陽 8




 先代の、所謂四十九日を迎えた。
 法要などどうするのだという話は出たが「宴会すればいいんじゃないの」と次郎が言い出し、多くの者が賛同したため、法要の代わりに宴会を執り行うことになった。
 はそっと宴会を抜け出して鍛刀部屋で彼を待った。
 ここは神を招き、送る部屋。


 しばらくすると「様」と廊下から声がする。
「どうぞ」
 入ってきたのは歌仙兼定で彼は死装束のような真っ白な着物を着ていた。
 の前に正座し、手をついて深く頭を下げる。
「どうか、私を解いてください」
「あの方は皆様に後を追うなとおっしゃいました」
「はい」
「あなたは神様です。そして、あの方は人間です。行く先が異なるのでは?」
「たとえそうであっても」
「理由をお聞かせ願えますか?」
「……あなたを「主」と呼べない」
 顔を上げてきっぱりと断言した彼の瞳は少し寂し気に揺れた。
「僕にとって、主はあの人だけなんだ。もちろん、ただの刀であったときは代が変わったりして持ち主、使い手は変わった。でも、この歌仙兼定にとっての主はあの人だけなんだ。君は立派な審神者だと思う。でも、僕は君を主と戴き膝を折ることはできない」
「あの方がわたしに最後のお願いをされました。ただ一振り、自分の言葉に従わない、後を追わせてほしいという者があると思うから、その言葉を望みを叶えてほしいと」
 の言葉に彼は瞠目した。
「自分は、その者に報いることができなかったからと」
「そんな! ……そんなことはない。僕は、僕こそあなたの近侍として相応しかっただろうか」
 ぽたりぽたりと彼の瞳から雫が落ちる。
「歌仙兼定。先代との約束により、あなたの望みを叶えます」
「ありがとう、ございます」
 彼は手をついて深く頭を下げた。

 刀解の儀式を行う。静かに、厳かに。
 歌仙の纏う空気が変わった。その場にある存在が消えていく。
 この本丸で刀を送ったことはない。きっとこれからもないだろう。

 優しく呼ばれて彼女は歌仙に視線を向けた。
「ありがとう。君の未来が幸多くありますように」
「あなたに抱きかかえられたあの雨の日。わたしは希望を抱くことができました。一条の光はあの方が導く明るい未来につながっているのだと。どうか、安らかに」
 の言葉に頷いた彼は静かに形を消していく。
 残ったのは白刃だった。銘も号もない。ただ一振りの日本刀。
 は丁寧にそれを手にして刀掛けに置いて部屋を出る。あの日本刀は、明日日が昇ったら先代の墓に一緒に埋めてあげよう。


「お疲れ様」
 部屋の前には亀甲がいた。
「うん」と頷くに「お酒でもどうだい?」と手にした盆を軽く上げた。
「うん」
 鍛刀部屋から少し離れて縁側に腰を下ろした。
「歌仙は行ったのかい?」
「はい」
「……そう」
「亀甲さんは、あの方を追いたいと思わないのですか?」
 ずっと気になっていた。亀甲が自分を「ちい」と呼び続けるのはきっと彼にとって先代が特別だから。
 この本丸の亀甲の瞳の色は左右で異なっている。にっかり青江や宗三左文字のように人の形を取ったときのものではない。ほかの本丸の亀甲貞宗は左右の瞳の色は同じだ。この本丸の亀甲だけが違うのだ。
 そして、先代は左目を失っていた。
 それは偶然だろうか。
「僕は、ご主人様から君のお世話を任されているからね。まだ、その任を解かれていない。だから、僕はこれからも君のお世話をしていくんだ」
「この先、あなたのその任を解くことができる人はいませんよ」
 の言葉に亀甲は頷く。
「うん。だから、僕が折れるか君が亡くなる時が、君とお別れをする時だよ。ごめんね、僕は君のことをご主人様と呼ぶことができないし、様と呼ぶこともできない。それはどちらも僕の大切な人のことだから」
「いいえ」
 は首を振った。
「わたしがこの本丸に来てからずっとあなたがそばいにいてくださって心強かった。そして、これからも一緒にいるとおっしゃっていただけている。それはきっととても幸せなことなのです」
 庭で小さな光が明滅している。
「蛍、でしょうか」
「少し早いけど、そうかもね」
 ふわりと浮かんだそれは空に向かって飛んでいき、闇に溶けた。




◇◆




「ちい、庭のアジサイがきれいに咲いていたよ。ご主人様にお供えしよう」
「はい」
 返事をした老年の審神者は隣に座っている少女に視線を向けた。
「ゆっくり慣れていけばいいわ。みんないい人だから」
「はい」
 緊張した面持ちの少女を残しては近くの階から庭に降りる。
 雨が降る中、亀甲に傘をさしかけられて雨で煙る庭に消えていった。
「おーい、主」
 ひょいと顔を覗かせてきたのは鶴丸だった。
「鶴丸様」
「ん? 主はどこだ?」
「亀甲様に誘われてお庭に。先代様のお墓参りだと思います」
「あそこはもう墓なんだかなんだかわからんところになりつつあるからなあ」
 苦笑しながら鶴丸が言う。毎日皆が墓参りをし、花を手向けている。それぞれが花を手向けているため山盛りとなっているのだ。
「鶴丸様」
「どうした?」
「先ほど、審神者様からこの本丸に歌仙兼定様がいない理由を聞きました」
「あー……主が「この本丸の歌仙兼定はあの歌仙兼定だけだから」と言っているからな。そうか、昔話を聞いていたのか」
 懐かしむように目を細める。
「……あの。先代様と歌仙様は恋人同士だったのでしょうか」
 意を決したような少女の問いに鶴丸は腕を組んでうなった。
「どうだろうな。お互いの信頼が最も厚いといえるが、そこにある感情は俺達には推し量れん。おそらく、本人たちも感情を量ったことはないだろう。わからん、というのが答えだ」
「そうですか。……刀剣男士の皆様にとって、審神者とはどういう存在なのでしょうか」
 零すように呟く彼女に鶴丸はそのはす向かいに座って腕組みをし、考え始める。
「君たち人間の感情や受け取り方が千差万別のように、きっと俺たちにとっての審神者もそれぞれだろうな」
「では、鶴丸様にとっては?」
 問われて鶴丸は少し唸り「光、だな」と答えた。
「光?」
「ああ。当代の主は幼いころからみていることもあるのだろうが、見かけたら足を向けてしまう。縁側の陽だまりのような感じだな」
「では、先代様は?」
「あれは宵闇を照らす月の光だ」
 鶴丸は懐かしむように目を細めた。
「今でこそ俺たちが何をしなくてはならないのか。どうしたらいいのかという意思統一はできている。だが、先代の時は本当に手探りでな。真っ暗闇をどうにかこうにか歩いていく中で、主がぼんやりとでも道先を照らしてくれた。淡い光だが暗闇ではこれ以上に心強いものはない」
 鶴丸が視線を向けると少女は緊張したように背筋を伸ばした。
「君がどんな光になるのか、楽しみだな」
「頑張ります」
「ははは、そう気負うな。俺たちもそれなりに玄人になった。先代の時は彼女を大きく頼っていたが、今度は審神者が俺たちを頼ってくれていいんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
 朗らかに笑った鶴丸に彼女は神妙に頷く。

 彼女の反応にひとつ頷いた鶴丸は膝をポンと叩いた。
「どれ。では俺もひとつ昔話をしてやろう」



 それは、気が強くて思いやりのある女と頑固だが気配りの出来る刀剣から始まった本丸の話。









桜風
18.7.6


ブラウザバックでお戻りください