| そして神様と暮らし始めました。 |
| ちいの部屋について話し合っている間に夕食の時間となったため、ひとまず大広間へ移動することになった。 「女の子だし、ご主人様の部屋の側が良いかな?」 「そうですね、近侍部屋を変えることはできないのでしょうか」 「歌仙がうるさいと思う」 大広間にはこの本丸にいる刀剣男士が揃っていた。ここでは基本的に本丸に居る者は全員揃って食事をするルールとなっている。 卓子ががいくつも並べられて大きいのから小さいのまで様々な者がいた。 「主さんが連れて帰った子ってその子ですか?」 配膳をしていた堀川国広が問う。 「そうだよ。『ちい』と呼ぶことにしたんだ」 「呼ぶことにした? 名前は?」 「ないんだって。だから、さっき鶴丸が付けた」 「鶴丸さんが……」 にわかに驚いた表情を浮かべた堀川は、ちいにニコリと笑顔を向けた。 「僕は堀川国広です。これからよろしくね」 「よろしくおねがいします」 ちいは慌てて頭を下げた。 「亀甲さんがこの子の面倒見ているんですか?」 「まあ、成り行きで。歌仙が放棄したんだ」 「歌仙さんなら、主さんと出ていきましたよ。政府から急な呼び出しがあったとかで」 「そうらしいね。ご主人様が戻ってきたら改めて指示が出るんだと思うけど」 「そうですね」と相槌を打ち、堀川は座布団を二つ重ねた。 「亀甲さんはここに座って。ちいさんはその隣。座布団が難しかったらひとつ減らしてあげてください」 そういって堀川は再び配膳のために部屋の中を忙しなく動いた。 「座ってみて」と促されたちいは重ねられた座布団の上に腰を下ろした。 「わわ」とバランスを崩したちいの背を亀甲が支える。思いのほかふかふかでバランスが取れなかったのだ。 「ちょっと高そうだね、ひとつ減らしてみよう。短刀たちも座布団一個で済んでるし」 ひとつ座布団を減らして座らせてみたら、少し卓子が高いように見えなくもないがこれでいいだろうと判じる。小夜だって同じく座布団ひとつだ。 前田の号令で「いただきます」と手を合わせて食事が始まる。 漆塗りの椀には出汁の香りがする味噌汁。焼き物の茶碗の中にはふっくらと炊き上がった白米。そして、川魚を塩焼きしたものと青菜のおひたし。 並べられている食事を目にしてちいは目を丸くして喉を鳴らす。 こんな豪華な食事を口にしたことはなく、目にしたことすらなかった。 ちらと周囲を見ると皆箸を使って食事をしている。しかし、彼女はろくに箸を使ったことがない。 隣に座る亀甲を盗み見るが、彼も箸を使い、上品に食事を摂っている。 「どうしたんですかー?」 ちいの目の前に座っている今剣が声をかけてきた。 「ああ、何? 何か困っているの?」 彼の声でようやくちいの様子に気が付いた亀甲が箸を置いて声をかけてきた。 「手で食べてはいけませんか?」 ちいの問いかけに不思議そうに首を傾げた亀甲は「手が汚れてしまうから箸を使ったらいいよ」と返す。 しかし、彼女はそれに頷かない。 「あの、ちいさんはもしかしてお箸を使って食事をすることが苦手なのでは?」 遠慮がちに声をかけてきたのは平野だった。 彼の指摘にちいは少し恥ずかし気に頷く。 「まあ、僕も箸を使うのは苦労したからね。でも、練習しないと使えるようにならないよ。ご主人様に恥をかかせてしまう。それはだめだ」 「ですが、今回は……」 平野の言葉に亀甲は頷かなかった。 「卓子に食べかすを散らかしてもいいから、箸を使うんだ」 ちいにそう言った亀甲は食事を続けた。 亀甲が言ったとおり卓子にぼろぼろと食べかすを散らかし、汁を垂らして汚しながらちいは時間をかけて食事を終えた。 食事が終わってちいは部屋をあてがわれた。「ご主人様が帰ってくるまでの仮だから」と言われたその部屋は以前住んでいた長屋よりも広く感じた。 それを一人で使うのだ。どうしたものかと困惑する。 道中、厠の場所や井戸の場所を教えてもらったが正直、そこにたどり着けるかどうか不安になるくらい、この本丸は広かった。 部屋の布団は自分で敷くようにと言われて押入れを開ける。 先ほどの座布団の比ではないくらいふかふかの布団をどうにか敷き終わり、今日の出来事を思い出す。 結局、ここはどこで彼らは何者なのだろうか。ご主人様と呼ばれているのは、きっと自分を拾ったあの老婆だ。鋭い瞳を思い出してぞくりと悪寒が走った。 燭台切のように眼帯をしていたから隻眼なのかもしれないが、その眼力は圧倒的だった。 「ちいさん」 ふいに廊下から声がした。 「はい」と返事をして障子を開けると、前田と平野が立っていた。 「お休みでしたか?」 「いえ。あの、本当にこの布団をわたしが使っていいんですか?」 一応敷いてみた布団を振り返る。 「ええ、少し大きいとは思いますけど。この部屋にあるのでちいさんが使っていいですよ」 前田が頷く。 「もしお時間がありましたらお箸の使い方を練習しませんか?」 彼らの手には箸が二膳、皿が二枚。そして、片方には豆が入っていた。 「練習?」 「ええ。僕たちも主君の声に応えてこちらに降りたときには少し苦労しました。すると、主君が箸の使い方の練習方法を教えてくださったんです。ちいさんも練習しましょう」 「根気が必要になりますが、僕たちも付き合いますよ」 亀甲は意外とスパルタのようだ。 確かに、碌に箸も使えない者がそばにいれば主は見くびられるかもしれないし、評価が下がるかもしれない。 それはよくない。 その考えはわかるが、主自身そういった他人の評価を気にしないというのと、徐々に覚えればいいというスタンスなので彼女自身は何も言わないだろうが、きっと亀甲が許さないだろう。だとしたら、箸が使えないままではちいは碌に食事が摂れない。 最終的には箸を使う必要があるため、練習をして身に付ければいいのだという結論に至ったのだ。 「よろしくおねがいします」 ちいは手をついて頭を下げた。 彼女自身、食事をするには箸を自在に操る必要性があることに気づいていたのだ。 ちいが本丸に連れてこられて三日たった正午過ぎにこの城の主が戻ってきた。 「ご主人様」 庭の掃除をしている亀甲が弾んだ声をかけた。 ちらと視線を向けるとちいが彼の背後に隠れる。 主は片眉を上げた。 「亀甲」 「なんだい?」 「それの世話は引き続きお前に任せる」 自分の背後に隠れているちいを振り返ってしばらく沈黙した亀甲は再び主に視線を戻して「わかったよ」と頷いた。 「頼んだぞ」 そういって主は自室に向かって足を向ける。 主の背を見えなくなるまで見送った亀甲が自分にへばりついているちいを見下ろした。 「どうしたんだい? ご主人様が戻ってきたというのに」 ちいは首を横に振るだけで、言葉は発しなかった。 「ああ、そうだ。ちいの部屋について相談しなくては」 「先ほど前田が報告に向かいました」 一緒に掃除をしていた平野が言うと「そう」とどこかがっかりしたように亀甲は頷いた。 「主君」 追いついた前田が声をかけてきた。 「ああ、留守の間何かあったか」 部屋に入る主に続いて供をしていた歌仙、そして前田が続く。 障子戸のすぐ傍に座して前田が主の様子を窺った。 「着替えながらでいいか」 「はい。では、報告します」 目の前で着替えている主に向かって彼女が不在だった間の話をした。 主にちいのことだ。 仮の名をつけたというと「誰が付けた?」と問われた。 「鶴丸さんです」 「鶴丸か……」 「やはり問題ですか?」 鶴丸は古い刀だ。物は古いほうが力も強い。 少し考えた主は「いや、大丈夫だろう」と前田に視線を向けた。 「僕が気が利かないばかりに……」 「私たち人間からしたらどの刀も古い。気にするな。それに、鶴丸のことだ。ちゃんと副次的なことも考えたと思う。大丈夫だ」 「承知しました。それと、ちいさんのお部屋ですが」 「今はどこだ?」 「西の、空いていた部屋です」 「少し大きな部屋だな? となると、あそこは日当たりが悪いな……ほかに空いていた部屋があるか? 少し狭くてもいい」 「だったら、僕があてがっておくよ」 着替えを手伝っている歌仙が返す。 「任せた」 「拝命したよ」 「それと、ちいさんですが」 「ああ、まだ何かあるか?」 「お箸を使うのがまだ慣れていないようで……」 「別に私は構わんが」 「亀甲さんが厳しいんです」 「教育ママか」 「ママはないだろう」 苦笑して歌仙が指摘する。 「だが、幼いうちに身に着けたほうがいいだろうね」 「一応僕と平野で特訓しています」 「だったら安心だな。それはお前たちに任せよう。亀甲にもあまり厳しくしないよう言い含めておく」 「ありがとうございます」 そのほかの報告も済ませて前田が部屋を辞した。 「ところで主」 残った歌仙が彼女に視線を向けた。 「どうした? ああ、茶が飲みたい」 「はいはい。ちい、という名になったんだっけ? あの子に嫌われたものだね」 茶の支度をしながら歌仙が続けた。 「まあ、この風貌は恐ろしいのだろうな」 「それよりも、僕は初めて声をかけた時の状況だと思うけどね」 「そんなに変だったか?」 「杖で顎を上げさせただろう?」 「ちゃんと持ち手のほうで顎を取った」 「相手には伝わりづらい配慮だね」 「まあ、あれの世話は亀甲と前田に任せておけばいいだろう。どこかの誰かさんは放棄したがな」 「僕には手のかかる女の子がいるからね。これ以上ほかの面倒は見れないよ」 主を見てにこりと笑う歌仙に主は半眼になって「ぬかせ」と言い捨てた。 |
桜風
18.6.1
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