とんさに 01
(むしろ加州+女審神者)






 門の前を掃いている大男を半眼になって眺める。

掃き掃除をしてくれるのは良い。助かる。

落ち葉の季節でなくとも庭に葉は落ちるし、綺麗にしていて悪いことはない。

だが、これは止めた方がいい。

「ちょっと!」

声を掛けても上の空。

「ねえ、蜻蛉切」

名を呼ばれてやっと彼は声を掛けられていることに気づいた。

「ああ、加州殿。如何した」

「箒で地面が抉れ始めてる」

指差しながら言われてその指先を辿ると自分の足元に浅い穴ができている。

ついでに言うと箒の先が随分と擦れている。

上の空で掃き掃除をしていた結果がこれだ。

「あ、これは……!」

慌てて箒を持ち上げた蜻蛉切を見て加州はため息を吐き、「元々三泊四日の予定なんだからさ」と四日前にこの城を空けた主の帰還が今日だと言外に指摘した。

ばつが悪そうに相槌のような声を漏らす蜻蛉切にため息を吐いて「掃除、もう良いんじゃない?道場で体動かせば?」と助言をすると「そうさせてもらおう」と頷いて道場に向かって行った。

現在鍛練中の者たちには悪いが、彼の相手になってもらおう。



この城に主が来て、初めて顕現した刀剣の魂が加州清光で、その時からずっと彼が主を近侍として支えてきた。

戦などしたことがない主は戦術はもちろん、そもそも刀剣の種類も知らなかった。

二人で学び、成長していったため、加州にとって主は手のかかる妹のような存在で、だからこそ大切に想っている。

そんな最も身近な存在の異変に気付かない加州ではなく、様子を見守っていたら彼女から相談してきた。

正直、人の身を得て心を得たのも初めてなので彼女の方が詳しいのではないかと思ったが、それでも縋るように見つめられれば応援してしまうのが人の性だったらしい。正しくは人ではなく、刀剣なのだが。

今となっては、あの二人の仲はこの城で黙認の公認となっているが、当初は本当にじれったかった。今でもじれったいと思わなくもないが、まあ、まだマシになった方かもしれない。

主は審神者と呼ばれる存在で、歴史を改ざんせんとする歴史修正主義者に対抗する力を唯一持つ刀剣男士を顕現させることができる。

とはいえ、政府が歴史修正主義者の動きに気づいたのが遅く、ほとんどが後手に回っている。

また、審神者は政府にとっては手に余る存在のようで、運用方法については改良の余地が多いらしい。

そのため政府は定期的に研修を行い、審神者の、陣営の効率的な運用を検討している。

その検討のために研修という名目で審神者は数か月に一度は必ず城を空けることになる。

審神者が留守の間に敵襲があったらどうするのかと心配する者たちがいなくはないが、加州はそれなら別にいいと思っている。

何せ、自分たちは元々は物だ。傷つき、折れれば物に還るだけだ。彼女を喪わなければ、もしかしたらまた会うことができるかもしれない。

その可能性は奇跡に近いだろうが、零ではない。

彼女に言えばひどく悲しむのを知っているので加州は自分の胸の内にだけ留めている予想だ。



「おりゃーーーーー!」

遠く道場から声が聞こえてきた。

早速誰かを捕まえて鍛錬を始めたらしい。

捕まった誰かに心の中で合掌を送りながら加州は審神者の部屋を目指した。

彼女が戻ってきたときにすぐに休める準備をしておこうと思ったのだ。研修の時はたいてい帰ってくるのは夜になる。

夕餉に間に合うときもあれば間に合わないときもある。

しかし、そのどちらも共通して彼女の二言目が「疲れたー」であるため、休める準備をしておくに越したことはない。ちなみに、一言目は「ただいま」である。

彼女の部屋に入って、寝間着の準備をする。

「そういえば」と呟いて彼女の浴衣を広げてみた。昨年仕立てたものだ。

「うーん……」

帯はどこに仕舞ったか思い出せない。探しておかなくては、と今後の予定に入れておく。

浴衣を新調してもいいだろうが、時間がないだろう。

先日蜻蛉切に縁日に誘われたと弾んだ声で報告を受けた。

彼女が蜻蛉切への気持ちを自覚してからというもの、ほぼ毎日相談を受けていた身としては解放されたという気持ちがなくもない。

何故大人しく面白くない話を聞かなくてはならないのかと何度思ったか。

そのたびにそれだけ自分が信頼されているのだという誇らしさを持ったが、面白くないものは面白くない。

可愛い妹を取られたのだ。どこの馬の骨ともわからぬ輩ではないことが唯一の救いだったのかもしれない。

「お土産かー」

ふと、今回の研修前に彼女から受けた相談を思い出した。

蜻蛉切へのお土産を相談されたのだ。

話しの切り口としては「加州は、お土産にもらってうれしいものってある?」だったので、てっきり自分への土産の話なのかと思ったが、それだとわざわざ訪ねないだろうと思い直した。彼女は自分の好みを熟知している。自分が彼女の好みを熟知しているのと同じように。

だから、ピンときた。

「俺と蜻蛉切の好みって全然違うと思う」

彼女は大仰に驚き「なんでわかったの?」と仰け反った。

「だって主は態々俺へのお土産を聞かないでしょ。買ってきたものが大抵俺の好み」

「そ、そうね」

頷く彼女はせっかくさりげなくリサーチしていたのに、という気恥ずかしさもあるのか視線が定まっていない。

「あいつ、物をもらって喜ぶかな?」

「そこ!」

彼女も同じように思っていたらしくビシッと加州を指差して頷いた。

「本人に聞いたら?」

「えー、恥ずかしい」

加州は半眼になった。何をいまさら。

「じゃあ、逆に。蜻蛉切が遠征に出るときに「主殿、何か土産をお持ちします。何を望まれますか」って言ったら何て答える?」

「ねえ、それ蜻蛉切のまね?似てないよ?」

真顔になって問われて加州は途端に気恥ずかしくなった。似ていなかったのは自覚している。

「いいから!」

「うーん。「無事に帰ってきてください」って言うかな」

「あー……蜻蛉切もそう言うんじゃない?」

彼女と蜻蛉切は結構似ていると思う。物に執着がないところや奥手なところなど。相手を慮っての奥ゆかしさなのだろうが、正直じれったい。何度でも思うがじれったい。

「あと、そうだな。可能なら早く帰ってきてとか言いそう」

言いながら、「あの蜻蛉切が我儘が言えるなら」と加州は心の中で注釈を足す。

「もう物まねしないの?」

「からかうんだったら、もう俺は一生主の恋愛相談受けない」

「うそうそ、ごめんー。加州がいないと困っちゃう」

経緯はともかく、言われてまんざらでもない言葉だ。

「ま、そういうわけだからさ。土産選んでる暇があったら早く戻っておいでよ」

「そうね」

彼女は蜻蛉切への土産を諦めて頷いた。


しかし、主は思いのほか帰るのが遅かった。

夕餉の時間も過ぎ、全員が入浴を済ませてほとんどが就寝した時間に戻ってきた。

加州が門まで迎えに行くと「主殿」と追い越されてしまった。

こんな素早い蜻蛉切はなかなか見られない。

「お荷物をお持ちします」

「ありがとうございます」

「主、おかえり」

「ただいまー。疲れたー」

「メシは?」

「まだ」

「メシと風呂どっちが先?」

「ご飯。お風呂出たら絶対に寝落ちする」

「了解。じゃあ、厨で仕度して来るから。部屋で食う?」

「広間がいい」

「酒飲んでる奴らいるよ?」

「その方がいいの」

チラと蜻蛉切を見れば急かすような視線を向けてくる。

「了解。冷めないうちに広間に来るんだよ」

一応釘を刺して加州は厨に向かう。

「主殿、足元にお気を付けください」と声を掛けながら遠ざかっていく二人を見送って加州はため息を吐いた。

主が広間に来なかった場合、どれくらい待ったら呼びに行けばいいのだろう。

これはこれで面倒な問題だなと思いながら加州は厨へと向かった。









桜風
(16.7.22初出)


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