君はいちばんのお気に入り






 顎に手を当てながら廊下を歩く。

これまでに試した行動を反芻してみたが、それが悪いわけではないと思う。

「うーん...これは強敵だな」

唸る鶴丸はどこか愉快そうだった。

「何の話だい?」

燭台切が声を掛けた。これから同じ部隊で出陣する。よって向かう先は同じだ。

「いやな、主は中々動じないなと思って」

「...ああ」

呆れたような相槌を打つ。

実際、呆れている。

鶴丸は人生に驚きを求めているらしい。自分にも、相手にも。

寧ろ相手に求めることの方が多いようだが、とにかくはた迷惑なことに、かなり熱心なのだ。

彼に驚かされて迷惑を被った者はこの本丸にそれなりにいる。

図らずも、今聞き手に回ってしまった燭台切も驚かされたことはあるし、先日は粟田口の短刀を驚かせて保護者が出てくる騒動にまで発展した。

それでも懲りないのだから大概だと思う。

そんな鶴丸の探求する驚きが通じない者がこの本丸に居た。

彼らが“主”と戴き仕えている女性だ。

勿論、鶴丸は何度も挑戦した。

だが、彼女にはその驚きは届けられていない。

周りが驚いて目を丸くしている中、彼女は「ああ、驚いた」と呟くだけなのだ。

本当に驚いているのか甚だ疑問だ。

元々彼女は感情の起伏をあまり見せない。

ただし、たまに政府からの通信に舌打ちをしているので、感情自体はあるらしい。

短刀たちと談笑することもあるので、それなりに彼女は人間だ。


「主は何故驚かないのだろうな」

本人に向かって鶴丸が言う。

「驚いているといっているだろう」

鶴丸をちらと見て彼女が返した。

「取り敢えず、今、主の性別を確認したくなったんだが...」

彼女は片膝を立てて文机に肘を置いて体重を掛けており、乾物、彼女が言うには“あたりめ”というらしいが、それを口に咥えたまま咀嚼している。

オッサンか、と突っ込みを入れたくなる。

歌仙や燭台切、長谷部がいれば彼女はそれなりに大人しくしているのだが、そういう所作に五月蠅い者がいなけば、彼女は大抵こんな感じだと思う。

「袴は便利だよねぇ」

彼女は呟く。膝を立てても下着が見えないのが良いのだとか。

一応そういうのは気にするらしい。

「それで、鶴丸。なぜ私の部屋にいるんだ?」

「主を驚かせようとこっそりやってきたのだがな。俺が驚いた」

あまりのオッサンぶりに。

思わず障子を開けて「おいおい」と声を掛けてしまったのだ。

「何だ、刀であっても女に夢を見ているのか」

彼女は喉の奥で笑って湯呑に口をつける。

流石に昼日中からの酒は控えているらしい。視界の中に酒瓶がないので、それは間違いなく茶であろうと鶴丸は思っていた。

「まあ、主のお陰で人間の男にかなり近いものになってしまっているからな」

「...それは、悪かったな」

彼女はそう言って睫毛を伏せた。

「いや、それなりに楽しんでいる。気にするな。目下の目標は主を驚かせることだ」

「熱心なことだな。あまり度を超すなよ。この間はセコムが発動したそうじゃないか」

クツクツと笑いながら彼女が言う。

「せこむ?なんだ?」

「粟田口の短刀を守るお兄様のことだよ」

「兄の事を人間は“せこむ”というのか?」

ひとつ勉強になったというように頷く鶴丸に「違う違う」と彼女は笑う。

「セコムとは私の世界の警備を担っている集団の名前だ。転じて、誰かを守る存在の事を指すことが多い」

「ほう、では俺たちも主の“せこむ”とやらか」

歴史修正主義者と戦うのが目下の使命だが、彼女を守る存在であると自負している。

「うーん、温度が少し違うかもな。私の場合だと..長谷部はセコムだ」

「俺は違うのか?」

「たぶんな」

つまらん、と鶴丸は口の中で呟く。


「そうだなぁ」

彼女は頷いた。

何だろうと鶴丸は彼女に視線を向けた。

「鶴丸は私を驚かせたかったのだったな」

「過去形ではない。現在進行形だ。今もだ、今すぐだ」

「せっかちな男は嫌われるぞ」

彼女は笑う。

「それで、主。主を驚かせる方法を教えてもらえるという事なのか?」

「答えをもらっても面白くないだろうが」と彼女は言った。

だが、鶴丸は言葉を待った。

だから、彼女はため息を一つ吐き、「最後まで私の側に居ろ」と言い放った。

鶴丸は首を傾げる。

「おそらく、この先は今以上に酷い戦(いくさ)になるだろう。そんな中、最後までケロッと私の側に居られたら驚かざるを得ないだろう。こいつ、やっぱり凄いなって」

彼女の言葉に鶴丸は眉を上げた。

「何だ、俺は口説かれているのか?驚いたな」

「だろう?驚け」

はははと彼女が笑った。

鶴丸は不審に思い、彼女の湯呑を取り上げてみた。

「これは酒か」

「そうだな」

「昼日中から酒か!」

「ああ、昼日中からの呑兵衛だ」

(酔っ払いに口説かれてもなぁ...)

そんなことを思いながら鶴丸は彼女に湯呑を返す。

「失礼します、主」と障子の外から声が掛けられた。

彼女は立てていた膝を畳み、居住まいを正す。

「ま、まずいぞ。長谷部だ」

「ああ、長谷部だな」

慌てる彼女を愉快そうに眺めて鶴丸は同意した。

スッと障子が開いた。

「何だ、鶴丸。居たのか」

「ああ、居たな」

長谷部は眉間に皺を寄せる。酒の匂いにでも勘付いたか。

「主」

「はい」

「まだ夕刻にもなっておりません」

「存じております」

「鶴丸。なぜ主をお諫めしない」

水を向けられて鶴丸は軽く両手を上げた。

「俺がここに来た時にはもう出来上がっていた」

手遅れだったと言う。

それを聞いた長谷部は盛大なため息を吐いた。

「主、いいですか」

説教が始まった。

鶴丸は立ち上がり、廊下に向かう。

ちらと振り返ると彼女は「裏切り者」と責めているように視線を向けている。

軽く手を振って鶴丸は廊下に出た。ついでに障子も閉めてやる。



さてさて。次はどの手を使って彼女を驚かせようか。

難敵を落とす楽しみがあるのは人生に張りがあって中々良いもんだ。

(ん?俺が口説いてみれば主は驚かないか?)

ひとつの案が浮かんだ。

しかし、これは1度きりの作戦だ。時期を誤ってはいけない。

慎重を期する必要がある作戦が浮かんだ鶴丸の口元はほんのり緩んでいた。










桜風
(15.5提出)


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