刀剣がまばゆく光り、その光の中から桜の花びらと共に人の姿が現れる。
 名乗りを上げた男に「来ちゃったか」と目の前の女は呟いた。
 それは落胆したような声音で、彼は困惑と失意を覚えた。
「よろしく」と気持ちを切り替えたように女は男に挨拶をして「今剣」と少し声を張ると「はーい」と少年が姿を見せる。
「こちらは、新しく来た刀剣男士。本丸の案内よろしく」
「はーい」
 右手をまっすぐに上げて彼は元気よく返事をした。
「悪いけど、執務があるから私はこれで。わからないことがあったらこの子に聞いて。古株なんだ」
 新たに顕現した刀剣男士にそういった審神者は外で控えていた山姥切と供に鍛刀部屋を去っていった。
「よろしくおねがいしますねー」と挨拶されて「こちらこそよろしく」と彼は返したが胸にしこりのようなものが残っている。

 本丸をひととおり案内された。
 長閑な風景に少し肩透かしを食らった。
 自分の使命は理解しているつもりだ。今、この国がどういう状況かも。
 それなのに、この本丸では畑仕事をしたり馬の世話や日向ぼっこ、碁や将棋などの娯楽に興じている者たちもいた。
「ここは随分と……」
「のんびりしてますか?」
 ひょいと顔を覗き込んで今剣が問う。
「ああ。自分の知識としてある現状との乖離が大きくて少し、困惑している」
「このほんまるは、なかまがおおいですから」
「そうなのか?」
「ひとがぼくたち『とうけんだんし』をささえるのにひつようなちからはすごくおおきいみたいです。しゅつじん、えんせいあわせてよんぶたいまでしかだせません。そのほかのとうけんだんしはこのほんまるでおるすばんということになります」
「新たな戦力は不要ということなのか?」
「あるじさまにかんげいされていないわけじゃないんですよ」
 今剣は眉を下げた。
「ぼくにもきこえました。あれはあるじさまがわるい。あとでおせっきょうです」
 ふんすと鼻息を荒くして言う今剣に「そうなのか」と相槌のような言葉を向けた彼はどこかほっとしたようだった。

 二日前の歓迎会は酷かった。
 人の体を得たのだから食事が必要になるし、睡眠、入浴など元の主が行っていた人としての営みが自分にも必要になる。
 食事には少し慣れた。睡眠も、ちょっと時間がかかるがコツはつかめてきたと思う。
 酒は、当分遠慮したい。
「少し、時間良い?」
 まだ目が覚めていたため、廊下で庭を眺めていると声を掛けられた。
「主」と呆然と呟く。
「隣、座っても?」
「どうぞ」と緊張しながら頷くと「ありがとう」と彼女が腰をおろす。
「一献どう?」と彼女が誘ったが「いえ」と彼は首を振る。
「先日の歓迎会でひどい目に遭いましたから」
「あー、あれね。次郎も手加減すればいいのにね」
 苦笑しながら彼女は納得した。大変賑やかな宴だった。
「それで、主。自分に何か?」
 窺うように問われて彼女は視線を彷徨わせた。間もなく、彼に向き直り「ごめん」と手を合わせる。
「主?」
「ごめん、本当。山姥切のお説教から解放されたと思ったら休憩を入れることなく今剣にお説教されてしまった。確かにアレは私が悪い。歓迎していないわけじゃないんだ。大歓迎。でも、まあ、うちの本丸の事情が事情で……」
 そういった彼女はちらと彼を見る。
「詳しくお聞きしても?」
「凄いね、生まれてまだ日が浅いのに心の機微がわかるなんて」
「人の姿は初めてですが、人を見るのは初めてではありませんので」
 彼の答えに「なるほど」と彼女は唸る。
「では、お言葉に甘えて、長い言い訳をさせてもらおう」

 彼女の家は、随分と昔から『時の政府』の下について情報収集などを行っていた、いわゆる間諜だった。
 権力者が変わっても必ず国の最高権力者に従い、その地位を支える。
 審神者である彼女も例外ではない。一族は、審神者となれる者が現れたことに安堵した。随分と昔から続いてきた自分たちの使命を全うできると。
 審神者の中には審神者を監視する者がいる。彼女は家系によるものだが、多くは政府に弱みを握られてしまった者がそうならざるを得なくなる。
 大抵の『汚いこと』を目にすることになる上、必ず巻き込まれる。
 本来の刀剣男士の任務ではないが、彼女を主と戴いているがために、彼らはよその本丸に潜入したり、同じ刀剣男士と刃を交えることもある。

「ウチに来てくれたみんなが、自分の家のせいで面倒ごとに巻き込まれるというのは、本当は避けたいんだけどね」
「それで、自分がこの本丸に顕現したことを悔いておられたのですか」
「鍛刀の儀式は毎日しなくてはいけない。これは義務だからね。でも、鍛刀の儀式ってそう簡単に成功するものじゃないから空振りも多いんだ。今回、大当たりを引いてしまって、というかこちらにお越しいただいて大変ありがたいんだけど、申し訳ないというか……」
 彼女の言葉に彼はため息を吐く。
「主」
 彼に視線を向けた。
「自分が、主人のお家の事情を理解出来ないような未熟者とお思いですか」
「え、あ……と。いえ」
「自分が顕現した日、今剣に本丸を案内してもらいました。本丸の話、あなたの話、今剣の話。色々と話をしてくれました。彼は、実在しない刀剣だそうですね」
「まあ……うん」
「でも、あなたは彼に言ったそうじゃないですか。「私の声に、思いに初めて応えてくれたのは今剣じゃない。山姥切は私が選んだけど、私を最初に選んだのは今剣だ。今、ここにいるのに、いないという話はありはしない。仮に、誰かが今剣は存在しないと言ったら、倍の大きさの声でわたしはいうよ。「今剣はここにいる。この今剣は本物で、私の大切な刀剣だ」ってね」と。彼はその言葉は何よりも大切な宝物だと言っていました。臣下を大切になさるあなたが抱える事情を呑み込めぬ者は、この本丸に自分を含めておりますまい。ですから、どうか。次にこの本丸に顕現した刀剣があれば、歓迎すると言ってやってください。さすれば、自分みたいに悶々と数日悩んで過ごす者はなくなりましょう」
「いや、もうホントにごめんて」
 手を合わせて謝罪する彼女に彼はクスリと笑い、「ええ、主を揶揄うのはもうやめましょう」と返した。
「案外意地悪」
「今、主からお話を伺うまで悶々と過ごしていた自分の気持ちにもなってください」
「はーい」
 肩を落とした彼女はため息を吐いた。今回の刀剣男士はちょびっと意地悪だ。
「主」
「はいはい」
「一献いただけますか」
「お酒、苦手になったんじゃないの?」
「ですが、あなたと飲みたいと思ったんです」
「気まぐれだねぇ」
「そういう刀剣は少ないのですか?」
「多い」
 笑いながら彼女は彼に盃を渡し、徳利を傾ける。
「主、これは水ではありませんか?」
 盃に口を付けた彼が眉間にしわを寄せて問うと、「すっごくきれいな霊水」と返ってきた。
「一献て」
「雰囲気的に」
 彼女の返事に、ふと今剣からもらったありがたい助言を思い出す。
「あるじさまは、けっこうてきとうなのでこまかいことをきにしてたらつかれますよ、きんじのやまんばぎりさんみたいに」
 確かに、気疲れするかもしれないと彼は納得した。
「まあ、清い水は酒の一歩手前ということで」
「いいね、その発想。次郎に言ってみようか」
「響かないと思いますけどね」
「私もそう思う」
 ふふふと愉快そうに笑う彼女に彼は苦笑を零し「返杯させてもらってもいいですか」と問うと「ありがたい」と彼女は盃を手にした。
 彼女の盃に霊水を注ぐ。
 じっと盃の水面を見ていた彼女は顔を上げ、「改めて」と一言置いた。
「ようこそ、我が本丸へ。よその本丸より色々と政府が口出ししてくる機会が多いけれど、その点はご容赦いただきたい。過去に見えたことがある刀剣があるかもしれない。失われたとされているものも顕現している。ここは現世ではないうたかたの夢。どうかその現身をもって力を貸してほしい」
「ええ、自分はそのためにあなたの元に顕現したのです。お約束しましょう。あなたが折れろというその時まで、あなたの力になります」
「おっと、そうなると永遠だ」
「人の『永遠』は短いと思いますが?」
「確かに、限りはあるね。その限りを目いっぱい使ってこの本丸の皆と共に楽しく過ごせるよう未来を守るよう努力しよう」
 そういって、彼女は盃を煽った。










桜風
20.2.23
(22.5.8再掲)


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