ、そっけない。もう少し驚いたらどうだ?」 「私、鶴丸は信頼してるし好きだけど、そうじゃないからねー。薬研もわかってないなって思った」 「俺は何もせずに振られたようになっているが、これはどういうことだ?」 「どういうことだろうね」 ふふっと笑いながら体を起こした審神者は、「仕事やっつけちゃうよ」と宣言してタブレットに視線を落とした。 |
桜風
(16.10.8初出)
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