この日、わたしは『審神者』となりました。




陽 6






 審神者の後継について朝食の席で話をすると彼らはあまり驚くことはなく、自然と受け入れていた。
 名を授けたことも報告すると「もう「ちい」と呼べんのか」と鶴丸が少しがっかりした声を漏らしたという。


「僕は主がちい、ではなくなったのだったね。を連れて帰った時から後継にと考えていたんだと思っていたよ」
「そこまで考えていなかった」
「じゃあ、本当に猫や犬じゃあるまいし。気まぐれで拾ったのかい?」
「気まぐれじゃない。なんか、こう……直感だ」
「それで? を後継にするなら色々と手続きがあるんだろう?」
「そうだな。教育に関しては、頼んでもいないのにお前たちが施してくれていたから改めて行うことは少なくて済むな。むしろあっち側だ」
 彼女の言う『あっち側』というのは政府のことで、この本丸の後継になれることすなわち大きな権力を得ると考えられているらしく派閥争いが起きているとか。
「争いが好きだね」
「よそでやってくれという気分だな。とりあえず、ちい……についてはいったんお前に任せる。審神者として必要だと思う知識は叩き込んでおいてくれ。あちらには前田と共に行く」
「僕ではだめなのかい?」
「お前が一番私のそばにいた。必要なことはお前が一番よく知っている。……それと、言っておくが、骨董品の鑑定眼は今は要らんからな。というか、審神者には必要ないからな」
「今は時間がないからやめておくよ」
 長々と彼の骨董品鑑定の講義を受けなくてはならないの近い未来に心の中で合掌し、これからの支度について前田を呼んで話をすることにした。



「ご主人様に置いて行かれたのかい?」
「最も長く主の傍にいて審神者についてこの本丸で一番詳しから僕にこの子を任したんだよ、主は」
 どうしてか、目の前でギスギスとした会話が繰り広げられている。
「あのー……」
「ああ、うん。そうだね、続きを。亀甲、邪魔だから出て行ってくれないか」
「僕はご主人様にこの子の世話を頼まれているんだ」
「いつの話だ」
「君が逃げ出した時の話だよ」
 時々この二人は仲が悪い。ほかの者に理由を尋ねてみたがあったが、彼らは苦笑して「じゃれているだけだ」と返すのだ。
 じゃれているにしては空気が悪くなるからやめてもらいたいという気持ちがある。
 それはともかく、とりあえず時間がないといわれている。
 今は学べることは全て学んでおきたいはひとまず人間関係に関する疑問はわきに置いて、歌仙から審神者として必要な知識を得るよう努力した。





 それからひと月後、も審神者たりうる者として政府に認められて晴れてこの本丸の後継者候補となった。
 あくまでも候補というのがこの本丸の者たちには引っかかったが「後継を決めるのは基本的に現審神者だ」と主に言われてほっと胸を撫で下ろす。
 これまで研修という名目でやってきていた候補生はどうも肌に合わなかった。
 当然といえば当然で、この本丸に研修に来た者たちが最も重視していたのは権力だったのだ。
 現審神者が権力に全く興味を示さないため、違和感があったというわけだ。人間が欲深いのは知っているが、最近はそういう人間のそばにいないから感覚として忘れてしまっていた。


 後継者候補として審神者の仕事を補佐しはじめたは、改めてその重責に息が詰まる。
 人類の歴史を守るという漠然としたものについてはいまいち実感はないが、それを守るために出陣した刀剣男士が傷を負い、本丸に戻ってくることに胸が痛む。
 負傷した刀剣男士を手入れするのが審神者の執務のひとつで、非常に消耗する。失敗すれば、目の前の彼らがいなくなってしまうのだ。
 ひとつの本丸に同じ刀の魂は降ろせない。だが、その魂が本丸から消えてしまえばまた別の同じ魂を降ろすことができる。
「審神者様は、失った刀の別の魂を再び降ろしたいと思いますか?」
 刀剣の手入れを終えて青くなっているが問うた。
「いや、思わないな」
 同じく疲労を浮かべた審神者が返しながら胸元に手を持っていく。
「タバコはだめですよ」
 が釘を刺すと「歌仙よりも厳しいな」と彼女は笑う。
「私の刀はそれぞれひと振りだ。同じ姿かたちをしていても、もうそれは別物だからな。……次代の審神者がどうするかは自由だが」
「二人とも、お疲れ様」
 盆を持って歌仙がやってきた。
「また羊羹一竿か?」
「一竿食べたいならくすねてくるよ」
 そう言いながら歌仙は審神者とのそばに茶を置き、切り分けてある羊羹を置いた。
「これだけあれば充分だ」
「しかし、最近は負傷が多いね。僕も出陣しようか?」
「敵の力が増したのでしょうか?」
 不安そうに呟くに「いや、敵の力じゃないだろうな」と審神者が零す。
 ふっと歌仙の纏う空気が変わった。
 が驚いて彼に視線を向けると少し険しい表情を浮かべている。
「審神者様」
「どうした?」
「あの……」
「確かに、歌仙の顔が怖いな」
 からかうように指摘して彼女は茶を一口飲んだ。
「そうだな。ああ、そうだ」
 一人何かに納得するようにつぶやく彼女を見守っていると、彼女はとっとと羊羹を食べて茶を飲みほした。
「歌仙、部屋に戻る」
「供をするよ。、片づけを頼んでもいいかな」
「はい。おやすみなさい」
 審神者を支えて歩く歌仙。いつも目にしていたが、審神者が小さく見える。
 刀剣男士である歌仙は年を取らない。身体的に成長することがない。だから、審神者が小さくなったのだ。
 刀剣男士に寿命はない。刀が折れれば死に似たような終わりを迎えるが、それは正確には死ではない。
 人と人ではないものが支えあうこの本丸は異質なものであり、当たり前のものでもある気がしている。
「ちいじゃないか?」
 見えなくなっても審神者が去っていった廊下を眺めていたは驚いて振り返る。
「亀甲さん」
 彼はのことを名で呼ばない。『ちい』と呼び続けている。何か理由があるのだろうと彼女もそれを詮索しようと思っていない。
「ご主人様は?」
「お部屋に戻られました」
「今日も手入れに時間がかかってたね。負傷が増えてきた気がする」
「……はい」
「敵の力が増してきたのかな。僕たちみたいに修行を重ねたとか」
 亀甲の呟きに「どうでしょうか」とが返す。
「先ほど、審神者様とそんな話になったとき、敵の強さが増したのが理由ではないとおっしゃっていました」
「ご主人様が?」
 が頷く。
「……そう」
 どこか寂しげに呟いた亀甲は「これは僕が片付けておくよ」と言って審神者とが茶を飲んだ湯飲みなどが乗っている盆を手にして去っていった。



 翌日、審神者が皆に告げた。
「今をもって、この本丸の審神者はとする」
 突然の宣言に部屋の中に動揺が広がった。もちろん、事前にそんな話を聞いていなかったも大いに動揺した。
「もうだめか」
 ゆったりと問うてきたのは三日月宗近だった。
「ああ。もう時間は少ないな」
「わかった」
 労うような表情で静かにうなずいた三日月に「ありがとう」と審神者は礼を口にする。
「とはいえ、私はずっとここにいるから様の補佐はできる。安心してくれ」
 審神者がこの本丸の主となる。だから、『様』と呼称した。
 動揺した表情を浮かべているの背にそっと手を置いたのは亀甲で「ちい」と言葉を促す。
「よろしくご指導、お願いします」
「こちらこそ、本丸を、この方たちをお願いします」









桜風
18.6.23


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