| 私には叔父がいた。優しいという印象しかないが、今では親戚から縁を切られている人だ。 幼いころ、叔父に連れられてやって来た博物館で彼と再会した。 三日月宗近。 最も美しい日本刀と言われている刀剣で、叔父の目当てもそれだった。 「子供の面倒を見て」とうちの両親に押し付けられたらしいが、そんなことを気にせずにあのごった返す博物館に幼い私を連れて行った叔父は、なんというか、子供の面倒を見るのには適していなかったのかもしれない。 だが、そのおかげで私は彼と、彼らと再会することができた。 その一振だけを間近で見たいがために沢山の人が並んだ。 三日月宗近が展示されている部屋に来た途端、何かがざわめいた。何かにせっつかれるような感覚があり、それが何かわからず私は叔父の足にしがみついた。 叔父は人ごみを怖がっての反応だと思ったらしいがそうではない。何か、よくわからない圧のようなものが掛かってきていたのだ。 それは悪意のような気持ちの悪いものではなかった。しかし、その正体がわからず、だから怖かった。 間近に、初めて見る三日月宗近は息をのむほど美しかった。日本一だと言われているのにも納得した。 叔父もその美しさにとらわれたようで、帰るときには心ここに在らずと言った様子だったのを記憶している。 それからというもの、叔父に面倒を見てもらうときには博物館に連れて行ってほしいとねだった。 常設展の刀剣の展示室に一目散に向かい、長い時間叔父と共にその部屋で過ごした。 小学校に上がり、学校行事で博物館に行った。 叔父以外の人と行ったのは初めてで、しかし、頻繁に足を運んでいるので自分の庭のような感覚で居た。 <た、……ょう!> 頭に響くような、そんな声が聞こえた。 「何か言った?」 隣に立つクラスメートに聞くと否定される。明瞭に聞き取れない声は、しかし私を呼んでいるものだとなぜか確信した。 それから、叔父に連れられて行くたびに、何か訴える不明瞭な声が聞こえるようになった。 ただ、その声は私にだけ聞こえるものだと気づき、誰にも話さなかった。 ある日、叔父が警察に捕まった。 どこかの刀剣を盗んだらしい。 叔父は「こいつが俺を呼んだんだ。助けてくれって言うんだ」と訴えた。 その言葉は、盗人の妄言だと切り捨てられた。 それから叔父は親戚から縁を切られ、天涯孤独の身となった。 そして、私は自分に聞こえる不思議な声について誰にも話せないまま、博物館へは行かなくなった。それを悪いものだと思ってしまったのだ。 大学に入学して、当時の彼氏とのデートで博物館に行くことになった。 その時には自分が体験した不思議な出来事を忘れていて、常設展示場に向かうと、ちょうど三日月宗近の展示が行われていた。 <主> 頭に響く声は明瞭だった。 ふと、隣に気配を感じる。何か不思議な気配。 (あなたは誰?) 隣に立つ気配からの声に心の中で応じてみた。恐ろしいものではないと感じたからだ。 <ふむ。主は俺の事を忘れているのか。三日月宗近だ。覚えていないか?> 私は首を振った。覚えていない。でも、どうしてか懐かしさを感じた。 <俺たち物は人の子に置いて行かれるのが運命とはいえ、やはり寂しいものがあるな。では、粟田口派短刀・薬研藤四郎の名は知らないか? 薬研通吉光> 「薬研……?」 ――必ず、迎えに行くからな。 脳裏によみがえった声に私は動揺した。 一緒に来ていた彼氏は私の動揺を気味悪がった。足早に博物館を後にして、そして、そのあとすぐに別れた。 期間中、もう一度博物館に足を運んだ。平日の夕方でも彼を一目見ようと大勢の人が詰めかけていた。 <主よ、また会ったな> (全部は思い出せていない。でも、約束は思い出した。主って、何?) 私の問いに三日月はすべて答えた。 やはりどこか遠くの出来事で自分の物のようには感じない。だが、一方で納得している自分も在った。 (ここには、まだ私の知っているはずの人はいるの?) <昔、厚が主に声を掛けたが届かなかったとがっかりしていたな。まだ主があどけなかったころの話だ> 小学校の頃に聞いた声だろうか、とその時はなんとなく想像したにとどまった。 それから、私はこの博物館の展示入れ替えがあったときや特別展示の時には足を運ぶようにした。 三日月がほかの刀剣にさほど興味がなかったこともあり、誰が知り合いなのかわからなかったから片っ端から顔を見せていくようにした。 それから、少し足を伸ばして近隣の博物館や美術館を訪ね、就職してからはもっと遠くまで足を伸ばすようになった。 審神者という存在だった自分はやはりどこか遠い別の話のような気がして、それでも全く違うものとは思えないから不思議だ。 皆が私を『主』と呼んでくれるのが理由なのかもしれない。彼らに認められているから。 厚に会いに行くたびに薬研を連れてくるようにと言われるが、如何せん、薬研藤四郎という者がどこにいるのかわからない。 「見つけたらね」と返事をしていたが、思わぬところで再会してしまった。 会社のエレベーターに転がり込んできた子を見て直感で分かった。 刀たちに聞かされた『審神者』としての私の話はどこか遠いもので、他人事のような感覚だったが、パズルのピースが嵌ったように、その時初めて彼らは自分の物語を聞かせてくれていたのだと納得できた。 しかし、めでたしめでたしで終わるおとぎ話のようにはならなかった。 彼は薬研藤四郎だ。それは間違いない。おそらく。 それでも、彼も以前の私のように記憶がない。 何が「必ず迎えに行くからな」だと思った。思ったが、それは私のわがままで、多くの人から見れば虚言、妄想だ。 私は刀を名乗る、不思議な存在から話を聞いたからそうかもしれないと思うしかなかったが、人間の私に「あなたは刀だったんだ」などと言われればとりあえず通報案件になるのは間違いない。場合によっては救急車を呼ばれる。 だから、もう諦めることにした。いつ交わしたかもわからない約束に縋っても仕方ないから。 |
桜風
17.1.22
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