懐のあたたかさ
| ふと、目が覚めた信濃は布団を抜け出し、障子戸を開けた。 一面白く染まっており、「わぁ」と思わず声を漏らす。 「さむい」 「しめて」 背後では兄弟がもぞもぞと布団に潜り込む気配があり、彼は部屋を出た。 数日前にこの城にやって来た彼は主を見て早々に「懐に入れて」と言って短刀たちに総スカンを食らった。 短刀の性だよな、と苦笑して赦してくれた兄弟もいたが概ね反発されたのだ。 他派の短刀からはいまだに睨まれることもあり、彼の兄は少しだけ困った。 本人は悪いことを口にしたと思っていないため、ケロリとしている。 実際、悪いことを口にしたのではないのでその反応に非はないだろう。 東の空に月が浮かんで庭を照らしている。 朝というには暗いが夜中というには少し明るい時刻。 何故庭がこんなにも白いのだろうか。 欄干に積もっている白いものに触ってみると水に触れたように冷たい。 ふと気配がして視線を向けると背を丸くして爪先立ちでちょこちょこと走っている主の姿が目に入る。 首を傾げ、そして興味を持った信濃はそちらに足を向けることにした。 「主」 「ひゃっ!」 短い悲鳴を上げて彼女が足を止める。 「びっくりした……」 「そう?主は早起きだね」 「また寝るよ。ちょっとお花摘みに」 「厠?」 「そうともいう」 頷く彼女の胸元がいつもと違ってふくよかだ。 彼女の懐に入れてとお願いした時に彼女は「まあ、私の谷間に興味があるなら、入れてげなくもないけど?」と返した。 それを聞いた近侍が深いため息を吐いて「君のどこに谷間があるんだい?」と返したのを覚えている。ついでに「蜻蛉切の方が豊満だよ」と付け足していたのも。 「主、それ」 胸を指差されて「ああ、この子」と寝巻のあわせから顔を出させたのは五虎退の虎だった。 「え、なんで!」 「ん?今晩雪が降りそうだったからね。寒いから貸してって貸してもらった。あったかいよ」 「そうじゃなくて!」 何故、この獣はやすやすと主の懐に入れてもらえるのだろうか。 「俺もあったかいよ」 主張すると彼女は苦笑して「ほっぺはこんなに冷たいのに?」と頬を両手で包んできた。 「ほら、冷たい」と笑って言う彼女に「うん、あったかい」と信濃は頷いた。 「ちょっとトイレ行ってくるからこの子貸してあげる」 そう言って懐から虎を取り出して信濃に預けた。 「え?」 「トイレの中まで連れていく気なかったし。そしたら、この子の寒いままだろうから。抱きしめるとあったかいよ」 彼女はそのまま厠に向かって言った。 虎を目の高さまで持ち上げる。 「お前いいなー」 「なう」 どこか誇らしげに鳴く虎に嫉妬する自分もどうかと思うが、羨ましいの一言に尽きる。 ちらちらと空から白いものが落ちてきた。 「何だろう」 ぶるりと震える。彼女が言ったように虎を抱きしめてみると確かに温かい。 「本当だな、お前あったかいな」 「なーう」 これまた誇らしげな鳴き声に信濃は苦笑した。 「おまたせー」と戻ってきた彼女はやはりつま先で走ってくる。 「ねえ、主」 「なに?あ、その子頂戴」 手を差し出してきた彼女に抱きしめている虎を彼女に渡すと彼女はまたしてもそれを懐に入れる。 「信濃、二度寝したら?」 「うん。あのさ、主」 「なに?」 「これ、なに?」 指差したのは空から落ちてくる白いもの。東の空に浮かんでいた月は薄く翳っている。 「ああ、雪だね。信濃は雪は初めてだったね」 「雪?」 「そう。元は水だよ。ほら、触ったら水になる」 欄干の上に白く積もっていたそれを彼女が掌に置くと確かに水になった。 「そっか、水なのか」 「寒いとね、雨じゃなくて雪になるの。じゃあ、私は二度寝してくる」 言った彼女はまた踵を上げる。 「ねえ、主はなんでつま先で走るの?」 「廊下の板が冷たいから」 やっぱスリッパ欲しいなーと呟いた彼女はふと自分の着ている綿入れを脱ぐ。 「ほら、信濃も早く部屋に帰りな」 肩に掛けられた綿入れは温かく、主の懐はこんな感じなのだろうかと思った。 「じゃあね」 背を向けて走り出す彼女は「うひゃー、寒いー」などと少し大きめの独り言を零していた。 |
桜風
(16.6.1初出)
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