共有する甘さ






 刀剣男士を所管する部署からの人事異動もなく、新しい年度を迎えた。
 最近気づいたのだけれど、『刀剣男士』という呼称は正体不明の『刀剣の心』では正体が曖昧で不気味に思う人が多いために付けられたようだ。
 とはいえ、彼らはやはり人間に畏れられている。私の所属する部署では、まさに『触らぬ神に祟りなし』とった風潮がある。人間でも刀剣の心でも相手を敬う気持ちがあればトラブルにならないのだろうにと思うのだが、そうもいかないらしい。
 先日も、同じ部署の人が彼らについて「所詮は道具だ」とか「妖怪の類」とか言いながら廊下を歩いていて偶然直接その言葉を刀剣男士の耳に入れてしまった。
 刀剣男士は噂話をしていた人間に一瞥をくれただけだったけど、話をしていた彼らは脱兎のごとく逃げた。
 なお、その話をしていたのはうちの課長だった。今後の業務に差支えがなければいいのだけれど。
 人間と人ならざる者の共生は中々難しいようだ。

 午後の業務中、どうしても眠気に勝てそうになく、仕方なくコーヒーを飲むことにした。執務室の外の自販機に行くべきかと悩んだが、最近ドリップコーヒーが導入されていたことを思い出す。飲みたい人は一包分の料金を指定された缶に入れて購入することになっていると案内されていた。今年の幹事はそういうちょっと洒落たことが好きらしい。
 小銭とカップを持って水屋に向かう。
 途中、今年度採用の新人さんと若手の子が額を寄せて楽し気に話をしている傍を通った。どうやら有名ホテルでスイーツビュッフェがあるらしい。私でも知っているホテルだし、そのホテルでのスイーツビュッフェは人気が高いという話を聞いたことがある。大型連休を目前に控え、同僚たちはそれぞれの予定に気が向いているようだ。
 スイーツビュッフェには憧れがある。上級学校に通っていたころ、周囲がそういう話で盛り上がっていてみんなで行こうと言っていたが、その『みんな』に私は入っていなかった。『似合わない』そうだ。ビュッフェに似合う似合わないがあるとは思えないが、当時はそういうものかと思い、そして、それが私にとっての重しとなって、いまだに行けていない。あと、独りで行くものではないと言われているのも私が二の足を踏んでいる理由でもある。仲の良い友人たちとは休みが合わないことが多いのだ。
 きっと彼女たちはそのスイーツビュッフェに行くのだろう。二人、もしくは他にも友人を誘っておしゃれをしてたくさん写真を撮り、楽しい思い出を作るのだ。
 コーヒーのドリップを待つ間、伸びをして体を解していると、執務室のドアが開いた。瞬間、室内の空気が凍る。
 私はといえば、ちょうどドリップが終わり、片づけをしているところだった。この水屋からはドア付近が見えない。
「ふむ」という何かを納得するような声が耳に届いた。則宗さんだ。
「あー、君。今日は、あの席の娘は不在なのか?」
 入口に近い席の人に声を掛けている。
「はい! いえ!」と緊張した声に続いて「どっちなんだ」と困惑気味の声がある。
「いますよー」
 彼が用事があるといえば多分私で、水屋からカップを持って姿を見せる。反対の手にはこれまた水屋にあった誰かのお土産のクッキーをふたつ。
「なんだ、隠れていたのか」
「そういう意図はありませんが」
 背後で咳払いが聞こえた。その咳払いは何とも必死で早く外に連れて出ろと言われている。急いでカップを机の上に置いて則宗さんに足を向けた。
「おや、お前さんの上司は風邪でも引いているのか?」
「どうでしょう? それはともかく、どういったご用件でしょうか。あと、廊下に出ませんか?」
「ああ、構わんさ」
 廊下に出てドアから少し離れる。
「色々と口の軽い男らしいな」
「軽率なのだとは思いますけど、部外に漏れてはいけない秘密は厳守しているはずです。出世は好きみたいなので」
 どうやら刀剣男士の間で当課の課長は有名人になってしまったらしい。
 自動販売機の前でポケットに入れていた小銭入れを取り出した。
「何か飲みますか?」
「もらおう。お前さんは、せっかく飲み物を作ったばかりだというのにタイミングが悪かったな」
「いいえ、気にしないでください。それで、何が飲みたいですか?」
 彼はしばらく悩んだ挙句、「これがいいな」と指さした。
「結構甘いけど、大丈夫ですか?」
「甘いものも行けるというのは、お前さんが良く知ってるんじゃないか?」
「でした」と返してボタンを押す。彼が選んだのは、温かいほうじ茶ラテだった。
 私は先程飲みそこなった温かいコーヒーにする。
「クッキーもあります」
「いただこう」
 さっき水屋で取ってきたクッキーを渡す。
 それぞれ一口飲んでから「それで、ご用件は?」と改めて聞いた。
「そうだった。お前さん、甘いものは好きだな?」
「ええ、それは則宗さんもよくご存知では?」
「念のためだ。好みが変わるというのはよくあるだろう」
 そう言いながら彼はポケットから一枚の紙を取り出した。それは、先程目にしたスイーツビュッフェのチラシだ。
「どうしたんですか、これ」
「なに、別の部署の者が見てたんでな、少し見せてくれないかと声を掛けたら快く譲ってくれたんだ」
 少しだけ意地の悪い顔をして彼が言う。
 きっと相手は、彼を畏れてチラシを渡して逃げたのだろう。気の毒に。
「話を戻すが、行かないか?」
「どこに?」
「これを見せているのに、ここ以外のどこかに誘うと思うのか?」
 確かに、と思う一方で則宗さんに誘われていることに驚く。
「行けるんですか? 結構街中ですよ」
 刀剣男士は行動制限がかかっていると聞いている。何せ、政府の最高機密なのだ。
「やりようはあるさ。それで?」
「行きたいです。けど……」
「けど?」
「予約を取るのもものすごい倍率だそうですよ?」
「平日ならどうだ? お前さん、有給休暇というものがあるんだろう?」
 よくご存じで。
「たぶん、他の職業にも有給休暇はあるから同じ考えの人も少なくないかもしれませんが、確かに、休みの日よりは競争率が低いかもしれません」
「よし、決まりだな。予約は僕がしておく」
「え?」
「何だ、不服か?」
「不服ではないんですけど、予約の取り方、知ってるんですか?」
「当然だ。電話をすればいいのだろう?」
「……則宗さん。私、用事がある時は内線番号に電話をもらえれば伺いますよって前に話したことがあるのに、いつも来るじゃないですか。電話の使い方知らないのかと思ってました」
「歩いて少しのところにお前さんがいるのに、わざわざ道具を使う必要なんてないじゃないか」
 昨年度の上司も刀剣男士が苦手だったから、彼が執務室に来るたびにそわそわしていた。だから、電話で呼び出してもらえれば伺うと話したのに。これは、その上司の反応が面白くて足を運んでいたような気がしてきたぞ。
 彼を見上げると目を細める。どうやら私の推測は当たりのようだ。とはいえ、則宗さんのいうこともわかるし、彼が私の上司を慮る必要なんてない。
「では、予約はお願いしても良いですか?」
「ああ、任せなさい。時間は早くても大丈夫か?」
「元体育会系なので、朝は強いです」
「そうだったな」
「では、予約が取れたらまた来る」と彼は去っていく。やはり内線電話を使う気がないらしい。

 則宗さんとスイーツビュッフェの約束をして一週間。その間音沙汰がなかった。
 やはり予約が難しかったのかなと思っていると、執務室のドアが開いて室内の空気が凍った。態々休憩に適した時間を選んできてくれているのかなと前回の訪問と併せて想像する。例によって上司は咳払いしまくるため、私は席を外した。
「どうでした? やっぱ、難しかったですか?」
「開場してすぐの時間をと思ったんだが、意外と人が多いらしくてな。夕方になってしまった。夕飯に差しさわりがあるかもしれん」
「大丈夫です、夕飯代わりにスイーツをお腹に詰め込みます」
「それは良かった」と彼は息を吐いた。
「そういえば、同僚が話していたんですけど。そのビュッフェは、というかビュッフェを開催するレストランはドレスコードがあるらしいですよ」
「ああ、もちろん知っている」
 自信満々に彼は頷いた。今の恰好がドレスコード的にオッケーなのかはわからないが、その場にふさわしい恰好をする自信があるのだろう。
「平日の夕方ということは、お昼まで仕事ですね」
「なんだ、お前さん。そんなに仕事が好きなのか?」
「いや、そういうわけでは……」
「だったら、ゆっくり休んでしっかり体調を整えて来なさい。スイーツビュッフェとは、戦なのだろう?」
「行ったことがないのでよくわかりませんが……。わかりました。じゃあ、当日の待ち合わせ場所と時間を決めないといけませんね」
「それはまた追って連絡する。いいな?」
 今決めてしまった方が手間がかからずにいいかと思ったのだが、否というほどの理由もない。
「わかりました」
「では、またな」
 心なしか、則宗さんの足元がいつもより軽やかに見えた。
 ホテルにチラシを取りに行ってもよかったのだけれど、業務多忙のため平日はそんな余裕はなく、休日は家でゆっくりしたかったし、ウェブサイトで確認できるためホテルには足を運ばなかった。
 チラシには一部の商品が掲載されていて目移りしてしまう。新茶の季節だからか、目にも鮮やかな緑色のケーキやゼリー、羊羹まであった。和洋折衷といったところなのかもしれない。これは、則宗さんが言ったとおり、体調を万全に整えて戦に挑まなくてはならない。
 そして、もうひとつ。ドレスコードの問題がある。
 こういうスイーツが似合うかわいらしい服は持っていない。動きやすさ重視で、飾りっ気のないものばかりだ。スカートなんて、学生時代の制服以外で穿いたことがない。
 さてさて、困ったぞ。胃袋の調子を整える自信はあるが、服装で詰んでしまった。なにより、則宗さんがどういう恰好で来るかわからない。釣り合わない恰好で隣を歩くのは申し訳ない。
 ……仕方ない。

 約束の日は、天気が良かった。温かく、風も気持ちいい。
 夕方からの予約だが、少しだけ早く待ち合わせた。則宗さんがホテルの場所を知らないというのだから、彼のわかる場所まで迎えに行って一緒にホテルに向かうという手筈になっている。
 物の心って、公共交通機関を使えるのだろうか。
 ともかく、待ち合わせ場所に着くと、則宗さんの姿があった。姿はあったが、まさかの和服で、いつもの軍服みたいな華やかさはないのに上品さが際立っているその姿に近づきがたいオーラがあった。
 いや、あの隣歩けないでしょう。
「おお、こっちだ」とこちらの心情を全く意に介すことなく彼は手を振り近づいてきた。彼に見惚れていた老若男女の全視線が私に向けられる。
「お前さんも和服か。意外だな」
「則宗さんがどういう恰好で来るかわからないし、ドレスコードクリアなら、着物かなって」
「よく似合っているじゃないか」
 満足そうに頷く。
「それは、どうも……」
 服装で褒められたことがないからどう返すのが正解かわからない。
「則宗さんも、素敵な出で立ちで」
「そうだろう。うははは」
 彼は同意して笑った。これがリアクションとしての正解だったのだろうか。
「お前さんが着物を着るとは意外だな」
「母がよく着ていたので。今日は、実家に帰って母に手伝ってもらいながら着たので、まだ一人前ではありません」
「そうか」と彼は頷く。
 実家に帰って着物を着たいというと母は嬉しそうに自分の自慢のあれこれを出して随分と張り切ってくれた。「あんたがデートだなんて」と声を弾ませた母には悪いが、これはデートではない。
 少し早いがホテルに向かった。則宗さん、物の心は公共交通機関を使えるらしい。乗り換えのある路線だったが、私よりも彼の方が詳しく、どちらかと言えば私は付いて歩くだけだった。
「則宗さん、詳しいですね」
「ん? そんなことはないぞ」
「場所がわからないって言ってた割に」
「なに、念のため地図を見ておいたんだ。お前さんが方向音痴だと一緒に迷いかねないからな」
 意地悪く笑った彼はとても愉快そうだった。
「則宗さん、この生活を謳歌してますね」
 思わずしみじみと口に出た。
「そうだなぁ。初めて会った人の子がお前さんだったのが良かったのかもしれんな」
 目を細めて昔を思い出すような表情はとても優しく、それはきっと長い年月、人の営みを見てきた神様の貌なのだろう。
「ところで、お前さん。着物で来たはいいが、戦への準備はできているのか?」
「……あ」
 母がしっかり帯を締めてくれたおかげであまり物が入りそうにない。せっかく戦に備えて体調を整えたというのに。
「タッパーでも買っていくか? 食べられなかった分は詰めて帰ればいい」
「ドレスコードがあるレストランですよ。居酒屋じゃあるまいし、ダメに決まってるじゃないですか」
「うははは、それもそうだな」
 時間の少し前にレストランの前に到着するとかわいらしい服装の女の子たちが沢山いた。
「これがこの場での戦装束か」
 ぽつりと則宗さんが零した言葉に思わず笑ってしまう。確かに、かわいらしい服装ではあるが、ウエストあたりは緩いデザインでみんな食べる気満々だ。
 間もなく入場が始まり席に案内された。窓際で眺めがいいそこは特等席ではないかと思った。
「お前さんは行かなくていいのか?」
 窓の外の景色に視線を向けていると則宗さんが声をかけてきた。何の話だろうと思って彼の視線を辿ると、先程のかわいらしい服装の女の子たちがケーキやクッキー、マカロンなど今回のビュッフェスイーツの写真を撮っている。どこか鬼気迫るその様子に思わず気後れしてしまい「結構です」と返した。
 撮影タイムなるものが終わり、やっとお皿を手にすることができる。
「取ってきましょうか?」
「僕にも選ぶ楽しみを味わわせてくれ」
 立ち上がった則宗さんに続いて私もスイーツの並ぶテーブルに向かった。
 今回、服装で失敗してしまったから厳選しなくてはならないのだが、どれもこれも美味しそうで、戦略を練るのが難しい。あれこれ悩んでいると「お前さん、飲み物はどうする?」とひととおり選び終えたらしい則宗さんが声をかけてきた。
「あ、お構いなく」
「遠慮するな。コーヒーか?」
「じゃあ、紅茶で。レモンも付けてください」
「任せなさい」
 飲み物を則宗さんに任せて、厳選したスイーツをお皿にきれいに盛って席に戻る。則宗さんの席は空で、お皿はテーブルの上にある。ドリンクで並んでいるのかなと振り返るとかわいらしい女の子たちに声を掛けられていた。一瞬、そのうちの一人と目が合ったような気がしたが、おそらく気のせいだ。
 則宗さんは、何か頼まれごとをしているようだったけど、それを丁重に断っている様子だ。私がテーブルに戻っていることに気づいて足早に戻ってくる。
「お知り合いですか?」
 紅茶を受け取って礼を口にして続けて疑問を追加する。
「人間で僕の知り合いは、いつもの箱の中で働いている数人とお前さんくらいだ」
 箱と称したのは庁舎だろう。確かに無機質で赴きがない。だが、「私も箱の中で働いている人ですよ?」と返す。なぜ私は別枠なのだろうかと思った。
「お前さんは、箱の外で知り合ったから別枠だ」
 なるほど。
「さて、いただこう」
「はい」
 手を合わせていただきますと口にしてフォークを手に取った。
 頑張って厳選したそれらは私に幸福感をもたらしてくれる。同時に着物じゃなければもっといけたのに、という後悔が胸に浮かぶ。
 ふと、視線を感じて顔を上げると則宗さんと視線が合った。
「お前さんは本当に甘いものに目がないな。これまで来たことがないと言っていたのが不思議なくらいだ」
「お恥ずかしい……。昔、友人たちがこういうスイーツビュッフェに行こうと話をしたことはあるのですが、その機会を逃してしまって」
「……都合がつかなかったのか。それは残念だったな」
「そう、ですね」
 以前も突然自分語り、しかもどちらかと言えば面白くない話をしてしまった反省から色々と言葉を飲んでしまった。だって、せっかくこんなおいしいものを食べているのだ。楽しい話の方が良いに決まっている。
「では、これまで機会が得られなかった分取り返すためにまた来るか」
「はい?」
「厭か? 僕は楽しいぞ」
「嫌じゃないです。私も楽しいです。けど、そんなホイホイ外を出歩けるんですか?」
「ホイホイは確かに無理かもしれんが、四季の折に触れてくらいなら何とでもなる」
『何とでもなる』という言い方から察するに、たぶんちょっと無理を通す感じなのかもしれない。でも、それでも。
「嬉しいです」
「僕も理由がないと外を出歩けないからな」
 スイーツビュッフェに行くことが理由として認められていることに多少の疑問もあるけど、少しだけ楽しみができた。
 それから、時間いっぱい滞在して会場を後にした。駅に向かう道すがら、ずっと気になっていたことを訊いてみることにした。
「さっき、隠し撮りされていましたけど」
「隠れていないから隠し撮りというかどうかわからんが……。断ったのに困った娘たちだ」
 あのとき声を掛けられていたのは写真を撮らせてほしいという申し出だったらしい。しかし、断られたからと言って勝手に写真を撮るのはどうかとも思う。
「まあ、僕もお前さんもあの娘たちが撮った写真には残っていないから安心しなさい」
「どういうことですか?」
「僕の存在は政府が秘匿すべきものとしている。だから、記録に残らないように細工がしてあるんだ。撮った時は僕の姿が記録されているように見えるかもしれないが、時が経てば夢幻のように消えている」
「そんなハイテク」
「どちらかと言えばオカルトという分類かもしれんがな」

 則宗さんを庁舎近くの駅まで送って実家にに帰宅した。則宗さんは私を送っていくと言ってくれたが、残業して帰るよりも全然早い時間だ。いまさらそんな風に心配されてもと笑うと「そうだなぁ」と彼も苦笑した。
 そして、「次回はお前さんが行き先を提案してくれるな?」と言われて請け負った。どの程度則宗さんが遠出できるかわからないし、時間制限があるかもしれないが、提案ならいくらでもする。
 何年か前の私には似合わなかったらしいスイーツビュッフェは、則宗さんという最強の同行者を得て恐れるに足らないものとなった。独りではなくなったのだから。






桜風
22.1.29
(22.2.1再掲)


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