いちさに 05






 彼は感情が乏しいというわけではない。

笑うし、怒る。時々呆れていたり目を丸くしている姿も見ることがある。

決して感情を表に出さないという性格でもない。

だが……

(ないよねぇ)


縁側に座って庭を眺めている審神者の姿を見つけた鶴丸が足を向けた。

「どうした、主。目が死んでいるぞ」

すとんと彼女の隣に座った鶴丸が言う。

「つぶらな瞳に失礼な」

「主。つぶらな瞳とはどのようなものか知っているのか?」

「短刀の殆どの子たちの瞳がそれ」

「鏡の前で並んでみろ」

「御免被る」

突然声を掛けられ、あまつさえ失礼なことを言われたというのに、彼女は気にした様子を見せずに軽口を返した。

「それで、何を見ていたんだ?」

「あれ」

指をさすわけでもなく彼女が言う。

鶴丸がその視線をたどってみるとその先には粟田口の者たちが集っていた。

あの刀派の者たちは仲が良い。

短刀が多いことがその理由のひとつなのかもしれないが、よく共にいる様子を目にする。

そして、今その中心にいるのが粟田口唯一の太刀、一期一振だ。

「一期一振か」

「うん」

頷いた彼女に鶴丸は視線を向ける。

「惚れたか?」

「どうだろう」

「何だ。歯切れが悪いじゃないか。どうからかっていいかわからんぞ」

「からかわなくていい。なんというか、素直に頷けない感覚なんだよね」

「じゃあ、俺に惚れみるか?」

「ないなー」

間髪入れずに返された鶴丸は肩を竦めた。

「一期って、照れることあるのかな?」

「照れる?」

面白いことを言うな、と鶴丸は興味を持った。

「どうした」

「いや、一期って何でも卒なくこなすじゃん?」

「そうだな。俺もそうだぞ」

「なんで一々対抗心燃やすか。鶴丸の場合は例えそうだとしてもそうだと言いたくない気持ちでいっぱいになる」

「贔屓だ」

「なんとでも。話、戻していい?」

「構わん」

「照れた顔見たいじゃん」

「唐突だな」

笑って鶴丸が言う。

「そうだろうねぇ。でも、さ。部隊長任せて誉沢山とってきて「凄いじゃない」とか言っても「ありがとうございます」って返すだけなんだよ。照れないんだよ」

「褒めようが足りないんじゃないのか?」

「私が原因かぁ……」

衝撃を受けるでもなく、反省するでもなく彼女は呟いた。

「でも、この間鶴丸は照れたよね」

まさかこちらに話を向けられるとは思っていなかった鶴丸は言葉に詰まり、顔を背けた。

「全部試してみればいいじゃないか」

話を微妙に変えた鶴丸は立ち上がって「おい、一期一振!」と声を張って庭にいる彼を呼ぶ。

「何でしょう、鶴丸殿」

「主がお呼びだ」

「はあ?」

思わず声を上げて見上げてくる彼女に「じゃあ、頑張れよ」と鶴丸は言い残してその場を去っていく。

「お呼びでしょうか、主」

主の呼び出しなら、と駆けてきた一期は庭に片膝をついて少し俯き加減で用件を問うてきた。

これは困った、と彼女は天を仰ぐ。

「主?」

不安そうな声を出して一期が控えめに見上げてきた。

「あー、えと。万屋に行きたいんだけど」

「お供します」

「あっちの用事は大丈夫?」

念のために問う彼女に彼は首を傾げた。

「あっち」

そう言って彼女は視線を彼の背後に向けた。先ほどまで話をしていた彼の弟たちがこちらを見ている。

手を振ってきたりお辞儀をしたり、その反応は様々で彼ららしいと小さく笑う。

一期も振り返り「弟たちの事なら構いません」と返した。

「じゃあ、ちょっと着替えてくるから門のところで待ってて」

「畏まりました」


着替え終わった彼女は厨に顔を見せる。

そろそろ夕食の支度が始まるころだと思って顔を見せたが予想どおりだった。

「ねえ、光忠」

「主、どうかした?」

ひょっこり顔を覗かせてきた彼女に下拵えの手を止めて燭台切がやってくる。

「これから万屋に行くんだけど」

「あまり買い食いをしてはダメだよ」

「……うん。行くんだけど、何かお遣いある?」

「そうだなー」と少し悩んだ燭台切が口にした単語に彼女は半眼になった。

「ここぞとばかりに」

「どうせ主だけで行くわけじゃないんでしょう?」

「そのとおり」

「じゃあ、主にいいところ見せたいはずだし」

「そういうもん?」

「そういうもの。なんなら僕を指名してみる?」

「先に声を掛けたのは私だ」

「じゃあ、仕方無い。よろしく」

「よろしくされた」

自分は何を買おうかと思いながら門に向かうと、背筋を伸ばして主の到着を待つ一期の姿が目に入り、彼女は慌てて彼の元へと駆けた。

「遅くなって」

「構いません」

「厨に寄ってついでに買い物頼まれてきた」

「主に遣いを頼んだのですか?」

眉間に皺をよせていう一期に「せっかくだし。ついでだと思ったんだけど」と彼女は申し訳なさそうに一期を見上げる。

「私は構いません。何を買えばよろしいのですか?」

歩き出した彼女の一歩後ろを歩きながら一期が問う。

「味噌と塩、と言われた。でも、たぶん塩はこの間も買ってたし、味噌優先。重いでしょ」

振り返りながら言う彼女に彼は首を横に振り、「構いません。両方私がお持ちします」と頷いた。

「さっすが一期は頼りになるね」

前に向き直り、弾んだ声音で彼女が言うと「ありがとうございます」と背後から聞こえた。

(あれ?)

振り返るといつもの一期で「なにか?」と問い返される。

「あー、ううん。なんでもない」

「そうですか?何なりとお申し付けください」

「うん」と返事をした彼女はやはり気になったので、言葉を並べる。

普段一期に掛けている言葉。主に褒め言葉だ。

突然すぎたかなと思いながら一期の反応に注目していると返してくる言葉の音が少し違う。

振り返って確認してもいつもの一期で、彼女はひとつの可能性に気づいた。

(……照れてる?)

人間が得る情報の殆どは視覚からのものだと聞いたことがある。

つまり、視覚的に何ひとついつもと様子が変わらなければいつもどおりだと思い込んでしまう。

だが、今は視覚的な情報がなく、聴覚だけ。だからなのか、いつもと少し違うことに気づく。

それが照れになるのかほかの何かなのかはわからない。

どうやったら確認できるだろうかと考えていると万屋の前を行き過ぎてしまい、一期に腕を引かれた。

「主、着きましたよ」

「あ、本当だ」

「何か悩み事でも?私でよろしければお話を伺いますよ」

突然黙り込み、さらには目的地を見失う主を心配して一期が声を掛けるが「ああ、何でもないよ。考察中」と返されて首を傾げる。

彼女は万屋で紙を購入した。そして、一期が両方持てると主張した味噌と塩。

実際持てるようだが、見ていて申し訳なさが立つ。

「大丈夫?」

「見くびらないでいただきたい」

行きと違い、彼女は一期の横を歩く。落としそうになったら支えようと思っているのだ。

それはそれで一期に失礼な発想かもしれないが、怪我をするよりはましだと思っている。

「さっき、そのお遣いを聞いた時にね、光忠が私に同行する人は私にいいところを見せたいから両方持って帰れるって言ったんだ」

「……それは」

微妙な間を置いて一期が反応に悩む。実際そのとおりだ。正直に言えば少し重いと思う。なぜこの両方を一度に買わなければならないのかという疑問がある。しかし、そんな様子を彼女に気取られるわけにはいかない。

「そういえば、主」

「なに?」

「先ほどは料紙をお求めになられていましたが、誰かに文を書かれるのですか?」

一期は話題を振って気分をそらそうという作戦に出た。

「そうねぇ、恋文でも書こうか」

「それは……どなた宛に、でしょうか」

彼女の返答に一期は胸中穏やかではない。

「一期に書いてみようか?」

からかってみると一期の動きが止まった。

一期は感情が乏しいわけではない。笑うし、怒る。時々呆れていたり目を丸くしている姿も見たことがある。

だが、基本的に顔色は変わらない。程よく血色が良い、健康的な顔色だ。

ところがどうだろう。今の一期はいつもより血色が良い。

「一期でも照れることがあるんだね」

「か、からかわないでください」

「反省してます」

「それは本心からの言葉ではありませんな?」

「そうだね。どちらかと言えばしてやったりって感じかな。一期の照れ顔見れたし」

「照れ顔、ですか?」

「照れた様子を見たことないよねってさっき鶴丸と話してたの」

先ほど縁側で主と鶴丸が話をしているのをちらちらと見ていた。何を話していたかと思えば、その話題の中心は自分だったのだと聞かされてる。

少しほっとし、上機嫌に隣を歩く彼女を見下ろす。

「では、お待ち申し上げます」

一期の言葉に彼女は首を傾げて「何を?」と問う。

「恋文です」

「からかっただけだと……それに、なんかちょっと迷惑そうだった」

「まさか。主からいただける愛の言の葉を綴った文を辞退するような愚かな男に見えますか?」

にこりと微笑むと彼女はぎこちなく口の端を上げて笑って見せる。

「怒ってる?」

「いいえ。ですが、この千載一遇の機会を逃すわけにはいかないとは思っております」

(あー……これは城に帰って鶴丸に話をすれば大爆笑されること間違いなしだな)

照れ顔を見たいと思ったこんな事になるとは……

しかし、照れ顔以外にもいたずらっ子の顔を見ることができてそれはそれで得した気分もある。

「仕方ない」

呟いた彼女の隣で満足げに笑う一期の姿があった。









桜風
(16.4.13初出)


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