鳴さに 01
| ずそっとお茶を飲んでいると「主どの」と声を掛けられた。 視線を落とすとそこには狐がちょこんといる。 鳴狐は何処だろうと視線を巡らせるが、どうやら狐だけだった。 「なに?」 「勝負をしてください」 「かくれんぼは無理よ。負けるじゃない」 「いいえ!碁です」 胸を張って言う狐に彼女は眉間に皺を寄せた。 (どうやって?) 「とにかく、来てください」 ちょこまかと周囲を走られて彼女はため息を吐き、「はいはい」と返事をした。 先日、囲碁なるものに初チャレンジをした。 相手はへし切長谷部で、勝負がついた後「初めてにしては中々の腕前だったと思いますよ」と言われてカチンときた。 ルールを覚えるのに必死な人間に何を言うか、と。 だから、通りすがりの刀剣たちを捕まえて囲碁の訓練を重ねている。 あのドヤ顔はたまに夢に見るほどなのだ。 「参った」は多分聞けないけど、唸らせるくらいはしたい。 狐の後を歩いていくと「こちらです」と言ってとある部屋の前で止まった。 碁盤を用意している部屋に案内されたらしい。 部屋に入るとそこには鳴狐がいた。 「え?あ、なるほど」 流石にあの狐が碁石を持てるはずがない。いや、持ってほしかったとも思う。写真に撮ってホーム画面に登録だ。 「さあさあ、主どの」 促されて鳴狐の正面に座った。 狐がトコトコと鳴狐の肩に乗り、「主どの賭けを致しませんか?」と言う。 「誰と?」 狐は鳴狐に碁を打たせて賭けというのかと思っていると鳴狐は自分を指差した。 賭けの相手は鳴狐ということらしい。 なるほど、それなら納得だと彼女は頷いた。 「で、賭けって何を?」 「勝った相手の我儘をひとつ聞くというのは如何でしょう?」 「……いいよ。たぶん、鳴狐だから無理難題はないだろうし」 少し間を置いて彼女は頷いた。 鳴狐の我儘が全く想像つかなかったので、良し悪しの判断に一瞬迷ったのだ。 「ふふふ、このために鳴狐は、ムグ……」 何か意味ありげに言う狐の口をむんずとつかんだ鳴狐は「だめ」と小さく叱り「主が集中できないといけないから」と狐を部屋の外に追い出した。 確かに、あの狐は岡目八目をしそうだ。うるさそう。 置石のハンデをもらって碁を指し始める。 しかし、あっという間に決着がついてしまった。 最近は「うまくなったな」などと言われていたので調子に乗っていたのだが、彼らの社交辞令だったらしい。 ぐぬぬと唸っている彼女の横に鳴狐が立った。 見上げる彼女に「立って」と言う。 「あ、うん」 負けたのだから彼の我儘をひとつ聞かなくてはならない。 「え、我儘ってこれ?」 「ううん」と首を横に振り「目を瞑って。これも違うから」と言った。 『これも違う』というのは、我儘ではないというのだろう。 確かに、この程度を『我儘』と主張することはないだろう。 彼女の視界は真っ暗になった。 「そのまま」と耳元で声がしたかと思うと手を握られる。 「え、何?!」 驚いて声を上げる彼女に「そのまま」と鳴狐は言う。 手を魅かれて歩き出した彼女は「どこいくの?」と問う。 「すぐ近く」 「まだ目は瞑ったまま?」 「まだ」 目を瞑ったまま歩くのはかなり難しいし怖い。 しかし、鳴狐が段差などを教えてくれるので、思ったほど不便でもなかった。寧ろ、いつもは狐が代わりに話すので、彼の声をこんなにじっくり聴くことができる機会は貴重だと思っている。 「ねえ、鳴狐」 「なに?」 「何でいつも狐が代わりに話してるの?」 「……恥ずかしいから」 そう返されて彼女はクスリと笑う。 「笑わないでほしい」 「うん、ごめんね」 可愛いと素直に思う。 「目を明けてもいい」 そう言われて目を明けるとそこには前田藤四郎と平野藤四郎がいた。 「え、何?」 「主君、こちらを」 そう言って前田が花冠を差し出してきた。 「え、あ。うん。ありがとう」 膝を折り、彼に花冠を載せてもらう。 「よく似合う」 呟く声が聞こえて振り返ると鳴狐が微笑んでいた。 いつも肩の狐が声を出すから視線を向ける先が狐になりがちで、だから、彼の微笑む表情を見た記憶が殆どない。 「あ、うん」 「これをもらって。それが、さっきの賭けの……」 「え、いいの?これ、もらって」 「やあやあ主どの。先ほど、鳴狐がこのお二人に指南していただいて作った、ムグ……」 「な、なんでも……ない」 焦った彼も初めてで、彼女はくすくすと笑う。 「狐さん、私たちと外で遊びませんか」 「行きましょう」 そう言って前田と平野が狐を掻っ攫って部屋を出て行った。 彼女は鳴狐を見た。 「これ、鳴狐が作ってくれたの?」 あの狐の話だとそうなる。 こくりと頷く鳴狐はどこか気恥ずかしそうで、彼女は笑った。 「ありがとう!」 その笑顔に鳴狐は息をのみ、そして笑う。 「とてもかわいい」 |
桜風
(15.9.11初出)
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