花火






 庭で蜩が鳴き始めた。

はぁ、と思わずため息をつけば「どうかしたのかい?」と声を掛けられて変な声が出る。

「主?」

自身の主の奇声に戸惑いを覚えながら歌仙兼定は彼女の顔を覗き込んだ。

「ごめんなさい」

「いや、主の口から蛙が出てきたのかと思ったよ」

「どんなホラーですか」

半眼になって抗議の声を向けるが、歌仙は軽く肩を竦めるだけで応えない。

「それで、どうして僕の主はため息を吐いていたのだろうね」

そう言いながら彼女に視線を向けると「もう秋になるんだなって」と彼女が返す。

「ああ、そうだね。昼間はまだ暑いけど夕暮れが早くなってきたね」

暑いのは苦手なのか、少しほっとしたような声音で歌仙が応じた。

「主は秋が嫌いなのかい?」

「秋が嫌いというわけではなく、夏が終わるのが少し早いなと思って」

「そう?もう夏は充分だよ。僕は秋が恋しいね」

纏わりつくような湿気やじりじりと焦がすような太陽の光。とても不快だった。

「主は夏が好きなのかい?」

「私、毎年花火大会に行ってたんですよ。それこそ、夏の風物詩。審神者になって、流石に「花火大会に行きたいから帰りまーす」なんて許されないと思って我慢したんですけど」

「それは我慢してもらわなくてはね。ところで、花火大会とは何だい?」

問われて彼女は説明する。自分が毎年赴いていた花火大会はおそらくスタンダードなものだったと思う。

「それなら、僕は見てきたよ」

「は?!どうやって」

思わず歌仙の袖を引いた彼女の手をそっと離させ、

「遠征の折に偶然。でも、少し騒がしいね。見た目は確かに美しいけれど、どうにも音が好ましくなかったよ」

と彼は応じた。

「それがいいのにー。お腹に響くドンというあの音があって夜空に花火がパーッと広がって...歓声を上げて「きれいだねー」って笑って。いいなー。歌仙いいなぁ...」

ぼやく彼女を見降ろして歌仙は想像してみる。

浴衣を着た彼女が空を見上げ、広がる花火を見て歓声を上げて笑って。

(確かに悪くない)

心の中で納得した。

「では主。今度共に行くかい?」

「どこに?」

「僕が花火大会とやらを見た時代だよ」

「どうやって?」

「僕たちが遠征に赴く際に通る道を通って。審神者は通れないのかい?」

そう問われて彼女は首を傾げ、「挑戦したことがないから何とも...」と返す。

「では、今度挑戦してみよう。君の為なら僕ももう少し夏を我慢してもいいと思っているよ」

歌仙はにこりとほほ笑み、そう言った。









桜風
(15.7提出)


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