| 亀甲にとって初めての外の世界。 同じ部隊に編成された者たちを見ると、手練れが揃っていた。そんなに大変な遠征かと思い、気を引き締めたが、特に大きな戦闘も事件もなく帰城することができた。 正直肩透かしを食らった気分だ。 「どうかしたのかい」 不満そうな表情を浮かべている亀甲を見かけた歌仙が声を掛けてみた。 「遠征とはあんなにも拍子抜けなのかと思ってね」 隠そうとしない不満を声に乗せて言う。 歌仙は苦笑を零し「拍子抜けだったかい?」と問い返す。 亀甲は頷いた。 「そうか。この本丸では、まず人の体に慣れるために数日本丸の中で過ごす。その後、内番を経て、人の体に慣れたのを確認し、短刀と手合せを行い、外に出られるかどうかを確認する」 「短刀と手合せ?」 「しただろう? 短刀何人か。それを応援していた短刀もいたはずだ」 指摘されて思い出す。手合せの声を掛けてきたのは短刀だった。試すためだったのかと少し不愉快になる。 「そんな顔をしないでくれないか。これは主の提案なんだよ」 「ご主人様の?」 「そう。僕たち刀剣の付喪神は人の体を得るのは今回が初めてだ。馴染むのに時間は掛かる。でもね、短刀はそんなに時間がかからないんだ。それはきっと人の営みに最も近いところにあったからだろうと主は分析されている。君がその体に馴染むまでに物吉以外に短刀の誰かが側にいたことに気づかなかったかい?」 そういえば、と思い出す。確かに彼らが近くにいた。躓いた時には咄嗟に支えてくれた。上手く体が動かせなかったときにはすぐそばで模範を示してくれた。こちらの矜持を傷つけることなく、上手に誘導されていたと今なら気づける。 「彼らはそうやって新しく来た刀剣を見守り、観察している。外で刀を振るって無事に帰ってくることができるか。彼らの眼で合格をもらったものが外に出ることができる。とはいえ、いきなり激しい戦闘を行う戦場に送るのは折れて来いというようなものだ。主はそれを許してはくれないよ。だから、今度は外の空気になれることを目的とした遠征に出す。仲間以外が居る場所になれるためだ。いろんな地形の場所を体験して、その次が戦場だ。ただし、そこでも順序がある。とにかく、主戦力として認められるにはそれなりの手順があると思っておくんだね。不貞腐れていたら後れを取るよ」 にやっと意味ありげな笑みを向けて歌仙は去って行った。 「どうした」 主の執務室に入った瞬間、そう声を掛けられた。 「いいや、何でもないよ」 「先ほど乱から報告があった。無事に戻ったらしいな」 遠征に出ていた部隊長の乱藤四郎が無事の帰還の報告に来たのだ。亀甲の事を問えば苦笑して「つまらなさそうだったよ」とこっそり教えてくれた。 大抵の刀剣男士たちはそんな反応をする。歌仙曰く、「刀剣である以上戦場で活躍したい。それを期待して外に出たのに何もないなんて過小評価されているような気になる」とのことで。 しかし、いきなり実戦というのも正直避けたい。これは人間の、自分のわがままで彼らの矜持を傷つける行為なのだろうという自覚はある。 「亀甲を見かけてね」との側に腰を下ろしながら歌仙が言う。 「ああ。不満そうだったか」 「声を掛けたら不満を隠そうとしないんだ。少し面白かったね」 「いじめるなよ」 「僕に対してそんなことを言わないのに、亀甲には言うんだね」 「新人に対してならこれまで言ってきたと思うぞ?」 「そうだったかな?」 肩を竦めて歌仙が返し、が乱から聞き取った報告のメモをちらと見る。 「お前は私の字に文句を言うから見せん」 「文句じゃない。注文だよ」 手を差し出したままいう歌仙にため息を吐いてメモを渡す。 「ああ、本当に読みにくいね」 「一言目がそれというのはどうかと思うし、もう二度と渡さんぞ」 「まあまあ」と適当に宥めて文字を追う。 「乱は意外と厳しいんだね」 「その方が安心できる」 の言葉に歌仙は「過保護だね」と苦笑を零した。 この城に来たばかりは、起床してもまだ夜が明けきっていなかった。それなのに今は起床すればすでに太陽が庭を明るく照らしている。 朝餉のために大広間に向かうと、乱がいつもと違う服装だった。 「どうしたんだい? 今日はいつもと違うね」 「えへへ、今日はあるじさんとでぇとなんだ」 弾んだ声音で返された言葉に亀甲は首を傾げた。「でぇと」とはなんだろうか。 大広間に姿を見せた主の姿はいつもと異なっており、亀甲は少し緊張したが他の者はいつもどおりだ。 「ねえ、ご主人様はまたご実家に戻られるんじゃないの?」 「ああ、主様は定例会議のために現世に向かわれるんですよ」とそばに居た物吉が言う。 「定例会議?」 「審神者は年に数回本部に集まって報告会をするらしいんです」 しかし、だとしたら乱がでぇとと言っていたのは何なのだろうかと亀甲は悩む。 食事を済ませて席を立つの元に乱が向かった。 「あるじさん、行こう?」 「すまん、少し身支度をさせてくれ」 「うん、いいよ。あるじさんは女の子だもん、仕度に時間が掛かっちゃうよね」 後ろ手を組んで体を傾け、の顔を覗き込みながら乱が言うと彼女は苦笑する。 「女の子という年でもないが。すまないな、もう少し時間をくれ」 「はーい」 間もなく戻ってきたらはいつもとは少し違う化粧を施しており、乱と共に本丸を出て行った。 乱がどうしてと共に現世に向かったのか。おそらく、こういう時の同行者は近侍の歌仙だろう。それなのに、歌仙が留守番で乱が同行している。 「ねえ」 そばに居た前田に声を掛ける。 「何でしょうか」 「どうして、乱はご主人様に同行して現世に行ったんだい?」 「ああ。それは誉ぽいんとが溜まったからですよ」 「……誉ぽいんと?」 首を傾げる亀甲の様子に「ああ」と前田が気付く。 「まだ説明を受けていませんでしたか。誉ぽいんととは、出陣の折に賜るぽいんとかーどに判が全部埋まれば誉ぽいんとを使って主君にお願いを聞いていただけるのです」 「出陣の折……」 「亀甲さんも出陣部隊に入れるようになったら主君から賜ることができますよ」 「ちょうどいい」 不意に声が降ってきた。亀甲と前田は揃って振り仰ぐ。 「亀甲。明日初陣だよ」 歌仙が少し硬めの紙と判を渡す。 「前田が今説明したとおり、これがポイントカードだ。同じ部隊に編成された者がその出陣で最も活躍したと、主から誉を賜るにふさわしいと思う者に対して自分の判を押していく。枡が二十あるだろう? それがすべて埋まれば、主からご褒美を賜ることができる」 「君は何か賜ったことがあるのかい?」 「茶器を賜った」 「僕はとても珍しい菓子を賜りました。他にも、乱兄さんのように主君と一緒に出掛けるとか、あと、加州さんは爪紅を塗っていただいたとおっしゃってましたよ」 「なんでもありなんだね」 「まあ、主の叶えられる範囲内で、ということだけどね。亀甲、その判は大切にするんだよ。主が自ら彫ったものだからね。もちろん、ポイントカードも主お手製だ」 受け取ったふたつを眺める。彼女が手ずから作ってくれたものだという。 「明日の出陣は、敵はそう強くない。不貞腐れるんじゃないよ」 歌仙のからかいの言葉に亀甲は半眼になり、「わかってるよ」と返した。 自分の出陣が近いというのはなんとなく予感していた。 遠征部隊に編成される前に何人かと手合せをした。その結果、合格して無事遠征することができるようになった。 ここ最近も、似たような傾向にあった。 練度の高い、この本丸の中堅と言わる者たちから手合せに声を掛けられた。他の本丸との演練にも編成されることが増えてきた。実戦に向けた準備が行われてきていたのだ。 だから、今日歌仙から出陣を告げられても驚くことはなかった。 惜しむらくは、主の言葉で出陣を命じてほしかったし、ぽいんとかーども主から賜りたかった。 |
桜風
17.4.29
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