青さに 01
| つい先日この城に主として赴任した彼女は、“ホラー”とカテゴライズされるものが苦手である。 とはいえ、この城には彼女以外に人間はおらず“付喪神”がその人口の殆どを占めている。 付喪神は、一方で妖怪に分類され、そして妖怪は彼女の中でのホラーにあたる。 だが、本人が気づいていないことのようなので、誰も指摘せず、彼女は平和にその城で過ごしている。 「幽霊が見える……ってこと?」 ポツリと呟きを落とした。 彼女は今、政府から配布されている資料に目を通していた。 近侍は少し距離を置いて控えている。政府からの資料は見てはいけないと彼女に言われているのだ。 彼女も政府からそういわれているため、そのままを伝えているに過ぎない。 そんな彼女は、この城にいずれやってくる刀剣男士のデータを見るのが日課になっており、1日1人見ることにしている。 一度に全部見たらやることがなくなるから、というのが彼女の言だ。 「幽霊……」 そこは“にっかり青江”と明記されたページだった。 政府のこの資料は、他の城の審神者との情報共有のためのもので、他の城の審神者が呼んだことがある刀剣男士があれば、この城に居なくても情報を得ることができる。 審神者として新参である彼女には非常に助かる情報だ。 とはいえ、“初めまして”の感動が薄れてしまうのも事実で、そこは少し残念に思う。 何という我儘だろう。 「ねえ、歌仙」 室内に控えている近侍に声を掛ける。 「なんだい?」 「幽霊って、見たことある?」 問われて彼は悩む。 おそらく「ない」と言えば嘘になる。だが、「ある」と答えた場合、具体的な状況などを聞かれても困るし、何より、彼女から遠ざけられてしまいそうな気もするのだ。 何せ、彼女は幽霊というものを怖がっており、今の呟きもおそらく、これから来るはずの誰かの情報に書かれている特徴を思わず口にしてしまったものなのだろうから。 「覚えていないね」 いつもの歌仙よりは答えるまでに時間があった。 彼女は窺うように彼を見ていたがにこりと微笑まれてそれ以上追及するのはやめた。 「さて、主。そろそろ今日の仕事をしようか」 促されて彼女は頷いた。今日はまだ鍛刀も、刀装づくりの手伝いもしていない。 鍛刀部屋で刀匠から刀を受け取った。 刀はその大きさで種類が異なる。今のところ一番短いのが短刀で、一番大きいのが大太刀と覚えておけば大体間違っていない。 刀剣に詳しくなくても、わかりやすくて覚えやすいと彼女は思っていたのだが、この刀剣は何だろうと首を傾げる。脇差としたら、これまでのものに比べて少し大きく、打刀だと少し小さい気がする。 とはいえ、きちんと測って大きさを確かめたわけでもなく、気のせいだとほんの少しだけ覚えた引っ掛かりを払しょくして刀剣の付喪神を招く儀式を行った。 今回の儀式は成功し、そして姿を現した付喪神を目にして彼女は思わず「げ、」と呟いた。 先ほど資料をチェックしていたにっかり青江が目の前に立っていたのだ。 「どうやら僕は主に嫌われているようなんだよね」 畑仕事をしていると本日の当番仲間の青江がそう呟き、大倶利伽羅は視線を向けた。 以前、ひとりが良いという大倶利伽羅に主はにこりと微笑んだ。 「この国では、“友情・努力・勝利”で育った人が多く、それが素晴らしいものと言われています。なので、友情というものから育もうか」 以来、彼は遠征・出陣の翌日を除く毎日、内番に組み込まれている。 とはいえ、大抵の者は内番中にもあまり積極的に声を掛けてこないため、彼はほぼ毎日の内番を苦には思っていなかった。 しかし、本日の当番の相手は意外とおしゃべりだった。 大倶利伽羅はため息を吐く。 「どうしてだろうねぇ」 「主は“ほらー”が苦手だ」 「ほらー?なんだい、それは」 「幽霊や妖怪だと以前言っていた」 「……僕たち、その類だよね?」 彼の指摘に大倶利伽羅は「言うなよ」と念を押した。どうなるかは容易に想像がつく。 大倶利伽羅から主の弱点を耳にした青江は、どこか腑に落ちない。 ふと笑い声が聞こえて視線を向ければ主が短刀と談笑しており、楽しげに言葉を交わしている姿を見るとやはり面白くない。 短刀とて刀だ。いや、この城に在るものは全て刀剣で、だから遡れば彼女の祖先の誰かしらの命を奪っているかもしれない。 幽霊を斬った自分の方がまだマシだろう。 そんなことを思ったが、ただ拗ねている子供のように思えてきて虚しくなり、その場に背を向けた。 ある日の晩、ふと目が覚めて青江はそっと部屋から抜け出した。 夜空には細く白い曲線が浮かんでいる。明日は新月のようだ。 人の気配を感じて視線を向けるとへっぴり腰で歩いている主の姿があった。 夜中にどうしたのだろうと思い、足を向け「主」と声を掛けると彼女は悲鳴を上げる。 しかし、その悲鳴は青江の掌に阻まれた。 彼女の口をふさぎながら青江はほっと息を吐いた。 こんな夜中に、しかも主が悲鳴を上げたその場に自分がいたらそれはさすがに具合がよくない。 しかし、今の状況もそれはそれで誤解を招きそうなので、早々にこの手を離すべきなのだろうが、まずは確認をしておかなくてはならない。 「主、夜中に君が悲鳴を上げたとなれば皆が驚いて起きてしまう。だから、口をふさがせてもらったよ」 現状を伝えると彼女は納得したように頷いた。もっと動転しているかと思っていたが、意外と冷静な部分もあるようだ。 ゆっくりと手を離すと彼女は深く息を吐く。 「心臓が口から飛び出すかと思った」 苦笑いをして顔を上げた彼女の表情が固まる。 どうやら、自分がだれに声を掛けられたのか把握できていなかったようだ。 「え。あ……」 視線を彷徨わせる彼女に青江はため息を吐いて「誰かと逢引きの予定だったのかい?」と問う。 「逢引き?」 「……こんな夜中に、どこへ?」 「お花摘み」 「ああ、厠か」 「お花摘み!」 「はいはい。じゃあ、一緒に行こうか?灯りがないと見えないだろう?」 指摘されて彼女は悩んでいたが、「他の者を起こしてこようか?」と問われて慌ててそれを否定し、青江の厚意に甘えることにした。 「君は、ほらーというものが怖いと聞いたのだけど」 「ホラーは昔から苦手なの」 小さく呟く彼女は俯いている。 「僕は幽霊を斬ったことがある刀剣でね。まあ、斬ったといっても結局朝起きてみると灯篭が真っ二つだったらしいから、僕の元使い手が寝ぼけていたのではないかとも思うんだ」 「あ!その説採用!」 ぐいと袖を引っ張って彼女が言う。 「採用?」 少し気を紛らわせようと思って適当なことを言ったのだが、彼女の何かにぴったりを嵌ったらしい。 「うん、採用。お化けなんてね、寝ぼけた人が見間違えたに決まってるのよ」 うんうんとしたり顔でうなずく彼女に「それでいいのかい?」と青江が問う。 「なにが?」 「いや、通説とは違うような気がするんだけど」 「よそはよそ、うちはうち!」 力強く言われて青江は吹き出した。 「じゃあ、うちはその説を採用するということにしようか」 「しよう。それでいいよ」 途端、彼女の怯えがなくなり、へっぴり腰ではなくなった。 「……昔、僕の使い手がいた城はどうか覚えていないけど、でも主は心配することはないよ」 不思議そうに見上げる彼女に「ここは神域に近いからね」と青江が返した。 「神域?」 「神様の領域」 「へー」といまいちわかっていない様子の相槌を打つ彼女に苦笑を零して「それにね」と続ける。 「それに、君が恐れている幽霊さえも斬ることができたらしい僕が近くにいるなら、尚の事安心じゃないかな?」 彼女は目を丸くしてぽんと手を叩き、「そっか、逆だ」と呟く。 「逆?」 問い返す青江に彼女が頷く。 「そう、逆。見えないから、わからないから怖いのであって、わかるのならそれは怖くない」 「君が恐れるほらーというのはそういうものなのかい?」 「ゾンビはビジュアル的にちょっと受け付けがたいんだけど」 新しい単語が出た。だが、どうやら彼女の中で解決したようだ。 「そう。でも、そのゾンビとやらも僕が斬ってあげるから心配しなくていいよ」 「そうね、青江がいたら安心ね」 彼女の言葉に青江はゆっくりと深く頷いた。 |
桜風
(16.5.6初出)
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