いずさに 01
| 天気が良く暑い日が続いた。 「涼みたい。けど、どこかに出かけたい」 彼女がそう言った。 毎日執務室で書類とにらめっこしていたのだ。更にこの暑さ。そろそろ気が滅入る。 主である彼女がそう言ったのだ。 「別にいいぜ。河原にでも行くか?」 近くにいた和泉守兼定が頷き、「お弁当作ってもらおうよ」と加州清光が言う。 「僕、ちょっと厨を覗いてきます」 堀川国広がそう言ってパタパタと廊下を駆けて行った。 暇そうにしている者たちに声を掛け、数人を連れだって城の近くの河原に向かった。 勿論、全員が留守にするわけにもいかず、最終的には彼女に教えてもらったあみだくじで留守番が決まった。 笠を被けと言う者も居たが「どう見てもコイツは姫さんに見えないだろう」と和泉守が言い、彼女は軽装のままで河原に向かうことができた。 和泉守の言い方には引っかかったが、彼が言わなければこんな風に景色を楽しむことができなかったので、仕方ないとも思う。 軽食として作ってもらった弁当を食して川の方に足を向ける。 飛び石のように岩があり、少し跳べば着地できそうだ。 冒険心をくすぐられて彼女は二歩下がり「えいっ」と跳んだ。 着地した石の上で、手を広げた。フラフラと揺れていたが、揺れが止まる。取り敢えず、何とかバランスがとれたと思い、手を下ろして川の中を眺めようと体重を移動したところでツルリと足元が滑った。 流石に顔面からのずぶ濡れを覚悟したが、力強い腕に支えられる。 見上げると、和泉守が呆れた表情を浮かべていた。 「何やってんだ、全く...」 ため息交じりの一言は、「ありがとう」と素直に言いづらくなるには充分だった。 しかし、助けてもらったことに変わりなく、感謝の言葉を紡ぐために彼女は口を開いた。 「ったく。お前は本当どんくさいんだから。この間も何でもないところで転げそうになってただろう。その前にも、箪笥の角で足を打ったとかって悶絶してたよな。それに」 「うるさい!」 開いた口から出てきたのは感謝の言葉ではなく、相手の言葉を遮るものだった。 「あ?」 珍しく鋭い声で言われ、ぽかんと口を開けて和泉守は自分が支えている主を見下ろした。 「和泉さんは、なんでそんなに意地悪を言うんですか」 そう言って彼女が俯く。 「なーかしたなーかした」と茶々を入れる加州を睨みつけ 「お、おい。泣いてないよな?」 と恐る恐る彼女の顔を覗きこむ。 和泉守はぎょっとした。 泣いてはないが泣きそうだ。 「ま、待て!待てよ!!オレが..悪かった」 心を込めて自分の非を認める。 「何で、いつも意地悪なんですか?」 重ねて問われた。 「主さん。兼さんは子供だから好きな子をいじめたいんですよ」 ため息交じりに堀川が言う。 「は?ふざけんな国広。誰がこいつのことをす、すす..好きなんだよ」 語尾がだんだん小さくなりながらそう反論する。 「いずみのかみさん、まっかですー」 今剣の揶揄に「うるせー!」と返してちらと彼女を見ると、驚いた表情で見上げていた。 「見るな」 そう言って和泉守は空いてる手で彼女の目を覆った。 「和泉さん」 「何だよ」 「真っ赤でした」 「うるせぇ」 そう返した和泉守に「えへへ」と彼女が笑う。 「ったくよ...」 そう呟いて彼は彼女をひょいと抱え上げ、ざぶざぶと川の中を歩いて河原に降ろした。 「お前はどんくさいんだから、オレの側に居ろよ」 ふいとそっぽを向いて和泉守がいう。 「はーい」と返事をした彼女の声は弾んでいた。 |
桜風
(15.7.23初出)
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