燭さに 01






 ジャージこそ至高の服装。

それが彼女の信条であった。

下に何を着てもファスナーを首まで閉めてしまえば分らない。動きやすく作られた服なのでゴロゴロしようがダラダラしようが皺にならない。

ジャージの発明により人類はまた大きな一歩を踏み出した。



「主、だらしないよ」

ジャージを着てゴロゴロしていると部屋に入ってきた近侍に指摘される。

「うへぇ」

感情を隠そうともしない彼女に近侍は眉間に皺を寄せて「ほら、まずは座る」と言いながら自らの主を起こす。

「光忠さん」

「なんだい?」

「人は気を抜かなくては生きてはいけない生き物なのですよ」

「主は気を抜きすぎ。きちんとした格好をすれば可愛いのに」

「私に可愛さを求められても……」

ぼやく彼女に「そう?」と彼は首を傾げる。

燭台切光忠。彼がこの城の主の近侍をしている。

かっこよくありたいということが彼の信条なのか、とにかく、格好を気にする。

遠征に赴く際にも自分がいないからと言ってだらしない格好をしてはいけないと御小言を置いていくのだ。

「はーい」と彼女はいい返事をするが、御見通しの彼は短刀を菓子で釣って彼女の動向を見張らせている。

「ねー、光忠さんや」

「なんだい?」

「あなたがかっこいいのは認める。否定できる要素が見つからないお手上げだ」

「ありがとう」

「でも、それと同じものを私に求められても困るというわけだよ。素材が違う」

彼女の言葉に燭台切は首を傾げた。

「主はとてもいい素材だと思うよ」

「いや、他人の美醜の価値観に口を出すのは野暮なことだと思うから本来は口を噤むべきだというのは分かったうえで、あえて言う。これは自分への評価のことでもあるからね。

光忠さん、それちょっと違うよ」

燭台切が自分を“いい素材”と評価した言葉を否定しておいた。

これまで何度かこのことで押し問答をしてきたので燭台切はそれをさらに否定することはなく「そうかい?」と流しておいた。

数週間に一度このような会話をしている中、彼女は部屋に飾っているカレンダーを見た。

赤ペンで囲っている日がある。

審神者が一堂に会す日だ。通称“審神者会議”。

正月など、新年互礼会と言って経済界のお偉方が集まる会がある。

テレビの報道を目にするたびに「なんでわざわざ集まるのかねぇ」などと思っていたが、似たような会議に出なくてはならない日が来るとは思っていなかった。

昨年は自分が審神者に就任する数日前に開かれたので、今回参加するのが初めてだ。

特にかしこまったものでもなく、ただ、年に1回くらいは政府が審神者を労ってもいいだろうという趣旨で堅苦しいものではない、というのが政府の役人の言だ。

だが、正装でと言われれば堅苦しさがついてこないはずがない。

「ジャージじゃだめですか?」

この地域を担当している役人に問うと絶句された。ジャージが正装ではないことくらいは分かっているが、一応念のために聞いてみた。ジャージは不可らしい。



「主、お届け物だって」

燭台切が大きな箱を抱えて部屋にやってきたのはその審神者会議の開催1週間前のことだった。大きな箱の上に小さな箱も乗っている。

「なに?」

「さあ?開けてみたら?」

自家から物が届くことは時々ある。大抵が野菜や菓子類だが、今回のこの箱はどうも違う。

この包装紙は見たことがある。どこぞのブランドのマークがある。そんな高価な何かを送ってもらうように頼んだ覚えはない。

小さな箱はたぶん靴だ。スニーカーがほしいと連絡したのが数日前の話だし。

開けてみるとドレスが一着入っていた。

「きれいだね」

一緒に箱を覗き込んでいた燭台切が思わず呟く。そして、ふと隣に座っている主の反応がないことに気づいて彼女を見ると、目を丸くして固まっていた。

「どうしたの?」

「いや、え、なんで?」

「手紙が入っているよ」

そういってドレスの上に載せてあった封筒を渡すと彼女は中身の便箋を取り出す。

左から右に視線が何度か往復し、読み終わったらしい彼女が「えー」と声を漏らした。

「お母上は何だって?」

「今度の会議に着ていきなさいって。その箱はこのドレス用の靴なんだって」

スニーカーではなかった。

政府の役人から聞いたのか、慌てて正装を揃えてくれたらしい。

適当にスーツを着ていこうと思っていたのに。

「ねえ、主。着てみてよ」

燭台切に促されて彼女は頷く。当日に初めて着て何か不備があってはいけない。

彼を部屋から追い出して彼女は改めてドレスに手を伸ばした。

手触りがとてもよく、色合いも好みだった。

親にここまでされたとあっては着ないわけにはいかないだろう。

ドレスの着方などわからないが、人間の備え持った勘で取りあえず着てみた。

「光忠さん」

「開けるよ?」

廊下に侍っている近侍を呼ぶと律儀に声をかけて彼は障子戸を明ける。

「おかしくない?」

一応その場でくるりと回ってみる。しかし、燭台切の反応がない。

「えー、似合わないのはこの際仕方ないとして、着方がおかしくないかな?たぶん、見たことがなくても光忠さんは直感で分かりそう」

「あ、いや。全然おかしくないよ。とても似合っているよ」

彼女の言葉にはっとしたように燭台切が返す。

「本当に?」

「うん、本当。それはそうと、その審神者会議っていうのかな?それに僕も同行できるかい?」

そんなことを問われて彼女は首を傾げる。

「まあ、近侍にはついて来てもらう必要があるから光忠さんには同行をお願いしようと思ってたけど」

近侍は正装ではなく出陣の際の戦装束でと言われていることも付け足す。

「そう、よかった」

「“よかった”?まあ、着慣れてないから粗相しでかすかもしれないけど、そんなに心配しちゃう?私、そこそこいい大人だよ?」

正装と聞いたのにジャージの可否を問うことはあるが、それなりに分別のある大人と自負している。

「君に悪い虫がつかないように、しっかり見張っておいてあげるからね」

ニコリと微笑む燭台切の瞳はどこか据わっているようで。

「虫なんてつかないよ」

笑い飛ばした彼女の言葉に「つくよ」と間髪入れずに否定の言葉を返す。

「いつも言ってるだろう?君は素材が良いのだから、きちんとした格好をすればかわいいって。ああ、でもひとつ訂正だ。かわいいではなく、美しいだね」

耳慣れない賛辞の言葉に彼女は俯く。

「えっと、言い過ぎ」

「いいや、この際だから君には自覚してもらわないと。あと、そうだね。ジャージも可だ」

「へ?」

「君がきちんとした格好をすれば美しいのは分かっていたことだけど、改めてこうして君を見てみると思った以上だった。いつもこんな姿をしていたら僕も気が気じゃないからね。だから、ジャージも可ってことにするよ」

「えっと……褒めすぎ、です、よ?」

「ん?そうかな?」

肩を竦めて返した燭台切は「それは当日まで仕舞っておこうね」と言って一旦退室する。

「えっと、えっと……」

ジャージが可となったのは喜ばしいが、その理由にドギマギしてしまう。

「とりあえず、脱ごう」

今自分がしなくてはいけない行動を口に出して彼女は頷き、1週間後に身につけるべきドレスを脱ぐことにした。









桜風
(15.12.22初出)


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