| プロジェクトチームのチーフになった粟田は社内で有名人になった。 入社した年にプロジェクトチームのチーフを任されることなどこれまで例がなかったのだ。 話したこともない同期がなれなれしく声を掛けてくるようになり、特に異性から声を掛けられることが増えた。 「モテモテだねぇ」 昼食時、食堂で笑いながらからかってきたのは総務部の経理担当の人だった。 が忙しい時には出張の申請を出しに行くこともあったため、あのフロアの知り合いは少しずつ増えてきている。 「どうも」 「相席良い?」 「どうぞ」 「同期の異性には言い寄られ、先輩や同期の同性にはやっかまれて大変でしょう。さんに恨み言のひとつでも言ったら?」 からかいを含んだその言葉に、粟田は頷けなかった。冗談でも、なんだか違う。 「や、そこら辺は全然。先輩の事恨むとか、ないんですよね。自分でもでっかい仕事取ってきて、そっちの仕事もあるのに、プロジェクトチームで自分のフォローもしてくれて。ついでに言えば、企画部の人たちも若手が集められているんで勉強になるって言ってました」 「あー、あれね。育てさせようかって言ってたからそれだね」 「……先輩って何者なんですか?」 「よくわかんないけど、あの面倒くさい同期四人全員が面倒見たことがある人だって聞いたことはある」 おそらく『面倒くさい同期四人』とは、先日フロアに来た課長の同期たちの事だろうと辺りを付ける。 「でも、先輩ってそんなに年取ってませんよね?」 「言い方」と笑い、「そうね、入って十年も経っていないはずだけど」と頷いた。 ふと時計を見ればそろそろ午後の仕事の時間だ。流し込むようにカレーを食べる様を見て経理担当者は「カレーが飲み物状態」と笑いながら呟いた。 フロアに戻るとが何やら雑誌を眺めていた。 「たぶん、近々何日か休みを取って旅行するんだぜ。刀でも見に行くんじゃねぇの?」 隣の席の先輩が声を落として言う。 非難がましい声音で彼の心境を察したが、追従する気にはなれず、「そうですか」と相槌を打つにとどめた。 「先輩、今度旅行するんですか?」 外回りから戻る途中に聞いてみた。 「ん? うん、まあ……」 「俺も連れて行ってください」 「はあ?!」 彼女が頓狂な声を上げた。当然だろう。だが、粟田はその反応を予想済みであり、怯むことはない。 「先輩の造詣の深さ、見習いたいって思って。前にほら、焼き物についても熱く語り合えていたじゃないですか。そういうの、きっと役に立つんだろうなって感心したんです。で、どこから手を付けていいかわらないから、連れて行ってもらえたらなって思って」 「いや、今回は焼き物じゃないし」 「刀剣ですか? そこが入口でもいいかなって思うんですけど」 何か言いたげな表情を浮かべる彼女に首を傾げる。入口が刀剣だと何か不都合でもあるのだろうか。 「わかった。文句は私が一手に引き受けよう」 「文句?」 「こっちの話。もう日程決めてるんだけど」 「あ、はい。いつですか?」 彼女の決めているという日程を手帳に書き込み、休暇申請の方法も教えてもらう。今まで申請をしたことがない。 「そういえば、経理の人に聞いたんですけど」 ひととおり旅行について話を聞いた粟田が話題を変える。 「なにを?」 少し構えた表情で彼女が返す。苦笑しながら「先輩ってこないだうちのフロアに集まった課長の同期の皆さんにお世話になってたって」と口にする。 「ああ、うん。部長は以前製品開発部にいたし、経理担当課長は営業部にいたからね。企画担当課長は、まあ、前の上司」 「企画担当課長とそりが合わずに、今の部署に来たんですよね?」 同期が話していた内容を聞いてみると「ううん」と首を横に振る。 「え?」 「まあ、反りは合わなかったけど。あの人、仕事人間だから休むとかもってのほかって言ってたけど、やることやって休んでたからそんなに言われなかったし。企画部の古株が抜けて、企画の基礎を作れる人がどっと減ってね。その時にちょっと早くから育てる部署作ってしまおうっていう話になって、総括部ができた。うちの部署は一通り触るでしょう? だから、どの部署に行ってもまずは何をしなくてはならないかがわかる人が出来上がるの。私の場合、当時、今の経理担当課長とか今の人事部長とかに目を掛けてもらって企画部に居ながら今の総括部の仕事のようなことやってたから、今の人事部長が昇進した時に新しい部署に異動してもらいたいって言われたの」 「企画部って、うちの会社の花形じゃないですか。そこからわけのわからない、というかどうなるかわからない部署に行くように言われたんですか?」 目を丸くして問うと彼女は何でもない事のように頷いた。 「ジョーカーをもらえたし。こないだ使ったやつ」 「部長と経理担当課長が来た、あれですか?」 そういえば、『ジョーカーを使う』とか何とか言っていた気がする。 「それって……」 「内容によるけど、一回だけ仕事上の無理を効かせてくれるっていう条件だったの」 「そんな、ジョーカーを使ってよかったんですか?」 「ジョーカーっていつまでも持ってたら使い道がなくなるカードだからね。切れるときにきっとかないと。手元にあると思ったらどうも気持ち悪かったし、ちょうどいい感じの無理だし、使っちゃえって。これでも二年くらい持ってたんだから」 あっけらかんと言う彼女の表情はその口調そのものあっけらかんとしていた。 「先輩って何者ですか?」 「あなたと同じサラリーマン。でも昔ね、権謀術数渦巻く中にいたらしいから、そういう見切りは身についてるみたい」 いたらしい、とはどういうことだろうと考えていると会社に着いた。 ◆◇ 旅行先は東北だった。 何でも、数十年ぶりに公開される刀剣が在るらしい。これを逃したら次に公開されるのがいつになるやら、という話をから聞いていた粟田は一応ネットでその刀剣の来歴を調べておいた。 ただ、不思議だったのがその来歴は調べて初めて知ったのではなく、知っていたのを確認したような感覚を覚えたのだ。 刀剣の歴史に触れた記憶はない。両親はもちろん、祖父母ともそういった話をした記憶もない。そもそも、実家は団地で、両親の実家も武家とは関係がない。ということは、刀剣の歴史に触れることはないだろう。 駅の改札にたどり着くとの姿が見えた。 プライベートで会うことなどないため、スーツ以外の服装を見たのは初めてだった。 思わず足を止めて彼女の姿を眺める。 佇んでいる姿が凛としていて、しかし、どこか柔らかい雰囲気をまとっている。 ふと、彼女が男に声を掛けられた。すわナンパかと勢い込んで早足で彼女の側に向かったが、道を尋ねられただけのようで、地図を見て彼女が指差した方向に男は向かっていった。 「ああ、おはよう」 「おはようございます」 勝手な勘違いに勝手に気恥ずかしさを感じたが、彼女にはそれは気づかれずに済んだらしい。 「はい、乗車券ね」 乗車券を受取り、彼女の後をついて歩く。 新幹線で移動して、駅からタクシーで目的の美術館に着いた。 年齢層の高い男性が多い中、彼女は何でもない事のように刀剣を眺めている。以前、博物館で見た時も思ったが、どこか対話をしているような、そんな雰囲気があり、その様子は不思議と自分の中で受け入れられる。 「あ、先輩見てくださいよ。これも藤四郎なんですよね」 粟田が声を掛けると彼女はものすごく複雑そうな表情を浮かべた。その表情に焦燥感を覚える。 「えっと、粟田口吉光が作った」 「うん、そうだよ。この子は、前に博物館で見た厚藤四郎の兄弟のようなものにあたる」 <ねえ、ちょっと主さん。ボクの代わりにそれ殴ってくれない?!> (ちょっと無理かなぁ……) <ボクの事、よくも他人事のように言ったな!> (乱は元気だねぇ。厚はしょんぼりとしたよ) <は? 厚ももっとちゃんと薬研を怒ればいいのに!> (聞こえてないよー) <もうボク知らない!> (……ごめんね) <主さんは悪くないよ。態々ここまでボクたちに会いに来てくれたんだから。嬉しかった> (ちなみに、今回来なかったら?) <いつか会えた時に文句を言った> だろうなぁ、と思いながら彼女は隣に立つ粟田を見た。眉間に深い皺を寄せている。脂汗も掻いているようだ。 「気分悪い?」 「あ、いえ……」 「刀剣は実際に使われていたとかそういう経緯もあって当てられることもあるらしいから。ちょっと休憩しよう」 そう言って彼女は見学列から離れようとした。しかし、粟田はそれを押しとどめ、「次のフロアに行ってます」と言い置いて早足に刀剣が展示されているフロアを出て行った。 <あれは、どうしたんだ?> 問われて彼女は苦笑した。 (乱が騒いだから当てられたんだと思う。前に博物館で同じようになってた。あの時は、宗三と厚ね) <賑やかなやつらだから大変だっただろう> (まあね。ところで、騒がないんだ? まあ、もともと大人しかったけど) <あんたが大人しくしてるんだ。それに、昔、さほど仲良しこよしだったつもりもないからな、あいつみたいに騒ぐ道理がない> (記憶が戻ってたら「おいおい、つれないことを言うなよ。同じ釜の飯を食ってた仲じゃないか」って言われそうな言葉ね) <……言うだろうな> どこか懐かしさを孕んだ声音が頭に響く。 (じゃあ、あっちが心配だし。二人に挨拶も出来たから行くね) <ああ> 次のフロアは焼き物が展示してあった。 取り敢えず少し落ち着いたため、陳列されている美術品を眺める。先ほどの攻撃的な頭痛もなくなった。彼女の言ったとおり刀剣に当てられたのかもしれない。 「お待たせ」とやって来た彼女は思いのほか早く、「見れたんですか?」と思わず問う。 「うん、目的があったからね。他のはこの美術館所蔵だからまだチャンスはある。体調はどう?」 「あ、ここに来たら楽になりました」 確かに、ここまで乱の声は届かない。彼女は刀剣フロアを思わず振り返る。 「心残りがあるなら、ここらへんで待ってますよ」 「心残りはない。さて、レクチャーが必要なんだよね」 焼き物や絵画、着物。彼女の知識の殆どは過去の初期刀から教わったもので、本物の美術品を眺めるときはそれをおさらいする作業になっている。 いつだったか、自分が教えてもらった―正確には頼んでいないので教え込まれたというのが正しい―ように、彼女は教えていく。 聞き漏らすまいと一生懸命話を聞いている粟田の脳内に、彼女ではない別の声で同じ言葉が響いた。 (どうして、知ってる?) 刀剣の来歴を調べた時と同じような既視感。 「どうかした?」 気もそぞろと言った様子に気づいた彼女が声を掛けてきた。 「あ、いや。なんでもない」 彼女と話をしていると時々既視感を覚える。そして焦燥感も。 ゆっくりと美術館を回り終わったころには日が傾いていた。 「さて、ホテルに荷物預けて、ご飯を食べに街に繰り出そう」 「おう」 昼間のジリジリと焼け付くような日差しから解放されたといってもまだ空気が熱い。 「北って言ってもやっぱ暑いな」 彼女はチラと粟田を見上げた。 何故、懐かしい者たちに会った後にはこうして砕けた言葉を使うのか…… 溜息を飲んで夕食の場を探す。 「ここいらの名品って何?」 「さあ? 私、食にあまり興味ないからねぇ」 「酒どころって聞いたことはあるけど」 「じゃあ、ごはんがおいしいや」 目についた気になる店に入ってみた。 品目が多く、店員の様子も好ましい。どうやら当たりだったらしい。 粟田も頼む酒どれも美味いと上機嫌だった。なお、下戸のは一滴も飲んでいない。 「先輩さー」 少し酔いが回った様子の粟田がじっとを見た。 「なに?」 「デジャヴって知ってる?」 「初めて見たものを過去に見たことがあるような感覚を覚えるっていうアレの事でしょう?」 「そー。俺、前の博物館の時も今日の美術館でも刀剣の前に立ったらなんか、こう……既視感を覚えるっていうか。見たことがあるって思うんだよな」 「あるんじゃない?」 凄く間近に、という言葉を心の中で足した。しかし彼は否定するようにパタパタと手を振る。 「ないない。御先祖様が武家の人だったらそういったものが残ってたり話に登ったりするかもしれないけど。そういうの一切なかったもん」 (『もん』って……) 心の中で密かに突っ込みを入れ、「じゃあ、何となく流してたテレビとかで言ってたんじゃないの? 美術関係のとか、お宝関係のとか。あと、大河」と刀剣の名前が出てきそうな番組を適当に挙げてみると「そうかなぁ」と首を傾げる。 「……じゃあ、昔自分が刀剣だったとか」 酔っぱらい相手になら言ってもいいだろうと思った。何かあっても適当にごまかせるだろう。 「や、さすがに物が人に生まれ変わるってことはないだろう。先輩、おもしろいことを言うな」 笑いながら返された言葉に反論したかったがしても仕方ないし、何より相手は酔っぱらい。 「そだねー」と適当に流すことにした。 |
桜風
17.2.19
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