| 突然本丸に敵の襲撃があった。 外界と隔絶された空間と言っても、政府の監査の者が来ることがある。つまり、道を開こうと思えば開けるのだ。襲撃は政府の開く道からだった。 今回のもたらされた情報は怪しいと思ったが、それでも応じてしまった詰めの甘さを反省する。自分を守ろうとした彼らは深い傷を負っていた。早く戻って手入れをしないとどうなるか…… 目の前に立つ時間遡行軍の見張りの刀剣を見た。 ――刀剣男士のなれの果て。 本丸の彼ら、歌仙にすら伝えていなかったが、政府の見解はそうなっている。何らかの原因で神の座から堕ちた魂。 堕ちたのか、堕とされたのかわからない。 しかし、彼らは何か呪術的な方法を使ってこの刀剣たちを生み出しているという情報もあるのだ。 ここに連れてこられるまでには観察していた。堕ちた者。そういうものとして生み出された者。どちらがどちらなのかわからないが、少しだけ差異があった。 の言葉を理解する者が居た。その者は、一度、刀剣の正しい魂として存在していたことがあるのかもしれない。 「お前には、志があるのか」 顔にいくつも痣を作ったが問う。彼女は薄暗い部屋の中、後ろ手に縛られ、右足はクナイで床に縫いとめられていた。咄嗟にピアスを引きちぎった右耳からの出血は止まったらしい。ただ、痛みが酷い。 見張りはピクリと反応し、彼女に視線を向けた。 会話を続けようとしたが、足音が近づいて来てお互い緊張が走る。 姿を見せた男には目を眇めた。 「黒幕はお前か」 「黒幕だなんて」 目の前に立つ男は肩を竦めた。その顔に浮かぶ表情は優越の、勝利を確信したそれだった。 「まあ、お前程度が黒幕を名乗れるはずもないな。他にもいるんだろう。むしろ、危険な戦場に向けられたパシリか。ご苦労なこった」 右頬に強い衝撃があった。 「ぐっ」と声が漏れる。 「偉そうに吠えても結局何もできない無能者じゃないか。クズが」 嘲笑を放ち男は言う。 「さあて、お前の刀たちはどうするか。どちらにせよ、折れる道しか残っていないがな。お前のために戦い、折れていく刀の物語を篤とご覧あれ」 「……私の愛刀たちを見くびってくれるなよ」 キッと睨み付けて返したの顔に唾を吐きかけ、男は嗤った。 「吼えろ」 「良かろう」とは笑う。 男は首を傾げた。 「来い! 私はここだ!」 古い建物だ。外に声が漏れるかもしれない。しかし、ここは森の奥で、あの本丸からは随分と離れている。ここで叫んでも本丸に届くはずのない声だ。 「気でも違えたか」 「いいや」 ニヤッと笑ったに目を眇めた男は次の瞬間、瞠目して尻餅をつく。 壁をぶち抜いて刀剣男士が乗り込んできたのだ。 「主、無事かい?」 「あちこちが痛い。喉が渇いた。本丸に残してきた皆は? どうした、その顔。色男が台無しじゃないか」 「発つときにはまだ折れていなかったよ。顔は、まあ……あとで報告する」 彼女を縛っている縄を斬りながら歌仙が返す。右足が床に縫いとめられているその姿に怒りを覚えた。 「貴様が僕の主をこんな風にしたのか。首を差し出せ」 温度のない声、表情。神の怒りを買った男は後ろ手を着きながら逃げようとしたが、上手く力が入らない。 「万死に値する」 切っ先を向けられて男は失禁して意識を失った。 「斬るなよ。それは持って帰るぞ」 「やはりそうなのかい? 腕を一本くらい落としてもいいんじゃないのかい?」 「失血死の可能性がある。ダメだ。薬研に自白剤を作らせる。まあ、そんなものなくてもペラペラしゃべるだろう。だから、肝心なことはわからんだろうがな」 「小物と言うわけかい」 刀を鞘に納めて彼女の側に膝をつく。足を縫いとめているクナイに手を伸ばした。 「抜くよ」 「優しくしろよ」 「僕はいつでも優しいだろう?」 「抜かせ」 軽口をたたき合って歌仙はクナイを抜いた。出血がひどかったがどうしようもない。せめて止血を、と歌仙は自身の袖口を引き千切っての患部に当てる。 「雅じゃないぞ」 「たまにはいいんだよ」 チラと視線を向ければの顔色が悪い。早く本丸に戻らねばと心が急く。 「まさか歌仙だけで乗り込んできたわけじゃないよな」 「まさか! 他にも来ているに決まっているだろう。でも、僕は馬に無理をさせて早駆けしてきた」 「周りが追いつくのを待ってから乗り込んで来い。私は使い物にならんぞ」 「そのようだね。しかし、主に呼ばれたんだ。馳せ参じるのが臣下というものじゃないかな?」 「あー、お前は本当に臣下の鑑だなー。ほんと良い刀剣がうちにいてくれたものだ」 「もっと褒めてくれてもいいんだよ」 「無事に本丸に戻ったらな」 「……沙汰も覚悟しているからね」 「は?」 彼女の疑問に応えることなく、歌仙は立ち上がり刀を抜く。敵の侵入を許したこの部屋に歴史修正軍が集まってきたのだ。 ひとつ、またひとつ。人のような形をしたものが物となって床に散らばっていく。 刀剣男士の戦いを間近で見るのは初めてだった。永く審神者の任にありながらいつも安全な場所で指示を出すだけ。彼らが傷ついて戻ってくることは珍しくない。 「でもね、主。主が「無事に帰って来い」って命じてくれるから僕たちはちゃんと本丸に帰ってくることができるんだよ」 「は?」 自責の念に対して歌仙が言葉を向けてきた。声に出していたのかと思うと少し恥ずかしい。 「君の考えはなんとなくわかるようになったよ。ねえ、僕の主。君は主君の鑑だよ」 「褒めても何も出んぞ。あと、この状況が好転することはない」 「ははっ、そのようだね」 何度か鍔迫り合いを繰り返していた歌仙がふいに「呼んで」とに声を掛けた。 「来い!」 再び声を張る。 歌仙が開けた壁の穴から後続がやって来た。 「美味しいところ独り占めするつもりだったんですか!」 「そう思ったんだけどね。手を焼いているところだよ」 「ザマねぇな」 歌仙に声を掛けた皆が自身の主の姿を目にして眼光を鋭くする。合図を送るでもなく、同時に抜刀した。 「早く片付けましょう」 いつも温和な短刀が静かに言い捨て、地を蹴る。それを合図に皆が敵に斬りかかった。 助けが来たとほっと息を吐いた刹那、何かの破裂音と同時に目の前に影が躍り出た。 「亀甲?!」 膝を付いたその背には声を掛けた。ぽたりぽたりと重い水音がする。 「亀甲、大丈夫か」 「大丈夫だよ。ご主人様は大丈夫?」 少しだけ振り返った亀甲の顔に鮮血が散っている。哄笑が聞こえ、視線を向けると気を失ったと思っていた男が引き金を引いていた。 「お前の刀、折ってやったぞ」 高らかに宣言した男に向かって彼女は側に落ちていた、自分の足に突き立てられていたクナイを投げ、男の眉間に突き立てる。どさりと男は力なく崩れた。 「持って帰るんじゃなかったのかい?」 ちらと振り返って問う歌仙に 「要らん。黒幕ならあれが出てきた時点で大体把握できている。他の事を聴きたかっただけだ」と彼女は返した。 「それなら先ほど僕に許してくれてもよかったのに」 「私の愛刀で奪うほどの命でもない」 残った敵を殲滅させた。を抱きかかえるように歌仙が馬にまたがり、手綱を握る。 「亀甲、戻ったら手入れをするからちゃんと帰って来いよ。これは命令だ」 「うん、拝命したよ」 馬上から声を掛けると左目を抑えたまま彼はにこりと微笑む。男の銃弾は彼の左目の光を奪ったようだ。 彼ら刀剣男士は体が傷つけば刀剣本体が傷つき、刀剣本体が傷つけば体に傷がつく。しかし、本体の手入れが終われば体の負傷も治る。刀剣はまさしく彼らの存在そのものなのだ。 よって、折れない限り何度でも再生される。人ならざる者の証拠だ。今回はそれが幸いしたとは安堵した。 |
桜風
17.6.3
ブラウザバックでお戻りください