| ――また変なのを招いてしまった…… 先ほど刀剣の魂を降ろす儀式を行い、それは成功した。この儀式により顕現する刀剣は人の姿をしており、その性別は今のところ皆男だ。 この本丸の主で審神者という地位にあり、そして軍属の彼女はという名を持っている。 しかし、その名で久しく呼ばれることはなく、この本丸では「主」や「主君」などと呼ばれ、本部においては所属と階級で呼ばれる。彼女を名で呼ぶのは一族のみで、『名は呪となる』との言葉を実感する。 刀剣の魂を降ろす儀式に同席した近侍は、珍しくはっきりと表情に現れている主の心境を悟って眉をあげる。 先日降ろした、あの人妻大好き包丁藤四郎を前にしても表情は変えず、言葉を交わした。ただし、その後保護者と呼んでも差しさわりのない、同派の太刀は執務室に呼び出しはしたが…… そんな彼女だったが、さすがに今回降ろした刀剣、亀甲貞宗には困惑の色が見て取れた。 「ご主人様っ」と弾んだ声音で声を掛けられ、返事をしたくなさそうに、だが律儀に「なんだ」と返す。 「何でもないよ」と同じく弾んだ声で返した刀剣に対して、さて、どうしたものかと彼女は助けを求める様に側に控えている近侍に視線を向けた。助けを求められることも非常に珍しく、近侍は小さく苦笑を零した。 息遣いが耳に届き、首をめぐらせた亀甲は、漸く自分以外の刀剣の存在に気づく。 「……君は?」 「僕は歌仙兼定。この本丸の、主の初期刀だよ」 「初期刀?」 「初めて主に招かれた刀剣の事を、主たちの界隈ではそう呼ぶらしい。改めて、よろしく。亀甲貞宗」 「よろしく」 亀甲が挨拶を返したころに、呼んでいた短刀がやって来たため彼に亀甲を預けた。当分、彼の面倒は同派の物吉に見させるよう指示をして下がらせる。 儀式を執り行う部屋は執務室から距離がある。特別な結界が施されているため、なるべく人が立ち入らない場所に設置する必要があったのだと審神者に就任した当初に説明を受けた。 「珍しいね」 執務室に戻って深くため息を吐く主に向かって歌仙兼定が声を掛けた。 神を、刀剣の魂を降ろす儀式は人の身にはかなり負荷がかかるようで、彼女は毎度疲弊している。 それでも、その姿を見せるのは初期刀で近侍の歌仙の前のみで、他の者がいるときはその様子を一切見せない。 曰く、「かっこ悪いじゃないか」ということで。どこかの太刀と気の合いそうな理由だ。 そんな主に、歌仙は毎回茶を点てる。新しい刀剣の魂を降ろせても降ろせなくても。儀式は毎度成功するものではない。だが、失敗しても審神者の疲労は成功時と同程度あるらしい。 「珍しい? 何がだ?」 ちらと歌仙に視線を向けて主が返す。 「君のげんなりとした表情、と言うべきか」 「あー……」 自覚はあるらしい。 「ちょっと、何と言うか……衝撃的だったからな」 言葉を探してみたが上手い表現が見つからなかったのだろう。曖昧に、しかしある意味的確に歌仙に心境を伝える。 「ここ最近、降ろしている刀たちはアクが強い者が多いね」 「そうだな」と頷きながらもは、お前も人のことは言えないがな……と心の中でツッコミを入れた。 近侍の点てた茶を口にして一息つく。茶請けの干菓子がちょうど心地の良い甘さだった。 「さて、と」 気分を切り替える様に一言置いては伸びをした。 「報告書かい?」 「ああ、何か用があったら声を掛けてくれ」と文机の上に置いている眼鏡に手を伸ばしながら彼女は言う。 「承知した。では、僕は少し席を外すよ」 「わかった」 返した彼女は振り返ることなく、政府から支給されているモバイルに手を伸ばしていた。 「主」と声を掛けられて手を止める。振り仰ぐと近侍の姿があった。 「何だ?」 「食事の時間だよ。みんな腹ペコだと大騒ぎだ」 揶揄するような歌仙の言葉に驚き、外の様子を窺う。 「ああ、もう……」 そんなに時間が経っていたのかとため息を吐きながら眼鏡を文机の上に置いて立ち上がる。 「今回も苦戦しているようだね」 「政府への報告書はもう提出したんだが、もうひとつがな……亀甲は既に顕現させているところもあるし」 「後れを取っていると言われるのかな? 言わせておけばいい、と言いたいところだけど」 「お前の言葉が正論だ」 苦笑を零すに歌仙は「主も大変だね」と眉を下げた。 「本当に」 少し投げやりにが返し、廊下を曲がったところで彼女を迎えにきた短刀たちに捕まる。 「ああ、すまない。走る走る」 「駄目だよ、主。廊下は走るものじゃない」 急かす短刀に正論を口にする近侍。 相反する意見に挟まれて彼女は笑う。 ――ああ、主というものは大変だ。 |
桜風
17.04.08
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