| 日が傾き、そろそろ出陣部隊が戻ってくる時刻になり、たちも帰城することにした。 「ご褒美になったか?」 「うん。またぽいんと溜めてご主人様とでぇとする」 「そうか。それはよかった」 ふっと目の前が翳った。 顔を上げると巨漢が数人連れだって行く手を立ちふさがっている。 そういえば、先ほどここ最近暴れているゴロツキがいるという噂を耳にしたな、と思いながらはさてどうしたものかと悩む。 「こりゃ上玉だ」 「ご主人様は渡さない!」 「おそらくお前の事だ、亀甲」 ここ最近暴れているゴロツキは見目麗しい男を連れていくと聞いたため、ウチのは大丈夫だろうが一応食事の席で注意だけしておこうと思った矢先にこれだ。 「僕?」 「男娼館に売っていると聞いただろう」 「『だんしょう』ってそういうこと?!」 「なんだと思ったんだ」 「僕の知らない言葉だと思ったんだよ。ご主人様は難しい言葉をよく使うから」 それは横文字の事だろうな、と思いながらは肩を竦めた。 「ババアには用事はない」 の腕を掴もうとした男の腕を亀甲が掴む。 「僕のご主人様に触れるな」 「亀甲、腰の物を預かろう」 本丸の外に出るため、亀甲は帯刀している。 「斬ったら駄目なの?」 「駄目だ。斬らない方法でなんとかしろ。できないなら一緒に走って逃げるぞ」 「大丈夫だよ。ご主人様は僕が守る」 本体を腰から抜いて彼女に渡し、亀甲はそのまま掴んでいた男の腕をひねった。男は軽く宙を舞い、地面に激突した。 ひとり、ふたりと伸していく中、最初見た人数より一人足りないことに気づいた。逃げたかとも思ったが、気配がある。 振り返ると男はの左側から襲い掛かっていた。 「ご主人様!」 亀甲の声でその存在に気づいたが咄嗟に一歩右に動いたが男の手にしていた短刀が彼女の目の前に迫ってきていた。 の腕から本体を奪い、鞘から少し抜いて短刀を受けると男の短刀はパキンと脆く折れた。 「な、何だ……」 どんなに安物でも刀だ。それがこんな簡単に折れるのは異常だ。男は狼狽する。 「ご主人様の刀が鈍でいいはずがないだろう?」 低く唸り、相手を射抜くような視線を向けると男はまろぶ様に逃げて行った。 「ご主人様、大丈夫?」 「亀甲、刃毀れしていないか?」 すぐに刀の心配をされた。 「あんな鈍相手に刃毀れなんてないよ。大丈夫。それよりもご主人様は怪我ない?」 「ああ、すまん。ありがとう」 城に戻り、夕餉の席で町で集めた情報を皆に共有した。 「というわけで、我こそは見目麗しい男子と思う者は気を付けろ。短刀たちもだ」 彼女の言葉に皆はどっと笑ったが、その笑い声の中に「兼さん、ひとりで歩いたらダメだよ」と過保護を発揮している堀川の声が聞こえた。 歌仙に留守の間の話を聞き、明日の予定を立てる。 ひとつ、ひとつと部屋の灯りが消えていく中、は縁側に出て紫煙をくゆらせていた。 「これ、匂うな……」 明日の朝のお説教が決定した瞬間だった。 「ご主人様」 声を掛けられて視線を向けると亀甲が居た。 「なんだ?」 返事を聞いて彼はの元に足を向けて彼女の隣に座る。 「ねえ、ご主人様。左側は見えないの?」 問われて彼女は俯く。 「見えはするんだがな。光に弱いんだ」 そういって、いつも前髪で隠している左の瞳を見せた。 「青い?」 月明かりで色までは判別できない。だが、少し明るい青に見える。 「そうだな。少し青みがかっている」 「……ご主人様はなぜ審神者になったの?」 「私の家は、代々軍人の家系なんだ。本家が別にあって、分家なんだがな。ここ最近、数代前から分家筋の中でも本家に目を掛けられる、『特別』になりつつあった。軍部で色々と大きな功績をあげて勲章をもらい、他の派閥を抑えてきた。私も当然軍に入った。だがな、私はそれができなかった。この左目は光に弱い。夜戦なら、という話もあるがそうなれば右の目が弱い。軍人として、普通の功績をあげることができないんだ。だから、ウチの家族は私を審神者にした。幸い、というべきなのか。私にはその素質があった。時間遡行軍との戦いは、刀剣男士の協力が不可欠だ。通常の軍事行為ではどうしようもない事象。それを収めることができればこれ以上ない功績となる。当然その任を受けるものとして命じられた。落としても惜しくない命だったしな。そこに私の意志はなかったよ」 「ご主人様は、審神者になったことを後悔しているの?」 窺うように問う亀甲の不安をは笑い飛ばした。 「いいや。最初は何をどうしていいかわからず、本当に困ったがな。でも、私はこの本丸が好きだよ。家にいた頃になかった私の居場所がここに在るんだ。心地よいよ。近侍が少々口うるさいがな」 「ご主人様のご実家の事情はみんな知ってるの?」 「いいや。歌仙が触れ回っていなければ知っているのは歌仙だけだったな。少なくとも、私が話をしたのは歌仙と亀甲だけだ」 「僕、頑張るから。ちゃんとご主人様が功績を上げられるように、必ず首級上げてみせるから」 決意に満ちた瞳を向けられては瞠目し、「いいや」と首を緩く振る。 「ご主人様?」 「私は、家の……いや、私のためにお前たちに無理をさせるつもりはない。私のために折れろなど口が裂けても言わないよ。甘いと言われるのはわかっている。でも、私はこの本丸で誰一人欠けることなく終わりを迎えたいと思っている」 「でも……」 「私の被る害悪と言えば、身内の厭味を一泊二日程度聴き続けるだけだ。いい加減慣れたし、聞き流すスキルも身に着けた。そこは気にするな」 微笑んだの表情は柔らかい。それでいてどこか寂しげだった。 思わず手を伸ばした亀甲だったが「あつっ」と目の前のの声にはっとした。 「大丈夫?」 「ああ、大丈夫だ。あー、灰が落ちた。これもまた歌仙が五月蝿いな」 笑って言う彼女に合わせてなんとなく微笑み、「じゃあ、僕寝るね」と声を掛けて亀甲は立ち上がる。 「ああ。今日は悪かったな、刀を抜かせて」 「気にしないで。僕はご主人様を守るためにあるんだから」 告げた亀甲は自室へと戻って行った。 |
桜風
17.5.20
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