いちさに 04






 皆の願いが通じたのか、本日見事な快晴となった。



ここ数日、短刀の子たちが誉を取ってくる。しかも、粟田口の子。

元々最近は夜戦が中心となっている戦場での戦闘が多いため、短刀、脇差、打刀で出陣してもらっていたから、短刀の子たちが誉を取ってくること自体はそんなに不思議なことではない。

子供のような姿かたちをしているが、彼らとて刀剣。刀なのだ。

夜戦ともなれば夜目が利き、さらに素早さが売りの彼らの本領発揮ともなる。


そんな誉泥棒を繰り返していた粟田口の短刀たちが三日前に私の自室にやって来た。自室と言っても執務室。

手を止めて話を聞いてみるとお花見をしたいというのだ。

それは良い。

「じゃあ、みんなで」

「粟田口のみんな、ではだめですか?」

じっと見つめられ、ああ、だから彼らは最近誉泥棒していたのだと納得した。

「誉のご褒美に、ということかな?」

問えばこの部屋にやって来た皆がこくこくと頷く。

「いいよ、いつにする?というか、粟田口だけでってことは城の中ではないってことね?」

確認すると彼らはそれぞれが口を開く。

「あ、代表して……はい、五虎退」

おそらく言いたいことは同じ筈だ。だが、順番が違うから情報が頭に入ってこない。

「は、はい……裏山に、大きな桜の、木が……」

「そうなの?初めて知った」

もう三順目の春だ。それなのに知らなかったとは不覚。

「なるほど。会場は裏山ね。いつにする?」

「三日後ならまだ出陣も内番も決まってないよね」

乱が確認してきた。

近侍の歌仙に視線を向けると彼は頷く。

「大丈夫のようね」

「じゃあ、三日後。もうずいぶん咲いてるから、早くいかないと葉桜になっちゃう」

「葉桜も趣があって良いと思うけどね」

「歌仙さん、ちょっと黙ってて」

彼は自然の風景なら大抵何でも趣があるという。

乱の言葉に歌仙は肩を竦めて大人しく口を閉ざした。

「じゃあ、三日後ね」

そうかそうか。私も小学校の先生的な引率をするのか。

と、そう思ったのもつかの間。

彼らは口にした。『粟田口』と。

つまり、大きな刀剣もやってくるということだ。

脇差、打刀はもちろん、太刀も。

私は心の中で頭を抱えた。


短刀たちが部屋を出ていくと「楽しそうだね」と歌仙が声を掛けてくる。

「そうね、お花見ね」

「一期一振も来るということではないのかな?」

見ないようにしていた現実を突きつけられる。

一期一振。彼の事は苦手だ。

嫌いではない。好きか嫌いかできかれたら好きなのだ。

だが、あの物腰の柔らかさ、ビジュアル。何を取っても王子様なのだ。

――王子様にこの私が釣り合う?

ないない。思わず自分の思考に笑う。

彼は遠くから眺めていたい。要は鑑賞していたいのだ。

元々刀剣だった彼らに言うと言葉どおり自分を物だと言い出しそうだが、そうじゃない。そうじゃないんだ。

人間は何でも鑑賞するのだ。美しいものとか、かっこいいものとか、とりあえず目の保養になるものは。

「まあ、短刀の子たちもたくさんいるし何とかなるんじゃないかな?それとも、僕も行こうか?」

「お母さん連れてったら笑われる」

歌仙の言葉にそう返すと彼は憮然とした表情を浮かべた。



雲ひとつない快晴。

素晴らしい。あの呪いのように欄間に吊るされたてるてる坊主、ちゃんと仕事した!

あれで雨降ってたら見るも無残な姿にされていたかもしれない。

それはともかく。人数が多いと荷物も多い。

「お弁当は?」

誰に問えばいいかわからずとりあえずその場にいる子たちに聞こえる様に言うと「持った!」と返事がある。

「ちゃんと酒もあるぜ」

短刀らしからぬ漢らしい声音と雰囲気を漂わせて樽を担いでいる薬研を見て思わず絶句してしまう。

「樽?」

「どうせみんな飲むんだ。これくらいなきゃすぐになくなるだろう」

それはそうだ。すごく効率のいい話だ。

だが、なんというか。ビジュアル的に、大人としての良心の呵責というか……

「じゃあ、行こうぜ」

樽を肩に担いだまま、薬研は裏山に向かって歩き出す。

裏山。つまりは山。

整備されている足元があるはずなく、

よたよたとよろつきながら、何度かは足を挫きそうになりながら目的地である桜のある場所にたどり着いた。

確かに、花見をするには十分な桜が一本ある。

「すごい」

思わず漏れた言葉に短刀のみんなは満足げに笑っている。

「さ、花見だ。宴だ!」

茣蓙を広げてくれて私はその上に座った。

お弁当が広げられてこれまた豪勢で。

「燭台切さんにうんと美味しいものをお願いねって頼んでたの」と乱がぱちんとウィンクする。

なるほど。漫画などでキラキラと効果がついてそうなそんな料理が目の前にある。

おっと涎。

こくりと唾を飲んで「いただきます」と私が合図をすると皆も声をそろえて「いただきます」と手を合わせる。

お供の狐用に油揚げも用意してあって、あの男のデキルっぷりをさすがと思ってしまう。

うん、美味しい。唐揚げという料理を教えて正解だった。

「主、一献どうですか?」

「ふぁい」

突然の徳利の登場に変な声が出た。

傍に置いている私用の盃を手にすると透明な清水のような酒がそこに注がれる。

「どうぞ」と言われて「いただきます」と飲む。

美味しい。本当にこの城にあるお酒はどれも美味しい。

会議などで向こうに戻ったときに飲む酒とはとてもじゃないが比較にならない。

向こうでも値の張るものを飲んでみたけど、こっちのが断然おいしい。

水のようにごくごく飲んでしまう。

「良い飲みっぷりですね」

ふと我に返る。

私の隣にはにこにことこの空と同じ色の髪色の美丈夫が座って、徳利を構えている。

「一期は飲まないのかな?」

ひとり呑兵衛よろしく飲んでしまった。

「ええ、私は結構です」

「でも、お酒苦手ってわけじゃないんでしょ?」

「はい。嗜みますよ」

嗜む。なんだそれは。

飲むではなく嗜む。王子様のお酒は嗜むらしい。

「主、盃が空になっております」

そう言ってまた徳利を傾けてくる。

「いやいや、そろそろ。歩いて戻らなきゃならないし」

そうだった。私はあの山道を自力で降りなくてはならない。

「僭越ながら私が主を抱きかかえて降りてもよろしいのですが……」

「ねえ、一期」

「はい」

「私を酔わせて何をしたいの」

冗談と本気が半分ずつ。これ以上飲んだら本当にちょっとまずい。

「……正直に申しますと、もう一度お聞きしたかったもので」

「何を?」

どうしよう、嫌な予感がする。これは乙女の勘。

「以前、主は三条と宴を楽しんでおられました」

確かにそんなことがあった。というか、結構誘われるままに参加しているので、いつの事かまでは特定できない。

頷くと一期も頷く。

「その時、三日月殿に用事がありまして、宴の最中とは知らずに部屋にお邪魔したところ、主はすでに出来上がっておられました」

ああ、ちょっと待って。タイムマシン。私も歴史を遡りたい。

「その際に主に言われたのです。『一期は王子様みたいでかっこいいしきれいだし、良いねぇ。ずっと見ていたいよ』と」

私、審神者を辞職して遡行軍に再就職します!ハローワークの求人票ください!

過去の自分がしでかしたことを、しでかした相手から聞かされて、これはもう禁酒待ったなし。

「ですから、主。今は夜戦を中心としている戦場の遡行軍との戦をされておられますが、いつか太刀が、私が活躍できる場がありましたら、その際には私を選んでください」

「えっと?」

「誉を取りました暁には褒美として、お言葉を賜りたく」

片膝をつき、首を垂れる様は王子というよりも騎士のようで。

「一期」

「はい」

「あなたの活躍に期待します」

私もうっかりその気になってしまった始末。

「わが名に懸けて」

ひゅ~!と声が上がる。

ハッと思い出せばここは青空の下。粟田口のみんながいる場所。

「あ、ああ……」

顔が熱くなる。これはお酒が回ったからではない。

頭を抱えていると「主」と声を掛けられて視線を向ける。

「永劫、あなたの刃であることを誓います」

「もういいから!」

絶対からかいが入ってる。

一期の表情を見ればわかる。


私は青空を見るたびに今日の事を思い出すのだろうなとどこか他人事のように思う。

明日も晴れるといいな、と思ってしまう私は本当にどうしようもないんだろうな。









桜風
(16.4.2初出)


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