昏い、とても暗い道を歩く。
 一歩先さえも見えない。
 そこは道なのか、進んでいるのか戻っているのかもわからずただ一人で歩く。
「――――」
 誰かの名を口にしたような気がした。
 誰だろう。
「お願い」
 何を願うのだろう。

 目を覚ますととても静かだった。
 夜中という様子もなく、外は仄かに明るい。
 障子戸を開けると一面真っ白だった。
 ほたりほたりと雪が落ちてくる。白に白が重なっていく。
 厨の方を見ても湯気が見えず、いつも聞こえる誰かの鍛錬の声もない。
「山姥切?」
 呟き、呆然と歩きだす。
 階を降りて庭に足を踏み入れる。
 膝よりも少し上まで雪が積もっていた。何度も足を取られ、倒れそうになりながら歩いていく。

 朝食の時間になっても起きてこない審神者を起こすため、山姥切が寝室に向かっていると、庭で何かが動く様子が目に入った。
 雪が降っており、視界が悪い中、目を凝らしてみるとそれは審神者で、もがくように進んでいる。
「主!」
 寝間着のまま、傘も差さずに雪の中をがむしゃらに進む姿に山姥切は違和感を覚え、その先にあるものを思い出して欄干を飛び越えて審神者を追った。
「主、止まれ!」
 膝下まで降り積もった雪に足を取られながらも力強く歩いて審神者に追いついて腕を掴む。あと数歩進んでいたら池に落ちていたかもしれない。氷が張って雪で覆っているが、人が乗って氷が割れないとも限らない。
「何やってるんだ」
「山姥切?」
 呆然と見上げる審神者は寒さで顔が赤くなっており、唇が紫になっていた。
「まったく」とため息とともに審神者を抱え上げて本丸に戻っていく。
「何やってるんだ」
「どこにいたの?」
「どこ?」
 どこと問われてもと困惑しつつ「大広間だが?」と答えた。
「ここはどこ?」
 寝ぼけているのかと思ったが、顔を覗き込んでみると混乱している様子で山姥切も困惑した。

 ひとまず、階を上がり、審神者を降ろす。
「ここは『相模-蘭-XX00001』だ。どうした、何かあったのか?」
 本丸の識別番号を口にして子供をあやすように問いかけた。
「暗い道を一人で歩いてた。目の前が真っ暗で、先があるのか道があるのか全く分からないところを一人で歩いてた。怖くなって、山姥切を探してた」
 いつもと様子が違う審神者に少し驚いたが、「そうか」と相槌を打つ。
「俺はあんたの傍にいる。あんたが終わるときには、俺が隣にいる。約束しただろう?」
 どこか夢見心地のように、焦点があっていない審神者の視線が向けられる。
「やくそく」
「ああ、約束した。本丸の仲間全てがあんたに刃を向けることになっても、俺と今剣はそれを受けて立つ。だから、あんたが独りになることはない」
「ひとりじゃない」
 山姥切の言葉を繰り返した審神者の瞳に光が戻った。
「ねえ、めちゃくちゃ寒い」
「そうだろうな」
「え、凄く寒い。何、どうして外にいるの?」
「さあな。あんたを起こしに行こうと思ったら雪の中を歩いていたんだ。その姿のままで」
 その姿とは、寝巻だ。布団が暖かいため、さほど厚着をしていない。そして、雪の中を歩いたため、膝から下は勿論、降っている雪を被ったため肩や頭も濡れている。
「先に風呂に入ってこい」
「そうする。えっと、朝ご飯の時間?」
「そうだ」
 様子がおかしい審神者に慌てて朝食を呼びに来たことを忘れていたが、それはおくびにも出さずに山姥切が頷いた。
「んじゃ、みんなに先に食べててって言っといて」
「わかった」
 びしょびしょに濡れた足で自室に向かう審神者を見送り、二歩歩いた山姥切は足を止めた。
「先に食べてていいぞー!」
 大広間に向かって声を上げる。
 審神者が驚いて振り返ると、ずんずんと歩いてくる山姥切の姿があった。
「え、なに?」
 審神者の疑問に答えずに山姥切は審神者を抱えて部屋に向かった。
 タオルを用意して審神者に渡して部屋の暖房である火鉢の火を熾す。
「着替えの準備はできるな?」
「え、出来るけど。まって、山姥切。さっきの絶対みんな驚いたよ」
「伝えることは伝えただろう」
「伝わったかどうかはまた別の話っぽいけど」
 部屋を出ていく様子がない山姥切に首を傾げて着替えの準備をするために部屋の奥に向かった。
「あるじさまー」
 廊下から声がする。
「着替えの支度をしている」と山姥切が障子戸を開けて応じると、「さっきのなんだったんですか?」と今剣がこてんと首を傾げて問う。
 山姥切は少し悩み、「やはり、伝わらなかったか?」と声を潜めて問うた。
「あさごはんなら、みんなたべてますよ。ただ、ぼくはあるじさまになにかあったのかとおもったからきたんです」
 なるほど、と納得していると「ちょっと、寒くない?」と審神者が奥から戻ってきた。
「あ、今剣。ほらー、ご飯先に食べててって伝わってないじゃん」
 ジャージ姿の審神者に「あるじさまおきてたんですか」と今剣が目を丸くする。
「うん。なんか寝ぼけて雪の中を歩いてたみたい。ちょっとこれからお風呂に入ってくるから。みんなには朝ご飯先に食べてもらってて」
 そういうことかと納得した今剣は「わかりました!」と元気よく返事をして大広間に戻っていく。
「山姥切もご飯食べといで。私はゆっくり朝風呂する」
 着替えを抱えて言う審神者に「風呂で寝るなよ」と念を押して山姥切は腰を上げた。
「主」と声を掛けて振り返った山姥切を審神者は首を傾げて見上げる。
「……何でもない。ちゃんと百数えて出て来いよ」
「百はちょっと……」
 苦笑しながら返す審神者に背を向けた山姥切は朝食のため大広間に向かった。









桜風
20.11.22
(22.5.8再掲)


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