特等席






この城の庭には随分と立派な木ががあり、登り甲斐がある。
その木をお気に入りにしているのは、この城の主だった。
特に今の季節は非常に眺めが良い。
色とりどりの花が咲く庭を広く見渡せるこの場所は彼女のお気に入りだった。
木に登りやすいように彼女は態々自分の時代からジャージを取り寄せて着替えている。

「大将、危ないから降りて来いって」
足元から声が聞こえて彼女は見下ろすとこの城に在る短刀が立っていた。
「厚くん」
室内の書類仕事に飽きると彼女はよく部屋を抜け出して庭で過ごす。
それをよく知っている厚は早々にあたりを付けて庭にやって来たのだ。
「握り飯、持ってきたぜ」
「わーい」
厚の手にあるのは確かに握り飯。少し大きめのそれを見て今日は燭台切が握ってくれたものなのかなと思う。
「ここで食べようよ」
「えー……」
彼女の提案に厚は渋って見せた。
というのも、先日兄である一期一振に「あまり主のお転婆に付き合うものではない」と言われたばかりなのだ。
付き合う者がいなければ主のお転婆が治ると思っているらしい。
そんな甘い性格ではないだろうに、と思ったが口にはしなかった。
「だめ?」
首を傾げて問われた厚は項垂れてため息を落とす。
「茶は無理だからな」
「やたー!」
両手を上げて無邪気に喜ぶ主の姿に苦笑を零す。見つかったらまた説教されるなと思う反面、この笑顔を前にしてどうやって断れというのだろうか。
「大将、ちゃんと幹につかまっておけよ」
流石に木が揺れるだろうと思って声を掛けると彼女はひしと幹に腕を回した。
ひょいひょいと厚は木に登る。
握り飯を持っているのでいつもよりは手間取ったがそれでも彼女がこの木に登るのに要した時間の半分もかからなかった。
「厚くん、前世お猿だったんじゃないの?」
笑っていう彼女に「刀に前世なんてあるのかよ」と笑って厚も返す。
一瞬表情を強張らせた彼女だったが「ほら」と渡された握り飯を渡されると気を取り直したように「いただきます」と呟いてがぶりと齧り付く。
少し眉間に皺が寄ったのは中に入っていた梅干しの酸っぱさからだろう。
厚も彼女に倣って握り飯に齧り付いた。
あっという間に少し大きめの握り飯を平らげた彼女は枝の上に立ち上がる。
「大将、危ないから」
「ほら厚くん、見て」
弾んだ声で言われて厚も枝の上に立ち上がり彼女の視線をたどる。
色とりどりの花が咲き乱れている。
「きれいな絨毯みたい」
「絨毯?」
聞きなれない単語で厚は彼女をちらと見た。
問い返されて彼女は悩み「敷物」と返す。
おそらく、正しく伝えたかったものとは少し違うのだろうなと思いながら一度視線を庭に戻す。
色とりどりの花が競うように咲き乱れ、時折風に揺れて景色を変える。
「そうだな、きれいだな」と厚は再び隣に視線を向けたが、「うん、綺麗ね」と目を細めて頷く彼女を目にして慌てて視線をそらす。
優しく微笑む彼女はいつも見せる明るい子供のような表情と違って戸惑いを覚える。
彼女は時々そんな表情を見せる。
それが大抵この木の上だから、厚は仕方ないと言いつつ彼女のお転婆に付き合ってしまう。
自分だけが知っているその表情をできれば誰にも見せたくない。
子供のようなことを考えている自覚はある。

「厚!」
足元から聞こえた声に、名を呼ばれた厚だけでなく隣に立つ彼女も肩を竦めた。
二人揃って視線を落とすとにこりと微笑む一期一振の姿がある。
厚と彼女は顔を見合わせ、そしてため息を零す。
「オレが先に降りるから」
「はい」
頷いた彼女の肩を軽く叩いて厚は「よっ!」と枝から飛び降りた。

それからすぐあと、厚と主が仲良く並んで正座している姿を目にしたこの城に在る者たちは皆苦笑を漏らした。









桜風
(16.6.1初出)


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