| 初めて人の体を得ることになる刀剣男士たちは、人並みの生活をするのにも一苦労する。 よって、は必ず誰かを世話係に任命することにしている。世話係に任命された者は最初の十日程度は新しくやって来た刀剣男士に殆どつきっきりで生活をする。一番苦労をするのが厠だと聞いた時にははおもわず「なるほど」と手を打つところだった。 そんな苦労話を聞くたびに歌仙と出会った時のことを思いだす。この本丸にたったひとりの刀剣男士だった経験を持っているのは彼だけだ。誰のサポートもなく人の体に魂を馴染ませたことになる。 彼は本当に最初の最初。彼女がこの本丸に赴任した際に政府に最初の一振りをこの中から選ぶようにと促されて五振りあった刀剣の中から選んだ。魂を降ろすための儀式を要しなかった唯一の刀剣。 人の生活に馴染みやすい五振りだったのではないかと言われているが、実際のところ不明だ。 歌仙以外の四振りが誰だったのかその当時はわからなかったが、審神者同士の会話の中でだんだん絞ることができた。 とはいえ、全ての本丸が共通だったのかは不明で、審神者の適正に合わせて五振りを選んでいる可能性も否定できない。 「主君!」 回廊を歩いていると庭から声を掛けられて視線を向ける。 短刀たちが庭掃除をしていた。それに混じって先日こちらに降りてきたばかりの亀甲の姿もある。 人の側に在ることが多かった短刀の彼らは人の生活の営みというものをすぐ近くで見ていた。だからなのか、身体が馴染むのも早いし、自分以外の者であっても魂が身体に馴染むまでの不具合に敏感なようだ。そのため、短刀は特に指示をしなくても新人の面倒を見てくれる。 手を大きく振っている短刀に軽く手を振りかえすと「ご主人様」と弾んだ声で駆けだした亀甲がビタンと地面に激突した。 「あれは、大丈夫だろうか……」 「まあ、僕たちの体は普通の人間よりは丈夫だからさほど大事にはならないはずだよ。少し擦り傷はあるかもしれないけど」 派手にこけた亀甲の姿を呆然と眺めながらが問うと歌仙は苦笑する。 「それに、ほら。薬研もそばに居るし治療してくれるんじゃないかな」 歌仙の言葉に視線をめぐらせて薬研の姿を認めた彼女は「そうだな」と頷き、「亀甲!」と名を呼ぶ。 輝かんばかりの笑顔で「なんだい」と返されて少し怯んだ。 「ちゃんと大人しく治療してもらえ」 「わかったよ」 彼の返事を耳にして彼女は短く息を吐いて歩き出す。 「苦手なのに関わるんだね」 「苦手……まあ、あのナリで懐かれるとな。だが、彼も私の大切な刀の一振りではある」 「妬けるね」と揶揄する歌仙に「よく言う」と彼女が笑いながら返す。 普段から彼女はこの本丸に在る刀剣はすべて大切だと口にしている。その言葉を最も耳にしているのが近侍の歌仙なのだ。 「しかし、新しい刀剣を降ろすたびに、お前にはとても苦労を掛けたのだなと思うよ」 の言葉に彼は笑う。 「主も慣れていなくてお互い手探りだったからちょうどよかったよ。僕がゆっくりでも誰も困らなかった。この本丸で唯一主を独り占めできたのもこの僕だ」 「私が不慣れで、次の対策、鍛刀の儀式に時間がかかったからな」 返したの言葉に彼はまた笑う。 「おかげで僕の醜態は誰にも見られていない」 の執務室に戻るとモバイルのランプが点滅していた。 「歌仙」 「明日の出立でいいんだね。わかった。留守は預かるよ」 「いつもすまないな」 「主のお家の事情だ。臣下として当然だよ」 翌日、朝食の席に姿を見せたの姿を見た皆は少しだけ緊張を走らせる。 この本丸に何かあるというわけではない。だが、がこの姿を見せた翌日には彼女は随分と疲弊して戻ってくる。 それを心配するのだ。 「ご主人様はいつもと様子が違うね?」 隣に座る物吉にこっそり声を掛けると「ご実家に戻られるんですよ」とどこか憂鬱そうに返された。 普段も彼女は軍服を着こなして、きっちりとした格好をしている。ただし、ボタンをいくつか留めていなかったり髪を適当に結わえていたりと、歌仙の許容範囲内で少しは緩い部分がある。 しかし、今朝の彼女はどこにも隙がない。 いつも着ている服とも少し違う。それはまるで戦装束のようだった。 |
桜風
17.4.15
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