燭さに 02






 「海に行きたーい」

パラパラと冊子を捲りながら審神者が言う。

「海?」

先ほどまで書類仕事をしていた彼女にご褒美と茶の準備をしている燭台切が振り返る。

彼女が手にしている冊子は、彼女が自分の時代に戻ったときに持ってきたものだ。


審神者は定期的に政府に呼び出される。名目は“定例会”であり、“健康診断”だ。

しかし、彼女が言うには定例会は遅々として進まない歴史修正主義者の討伐方法に対する責任追及及び糾弾であり、健康診断はサンプルの経過観察と言ったところらしい。

刀剣男士と名づけている刀剣の付喪神という得体の知れない化け物との共同生活を送っている唯人の体の調子を観察しているそうだ。

ちなみに、“得体の知れない化け物”というのは、彼女から話を聞いて政府側の言い分の行間を勝手に読んだ燭台切の評価だ。

実際、審神者が何で自分たちがどういったものかはっきりとした物はないらしい。

審神者を含めて政府からしてみれば“得体の知れない化け物”なのかもしれない。


「海って、あの大きな水たまりの?」

「凄く大らかな表現ね。まあ、そうね。概ね間違っていない、間違って、ない、かな?」

燭台切の表現を唸りながら肯定する。

「海に行って何をするの?」

「泳ぐのかな?」

首を傾げて言う。特にこれという目的はないらしい。

「でも、その恰好はダメだよ」

「これがほしいから海に行きたいって言ってるのにー」

燭台切が言うところの“その恰好”というのは彼女の捲っている冊子に載っている布面積が殆どない衣服の事だ。

「光忠、新しい水着がほしいの」

「水着?」

彼女の茶の支度を後回しにしてその冊子を受け取る。

確かに“水着”と書いてある。

「これは海に入るために着るものなのかい?」

「そう」

「裸同然じゃないか」

「着てるじゃない」

「君のその服を脱がせたらこういう布面積の少ない衣服が出てくるんだけどね」

「こ、これは下着。そっちのは水着。それは人に見られること前提でデザインされているもの。下着は人に見せないこと前提で作られているもの」

「とても緻密な刺繍がしてあるのにかい?」

周囲が耳にすれば「なぜ知っている?!」とツッコミを入れたくなるような会話が繰り広げられている。

とはいえ、ここは審神者の執務室で近侍以外は殆ど常駐しない。遠征や出陣から帰還してきた部隊の隊長が報告のために訪れるくらいなので安心して怪しげな会話が出来ているのだ。


「海に行きたい」

審神者は繰り返して主張する。

「じゃあ、これならいいよ」

冊子の載っている水着を指差す。

「これ、水着じゃない。水着の上に着るやつ」

「これをずっと着ているのなら、海に連れて行ってあげる」

「水着」

「水着を着ている君を誰も見ないならいいよ」

「無理な話ね」

「だろうね」

海に遊びに行くと言えば、我も我もと大勢での遠征になる。

全員で城を空けるわけにはいかず、留守番役を選ばなくてはならない。これもまた揉めそうだ。

「全く仕方ないね」

ため息を吐きながら燭台切が立ち上がる。

海に連れて行ってもらえるのかと目を輝かせて彼を見上げていた彼女は眉間に皺を寄せた。

燭台切は出陣計画表を見ているのだ。

流石に戦場に赴くついでに連れて行ってほしいとは言っていないし、言うつもりもない。

「確か、こちらから君の時代のものを購入できるんだったよね」

「え?ああ、うん。検閲入るけど」

「この際それは諦めるしかない。この大きな“ミニプール”というのを取り寄せられるかな?」

「えーと、お値段……ま、まあ。いける」

思いのほか高かった。

「二週間後、遠征と出陣、あと休暇で大勢が城の外に出る予定になっているんだ。海は連れて行ってあげられないけど、そのミニプールってので水遊びしていいよ。もちろん、新しい水着でも」

「本当?!」と彼女が目を輝かせる。

プールが無理だから海に行きたいと言ったのだ。この発想はなかったとさっそく彼女は手続きを始める。

その背中を見つめて燭台切はため息を吐き、茶の支度の続きを始めた。

「光忠」

「なに?」

「愛してる」

「現金だなー」

力なく笑った燭台切は「僕もだよ」と言葉を返した









桜風
(16.7.31初出)


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