鳴さに 02
| この本丸の奥の離れはいつも静かな時間が流れている。 誰もいないというわけではない。気配はみっつ。2人と1匹。正しくは1人と1口と1匹、城の主と近侍と近侍のお供の狐。 主と近侍の口数が少ないため、大抵はお供の狐が何かしら賑やかに話をしているのだ。 「しかし、主殿も鳴狐もあれでよいのでしょうか」 「良いんじゃないのか?」 名の由来である薬研で薬を調合している短刀が軽く返した。彼は薬の調合のための部屋を与えられており、手が空けばそこで常備薬を作っている。 「薬研殿は心配ではありませんか?!」 狐に訴えられて作業の手を止めた彼はため息を吐いた。 「当人以外が心配することじゃないだろう」 「ですが……!」 「狐さん、鳴狐さんのこと心配しすぎだよー」と狐を抱きかかえながら彼の兄弟、乱藤四郎が笑う。 「乱殿」 「鳴狐さんだって、粟田口だよ。粟田口はやればできる子たちの集まりなんだから!」 「ねー」と薬研に同意を求めると「そうだな」とやはり適当な返しがあり、今度は乱がむくれた。 「もう!薬研ももうちょっと本気で話を聞いてあげようよ」 「と言ってもなぁ……」 今度こそ、作業の手を止めて薬研が呟く。 「でもオレ、大将が鳴狐さんと手を繋いでいるのを見たことあるぜ」 「どうでもいいが、兄弟。ここをたまり場にするな」 「薬研だけ個室があるのズルい!」 「個室じゃない、作業部屋だ」 「お待ちください、厚殿!」 体を捩って何とか乱の腕から逃亡を果たした狐が先ほどの発言の真偽を問いに厚の元へと駆けた。 「今の話、本当ですか?」 「え?今の話?」 「鳴狐と主殿の話です!」 「え?ああ。薬研も見たよな?」 「ああ、見たな」 「な、何と!進展です。大進展です。進化です!」 最後の単語は失礼ではないだろうかと思いつつ、彼らは狐を見守った。とりあえずツッコミを入れれば長くなりそうだと判断したのだ。 「……しかし、そうなると。何故わたくしの前でそのようなことをなさらないのでしょうか」 こてりと首を傾げる狐に「そんなことしようものなら大騒ぎするからだろうなぁ」と彼らは思ったがこれまた口には出さなかった。 とはいえ、手を繋いでいたといっても主が鳴狐の手を引いて歩いていたというのが実際のところのようで、どこかに急いで連れて行きたかった様子だったのだ。 薬研と厚は目配せをした。これを言えば、また振出しに戻りそうだと思ったのだ。 「少し鳴狐に聞いてきます!」 スタタと駆けていく狐を捕まえようとしたが乱の手が届かず、スルリと部屋を出て行ってしまった。 確認などされればあの奥ゆかしい主のことだ。手を引くことすらしなくなる。 3人は顔を見合わせた。 「どうしよう」 「悪気があるんじゃなくて純粋な心配でこうなんだしな」 「まあ、叔父貴が何とかするだろう」 そして薬研は作業に戻り、乱と厚は作業部屋で時に薬研の手伝いを、時に邪魔をして過ごした。 「鳴狐!」 主の執務室に戻ってスルリと部屋に入りながら狐が彼の名を呼ぶと「しー」と人差し指を唇に当てて鳴狐が声を落とすようにと言う。 彼の目の前にはこの城の主がいた。ただし、文机に突っ伏して。 「ちゃんと眠ったらって言ったんだけど」 仕事を早急に終わらせたいからと言って夜も遅くまで頑張っていたので疲れがたまってしまったのだろう。 少し席を外した隙に彼女は眠ってしまったらしい。 「主殿はお疲れだったのですね」 「うん、だから静かに」 鳴狐の言葉に何度も頷いた狐がハタと気づき、「ひとつ確認したいのですが」と見上げる。 「なに?」 「鳴狐と主殿は恋仲なのですか?わたくしはおふたりはお似合いだと思っているのですが……」 「うん、お似合い」 しれっと返されて狐は大仰にのけぞった。 「なんと!わたくしの知らぬ間に!!」 「でも、まだ恋仲じゃないから内緒」 鳴狐の言葉に狐が首を傾げる。 「恋仲ではないのですか?」 「うん。これから口説くよ」と鳴狐はちらと主に視線を向ける。 「なんと!鳴狐、それはまことですか!」 「うん、粟田口はやればできる子だから」 先ほどから目覚めているようで、彼女に意識はある。だが、話題が話題で起きられない状況のようだ。だから、宣戦布告。 「覚悟してね」 耳まで赤くなっている主に向かって鳴狐は微笑んだ。 |
桜風
(16.1.19初出)
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