| 一期一振には多くの弟がいる。 といっても、それは刀の大きさの上で彼が最も大きいため、周囲から兄と呼ばれているだけで、人間の兄弟とは少し違う。 彼よりも前から存在している者たちも一期を兄と呼んでいる。 しかし、彼が兄であることに対して誰も異を唱えない以上、彼は兄なのだ。 そして、一期は元来の性格からか、兄であることに誇りを持ち、また理想の兄像を掲げてその理想の兄たるように振る舞っている。 弟たちの理想に応え、周囲の期待に応え、さらには仕えている主に対しては近侍としてお手本のような振る舞い。 (疲れないのかなぁ) 彼の仕えている主こと、はいつも思う。 料紙がないと思えばサッと出てくるし、墨を磨ろうと思ったら彼は準備を済ませている。 喉が渇いたと思えば 「主、茶です。菓子もどうぞ。少しお休みください」 というこの完璧な気遣いっぷり。 何をどうやったらこんなに気遣いができるのか。 彼が現身を得てからまだそんなに時間が経っていないのに、この環境適応能力。驚く以外に何ができよう。 一期一振の正体は刀剣だ。彼は粟田口吉光唯一の太刀でその付喪神ある。 彼は神の末席にある者で、本来なら人間に首を垂れることはないが、彼を現世に顕現させたのが審神者であるで、よって彼女を主として戴き仕えている。 「はぁ」 一期の淹れた茶で一息つく。 「お疲れのようですね」 少し散らかっている書類を整えながら彼が声を掛けてきた。 「ん?うん。まあ……。そう言う一期は疲れない?」 「私、ですか?」 意外なことを問われたと顔に出ている。 彼女は首を傾げて微笑み、「そう、一期」と頷く。 「私は特には……」 困ったように笑う一期に「そう」とは相槌を打った。 (間違えただろうか……) の反応を見て一期は少しだけ心中穏やかではない。 先ほどの受け答えは家臣として正しくなかったのだろうかと考える。 「ごちそうさまでした」 一期の主は茶にも手を合わせて「いただきます」と「ごちそうさま」を口にする。 今までそんな人間を見たことがない。 人の姿を得て顕現したのは今回が初めてだが、人の側には永く在った。 焼けてしまったこともあり、他の刀剣よりは過去の記憶が曖昧で、寧ろ覚えていないと言った方が正しいのだが、それでも家臣の淹れた茶に手を合わせるなどまずはないだろうという考えは間違いではないだろう。 「ここのお饅頭、美味しいよね」 茶菓子として一期が出した饅頭はいつも行く万屋のものではなく、少し足を伸ばさなくてはならない店のものだ。 「以前、主がそのようにおっしゃられておりましたので」 一期の言葉には眉をあげ、そして「覚えてたの?」と問う。 おそらく、「おいしいね、これ」と言ったくらいの話だろう。 「はい」 頷く一期には唸った。 ぱたぱたぱたと廊下を駆ける音が聞こえた。 「いち兄!」 障子戸が開いて顔を見せたのは前田藤四郎だった。一期の弟のひとりだ。 「前田。主の御前だ」 厳しい表情を浮かべて窘める一期に前田は蒼くなり、「申し訳ございません」とに謝る。 「ああ、いいよ。珍しいね、どうしたの?」 彼らは普段足音を立てることをしない。だから、こんなバタバタと足音を立ててやってくるとなるとよっぽどのことだ。 よっぽどの事と言っても、こういう時は大抵、 「厚兄さんと薬研兄さんが……」 という兄弟喧嘩の仲裁に一期を呼びに来る時だ。 他の誰が仲裁するよりも早くて効果があるのが一期の存在らしい。 「行っておいで」 「ですが、主」 「私、まだこの部屋でやることあるし。でも、あの二人は普段は大人然としてるけど、時々子供だよねー。安心するなー」 笑っていうに一期は少し恥ずかしげに「主、席を外してもよろしいでしょうか」と律儀に問う。 「いいよー、いってらっしゃい」 軽く手を振られて一期は一礼し、流れるような動きで部屋を出て行った。 「一期、大変ね」 「……はい」 置いて行かれた前田はどうやら兄の代わりを務めることを決めたようで、部屋に残っている。 「取っ組み合い?」 「はい」 「見てみたいなー」 笑いながら言うに前田は「見てみたいのですか?」と問う。 「うん。仲裁する一期の姿も含めて見てみたい。粟田口って凄く仲良しなイメージがあるからね。喧嘩しているところ、私に見せてくれないだけなんだろうけど」 不思議そうに自分に視線を向けている前田に「変かな?」と首を傾げて見せた。 「いいえ。ですが、主君は面白いですね」 「面白い?」 そうかな、と首を傾げていた彼女がふと「そうだ」と呟く。 前田は彼女の言葉の続きに耳を傾けた。 「一期って、甘える相手はいるの?」 問われて前田はきょとんとする。そんなこと考えたこともなかった。 「鳴狐は、刀匠が違うし時代も違うからどうなのかな?」 「おそれながら主君。いち兄が誰かに甘えるなど考えたこともありませんでした」 前田の言葉に「そうかー」と彼女は思案した。 その様子に彼は首を傾げ、不思議に思ったがそのまま彼女が何もなかったかのように書類仕事に作業を移したので側で控えておくことにした。 暫く経って「ただ今戻りました」と廊下から声が聞こえた。 「おかえり」とが返すと障子戸が開く。 「今日は少し長かったね」 「説教に少し熱が入ってしまいました」 冗談なのか本気なのかわからないが、とにかく仲裁に掛ける時間が長かったのは確かなようだ。 「前田、ご苦労だったな」 代わりに控えていた弟にそう告げると彼も「では、私はこれで」と立ち上がる。 「またおいで」 「はい」 の言葉に頷いた前田は一期に「ありがとうございました」と頭を下げて廊下に出た。 「何が原因だったの?」 「些末なことです。お恥ずかしい」 「兄弟喧嘩ってそういうものだよ」 はしたり顔でうなずき、そして立ち上がる。 「お供します」 「ああ、違う。部屋の外には出ないよ」 そう返して部屋の真ん中にすとんと座った。何をするのか予想できない一期は首を傾げてその様子を見守る。 「一期、ちょっと来て」 「はい」 人一人分のスペースを空けて一期が彼女の前に座った。 「うん、ちょっと違う」 「何が、でしょうか」 違うと言われると不安になる。 彼女はぽんぽんと自分の膝を叩いた。 「私は、これから一期を甘やかしてみようと思う」 「は?」 思わず零れた声を誤魔化すように咳ばらいをした一期は「どういう事でしょうか」と詳細を問うた。 「一期は弟たちに慕われ、仲間からも信頼が厚い。でも、甘える相手がいない」 「別に私は……」 甘える相手がいないからと言ってそれを辛いと思うことはないし、欲しいとも思ってはいなかった。 だが、目の前の主はどうやら心配してくれているようだ。 「まあ、聞きなさい。私は『甘える一期一振』というのを見てみたいの。だから、これは私の欲求を満たすためのものだから安心して甘えてごらんなさい。まず手始めに膝枕を用意してみました」 再び自分の膝をポンポンと叩く。 一期は覚悟した。これは断りきれない何かだ。最終的には命令とか言い出しそうだ。 「……では、失礼いたします」 恐る恐る主の膝に頭を載せてみた。 「どう?」 「どう、と申されましても……ですが、そうですね。心穏やかになります」 模範解答。 「嘘だ」 半眼になったに指摘されて一期は言葉に詰まり「本当は、緊張して心穏やかではありません」と正直に答えた。 彼女は笑い、右手で一期の目を覆う。 「一期は甘え方を知らないもんね。私を気遣ってくれる気持ちの半分使って、自分を労わってあげなよね。甘える相手がいないんだったら、私立候補しちゃうよ」 髪を梳きながら言うと「それは、有難い申し出です、な」と一期は呟き、そのまま規則的な寝息を立て始める。 「よくできました」 は満足げに頷き、空色の髪を撫でた。 |
桜風
16.3.28
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