くりさに 01






  その日は何の当番にあたってもいない、所謂『非番』だった大倶利伽羅は、城の裏山に足を伸ばして散策をした。

 城の中に居れば構われることが多い。

 彼は基本的に構われるのを嫌っている。公言しているのに、なぜか構ってくる者たちがおり、邪険にしても暖簾に腕押し、糠に釘。仕方ないので自分が避難することを選ぶようになった。

 夕飯時までに戻らなければこれまた執拗なまでに構われるような気がしているので、日が傾き始めると城に戻るようにしている。

 山から下りたところは畑仕事などの道具が仕舞ってある小屋の側になる。他にも道はあるが、大倶利伽羅はそこを通るようにしていた。

 理由はひとつ。人通りが少ないためだ。


 裏山で見つけた瓜を手にして戻ってきた大倶利伽羅は小屋の前を通り過ぎて三歩程進んで立ち止まる。何かが動いた。

 ちらと振り返るとそこには人影があった。物陰にある塊は間違いなく人影で、そしてそれはこの城で一番偉い人のものだった。

 この城で偉い人、といっても知識が豊富というわけでもなく、武勲があるというわけでもない。

 この城の主はただの人間の娘で、これと言って秀でているものはない。しかし、それでも彼女はこの城の主で、大倶利伽羅にとっても主と呼ぶ存在だ。


 『大倶利伽羅』。

 彼は刀である。そんな彼が人の姿を得てこの世に顕現しているのは、ひとえに彼女の力によるものだった。

 歴史を改ざんしようとしている集団のそれを阻止するために審神者なる者が政府から選ばれ、その者の持つ力によって元は唯の物、刀剣であった彼に人の姿かたちを取らせた。

 彼と同じ存在はこの城に多く在り、彼らもまた彼女を主として戴いている。

 彼女は守るべき存在で、だからかならず誰かしらが側に控えているというのに、さすがにこの状態の彼女の側に誰かは控えていないだろう。

 今、本丸では大捜索が始まっているかもしれない。

「おい」

 声を掛けられてやっと自分以外の存在に気づいたのか彼女は驚いたように顔を上げた。

 大倶利伽羅が眉を上げる。

 膝を抱えて俯いていた彼女の瞳が濡れていた。

 内心動揺しながらも、それは表に出すことなく大倶利伽羅は彼女の前で膝を折った。

「……どうした」

 積極的に他人にかかわりたくないのだが、さすがにこの状態の彼女を目にして見なかったことに出来ない。そこまで不義理ではない。

「え、と。なんでもないです」

 えへへと笑う彼女にため息を吐き、大倶利伽羅は先ほど裏山で取った瓜を取り出した。

 夕食後に食べようと思っていたのだが、仕方ないと思いつつ、これまた持っていた小刀でそれを割る。

 首を傾げた彼女に半分差し出して「やる」と短く言葉を発する。

「これ、なんですか?」

 そんなことも知らないのかと驚いたが、彼女の持つ知識と自分たち刀剣の持つ知識は異なる。彼女の知らないことを知っている時もあれば、その逆もある。

「瓜だ」

「瓜? 生で食べられるんですか?」

 首を傾げる彼女に嘆息吐いて大倶利伽羅は自分の手にある半分の瓜にがぶりと齧り付いた。良く熟れていて程よく甘い。

 そんな大倶利伽羅を見て彼女も恐々と瓜に齧り付いた。

「おいしい」

 目を輝かせて彼女は呟く。

「美味しいです、大倶利伽羅さん」

「……ああ」と相槌を打ちはしたが、本当はもっと上手な応え方があったのだろうと少しだけ思った。あいつなら、と。

「上手いものを食べたら気が晴れるそうだ」

 世話焼きの仲間の言葉の受け売り。柄ではないとわかっている。

「えへへ」と目の前の彼女の口から笑みがこぼれた。

「本当ですね。おいしい」

 しゃくりとまた瓜に齧り付く。

「……夕飯は、ちゃんと食べろよ」

 残したらまた別の誰かが心配する。

「はい」

 頷いた彼女の表情は少し明るくなった気がした。

 そういえば、今朝彼女は政府の元に行かなくてはいけないという連絡事項を口にしていた気がする。

 きっとそこで何か言われたか、面白くないことがあったのだろう。いつだってお上は勝手だ。

「ねえ、大倶利伽羅さん」

 名を呼ばれて視線を向ける。彼女は大倶利伽羅と目が合ったのを確認して言葉を続けた。

「私がここにいたこと内緒にしてくださいね」

「それを食べたのを内緒にすることと交換条件だ」

 手に持っている瓜に視線を向けて言う大倶利伽羅の言葉に彼女は神妙に頷く。

「ふたりだけの秘密ですね」

 いたずらっぽく笑って言われて大倶利伽羅は少しだけ驚いたが「そうだな」と相槌を打った。









桜風
(16.9.11初出)


ブラウザバックでお戻りください