月 6





 風が少し涼しくなってきたころに、亀甲は「ご主人様」と弾んだ声でを呼び止めた。
 執務室に向かっていた彼女は足を止めて振り返る。
「どうした」
「誉ぽいんと溜まったんだ」
 言いながら亀甲が差し出したカードを受取り、確認する。
「ああ、本当だな。二冊目はすぐに用意するからな」
「ぽいんとが溜まったらご主人様にご褒美もらえるんだよね?」
 期待に満ちた視線を向けられては「内容によって断ることもある。その場合は別のご褒美を考えてくれ」と一応釘を刺してみた。
 自分の中でどこまでがセーフか一瞬考えてみた。
 踏んづけてくれは、できなくもない。相手が神の末席に坐するものであってもそれを希望するなら応じるのが逆に礼儀だ。
 では、縛ってはどうだろうか。ちょっとそっちの知識がないため、時間をもらわなくてはならないだろう。
「ご主人様とでぇとしたい」
「いや、ちょっと待っ……でぇと?」
「そう。でぇと。僕とだと難しいのかい?」
 不安そうに問われて少し自分が恥ずかしくなる。
「ああ、いや。以前の、乱のように現世という話ならあと二ヶ月ほど待ってもらわないと叶えることができないが……」
「ううん、ここが良いんだ」
 笑みを浮かべて言う亀甲には首を傾げた。
「ここ?」
「ご主人様と一緒に城の外に出て万屋で買い物をしたり、そんなことがしたい」
「なるほど。それならいつでも大丈夫だな。亀甲はいつがいい?」
「明日はどうだい?」
「明日? 急だな」
 彼女は回れ右をして執務室に向かう。振り返って「ついて来てくれ」と亀甲を促した。
「善は急げというじゃないか。それに、ご主人様とのでぇとを控えて出陣したら気が散ってしまうかもしれない」
「そこは集中してくれ」
 が思わずツッコミを入れると「そうするよ」と返事があった。

 執務室の障子戸を開けると歌仙が居た。
「おかえり」と声を掛けた彼はおや、と彼女の後ろにいる亀甲に首を傾げる。
「二冊目が必要になった」
「ああ、なるほど。それで、ご褒美をもらいに来たのかい?」
「……そうだよ」
 は文机から二冊目のポイントカードを取り出し、亀甲貞宗と持ち主の名を書く。
 モバイルに受信がないことを確認して「明日なら大丈夫そうだ」と二冊目を渡した。
「本当かい?」
「ああ。歌仙、明日は亀甲とデートすることになった」
「現世の会議はまだふた月ほど先じゃなかったかな?」
「こちらで良いそうだ。日帰りができるし、出陣もいつもどおりとする。留守を頼むことになるが、良いな?」
「いいか、じゃないんだから」と苦笑を零して「拝命したよ」と頷く。
「というわけだ。亀甲、明日出かけよう」
「うん。じゃあ、ご主人様。ありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとう」
 返された言葉に亀甲は瞠目し、そして目を細めた。





「ご主人様、空が青いよ」
「本丸から見た空も青いぞ」
「ご主人様、風が気持ちいいね」
「そうだな」
「ご主人様」
「なあ、亀甲。少し落ち着け。こっちまで緊張してくるぞ」
 苦笑を零しながら指摘された。
「う、うん。何だろうね。凄く楽しいんだ」
「そうか。それはよかった」
 ゆったりと歩くの隣を歩く。大抵、そこは歌仙が立っている場所だった。
「すまん、亀甲。並ぶなら左側にしてくれないか」
「え? あ、うん。ごめん」
「いいや、こちらこそすまんな」


 万屋に入ると主人から声をかけられた。
 時々顔を出しているだけなのに、と思ったが「お前たちは目立つだろう」とが笑う。
「そうなの?」
「なあ、主人?」
「そうですねぇ。美丈夫が連れだっていらっしゃるから、うちは商売繁盛です」
「僕たちが来たら商売繁盛になるの?
 刀剣の付喪神なのに商売繁盛まで背負っているとは思っていなかった。
「若いお嬢さんたちがいつか会えるかもしれないって足しげく通ってくださるんです」
 いたずらっぽく笑って返され、少し困る。
「あまり熱を上げさせるなよ」
 からかって言うを見て「まあ、こんなお綺麗な方と連れ立ってこられたとなると、あの娘たちは諦めざるを得ないでしょうなぁ」と店主が笑う。
「主人よ、思ってないことを言うな」
「いやいや、本当の事ですよ」
 と店主が話をしているのを眺めていた亀甲はどこか疎外されているような気持ちを抱く。自分の主が褒められているのに、なんだか嬉しくない。
「ご主人様、行こう」
「ああ、待て。主人、たばこはあるか?」
「ええ、ございますよ。どのようなものをお求めで?」
「匂いがあまりきつくないものはあるか。うちに五月蝿いのがいるからな」
「では、こちらがおすすめです」
「それをもらおう」
 精算を済ませて店を後にする。
「さて、次はどこに行く?」
「あんみつが食べたいな」
 刀剣男士は意外と甘党が多く、厳つい者の中にも隠れ甘党がいるという情報をとある筋から入手した時にはさすがに驚いた。甘いものは疲れた体に良いというから、そこからきているのかもしれないが、ミスマッチなビジュアルが可笑しい。
「甘味か……どの店だ?」
 対しては特に甘味を好むという性質ではない。食べられないことはないが、積極的に摂取することがないのだ。
「こっちだよ」
 亀甲が彼女の手を引いて甘味処に案内する。









桜風
17.5.13


ブラウザバックでお戻りください