見たい景色






 太陽に照りつけられて玉のような汗がぽたぽたと絶え間なく滴り落ちるため、そろそろ干からびるのではないかと少し心配になってしまう。

一通り畑の雑草を抜き終わった彼女は立ち上がり、ぐっと伸びをした。

この城の主が畑仕事など、と言う者も居たが「働かざる者食うべからず!」と高らかに彼女が宣言したので、彼女の畑仕事参入を反対した者たちはひとまず引き下がってくれた。

そのため、執務の合間に彼女は畑に出てくる。暑くても、蝉がうるさくても、だ。


「あつい」

唸るように呟きながら軍手を外した彼女の前に湯呑が現れた。

「ありがとう」と受け取り、一気に煽る。

「どう考えても君は僕たちと比べてか弱いんだから、無理しなくていいのに」

彼女が飲み終わった湯呑を受け取りながら燭台切がそう言い、「お替りは?」と問うた。

「要る」と返した彼女は空を見上げ、視線をめぐらせる。

(いた...)

今剣は頻繁に本丸の屋根の上でどこかを眺めている。

「はい、どうぞ」と差し出された湯呑を受け取った彼女は礼を口にして再度一気飲みを果たした。

「ねえ、岩融」

「どうした?」

作物についている害虫を駆除している岩融に声を掛けると、彼は作業の手を止めて振り返ってくる。

「今剣って、あそこで何を眺めているの?」

彼女の視線を辿った岩融は「さあな」と返した。

燭台切に湯呑を返した彼女は「じゃあ、先に上がるね」と本丸に向かう。


今剣がいる棟の下に立ち、彼女は屋根を見上げた。

何処からなら登れるだろうか、とウロウロと歩いていると大木が目に入る。枝もしっかりしているようだ。屋根との距離を見ても、何とか飛び移れそうな気がする。

(ここかな?)

彼女は幹に手を掛けてよじ登ろうとしたが、意外と自分の体が重くて動けない。

「主?」

声を掛けられて振り返ると困惑した表情の太郎太刀がいた。

ここを通りかかると蝉のように木の幹にしがみついている主の姿があるではないか。

人間とは不可解な生き物だと思いつつも、一応声を掛けてみると彼女は振りかえり、少し気まずそうに乾いた笑いを漏らした。

「どうかされましたか?」

「えっとねー。この屋根に上りたいって思ったんだけど...」

彼女の見上げた屋根を見る。

なるほど、と太郎太刀は彼女の奇行に納得した。

「しかし、少し危ないのではありませんか?」

自分ならともかく、人間の娘である彼女が屋根から転げ落ちれば無事で済むとは思えない。

「上ったら何とかなると思う」

彼女がそう言って頷くので「では、私が屋根の上にお乗せ致しましょう」と太郎太刀が申し出た。

「大丈夫?」と言う彼女に太郎太刀は頷き、ひょいと持ち上げて屋根の上に乗せる。

「ありがとう」と言った彼女はそのまま、へっぴり腰で屋根の上を歩いていった。


カタリと物音がして今剣が振り返ると腰が引けた状態で歩いている主の姿がある。

「あるじさま?」

「ああ、今剣。ちょ、ちょっと待ってね」

とうとう瓦に手を付けて彼女は這うようにして歩き出す。

「どうしたんですかー?」

立ち上がった今剣は彼女のもとへと向かった。

ぺたりと座り込んだ彼女の隣に今剣も腰を下ろす。

「どうしたんですかー?」

先ほどと同じ言葉を繰り返して彼女に問うた。

「今剣は、ここで何を見てるの?」

そう言われて彼は少し困った。特に変わったものは見えていないのだ。

「何を見たいと思ってるの?」

彼の心境を察したのか、彼女はそう言葉を変えた。

今剣は彼女をじっと見た。

「いつもさ、今剣って屋根の上で何かを見てるじゃん?何が見えるのか、ずっと気になってたんだ」

そう言って屋根の上からの景色を改めて目にする。

「わー、遠くまで見えるねー」

歓声を上げた彼女に「そうなんですよー」と今剣が返す。

「いつも見てる景色?」

彼女が今剣に視線を向けて問うと「そうですよ」と彼は頷いた。

「今剣はどんな景色が見たいのかな」

「わかりません」

何かを見たいと思って屋根に上がっている。それが何かが今のところ分からない。

だから、眺めている。

「じゃあ、また一緒にここで眺めようか」

彼女がそう言い、今剣は首を傾げた。

「見たい景色が見れるまで、一緒に景色を眺めようか」

彼女は今剣に向かって笑顔を向けた。

「いいですよー。でも、あるじさまはどうやってここにのぼってきたんですか?」

少しくすぐったい気持ちになりながらも今剣はそう返す。

彼女は、前の主ような身軽さは持ち合わせていないはずだ。少なくとも、自分の見立てでは彼女に八艘跳びは無理だろう。

「そこの木に」

そう言って彼女はこの棟に最も近い大木を指差した。今剣もその木を登ってここに上がっている。

「登ろうとしたら、中々難しくて。偶然通りかかった太郎に屋根に上げてもらったの」

彼女の言葉にどこか納得した今剣は「あはは」と笑った。

「どうしたの?」

驚いた表情の彼女に「いいえ」と今剣は首を横に振る。

前の主とは全く違う今の主。

前の主の元では刀でしかなかった自分の想いはきちんと彼に伝わったのかわからない。寧ろ、伝えたい想いがあったのかも今となっては良くわからない。

だが、今は違う。言葉を話せる。彼女はちゃんと話を聞いてくれる。一緒に見たい景色を見つけようと言ってくれる。

「あるじさま」

「何?」

「ぼく、あるじさまといっしょにいられてうれしいです」

「...ん?うん。私も今剣と一緒に居たら楽しいよ」

彼女は少し驚いた表情をしたが笑顔を浮かべてそう返した。

「ところで、あるじさま」

「ん?」

「どうやってここからおりるんですか?」

問われて彼女は固まった。

「そうねぇ。大問題だわ...」

「いわとおしかたろうたちをさがしてきます」

そう言って今剣はひょいと屋根から飛び降りる。

「え、ちょっと」

「まっててくださいねー」

屋根の上から聞こえる不安そうな声を耳にした今剣はそんな言葉を掛けてその場から離れていった。









桜風
(15.8提出)


ブラウザバックでお戻りください