歌さに 01
| 少し肌寒い風が庭の木々の葉を散らしていく。 歌を詠もうと縁側に腰を下ろしていた歌仙はその景色を眺めていた。 ふと、一首浮かんだが「歌仙」と声をかけられて浮かんだ歌が霧散してしまう。 ため息をひとつ落として視線を向けると、この城の主がこちらに向かってきていた。 「主、それは?」 彼女は皿を持っていた。 「お芋。さっき、向こうで焼き芋してたから分けてもらったの」 弾んだ声で彼女はそう返し、歌仙の隣に腰を下ろした。 「はい、半分」 彼女は芋を半分に割って歌仙に渡した。 「僕はいいよ」 「はんぶんこ!」 押しつけるように芋を差し出す彼女にため息をついて歌仙はそれを受け取る。 満足そうな笑みを浮かべた彼女は「いただきまーす」と声を出してぱくりとかぶりついた。 「前にも言ったと思うけれど、それは行儀がよくないよ。主は姫なのだから」 行儀作法に対して口を酸っぱくして色々と彼女に進言しているが、聞き入れられた例がない。 「だって、こっちの方がおいしいんだもん」 注意するたびに彼女はそう返す。 仕方ない、と思いつつも苦言を呈さずにはいられないので、毎度のやり取りとなってしまうのだ。 「それは否定しないけれど」 歌仙も彼女から受け取った芋にかぶりついた。 「ねえ、歌仙」 「なんだい?」 「この肌寒い中、縁側で何をしていたの?」 「歌を詠もうと思って」 「また?」 呆れたような表情を浮かべて言う彼女に「まただよ」と歌仙は何でもない事のように返した。 「いつも言っているけどね。主は「「雅な事にもっと関心を持ってみてはどうだい?」でしょ。もう耳タコ」 歌仙の言葉を取って彼女は肩を竦める。 「では、その努力をしてみてはどうだい?」 「雅は歌仙に任せた!」 「何かあったとき、恥をかくのは主なのだけれどね」 ため息交じりに歌仙が言うと「歌仙がそばにいてくれるから大丈夫」と彼女は笑う。 歌仙が呆れて見下ろしてみると自信満々な表情の彼女と目があった。 「でしょ?」 「……ああ、そうだよ。まったく、主を甘やかしすぎてしまったようだね」 「後の祭よ」 「では、甘やかしついでに言うけれど。主はそれを食べ終わったら少し横になりなさい」 「まだ明るいんだけど。夕飯も食べてないんだけど」 笑いながら指摘する彼女を歌仙は真顔で見つめた。 「夕餉前には起こしてあげるから。いいかい?主は上手にごまかしているつもりかもしれないし、実際そうなのかもしれない。ただし、そのごまかしは僕には効いていないよ」 歌仙の言葉に彼女は渋面を作る。 「眠れなくてもいいから横になりなさい。人の体は疲れている時には横になった方がいいというのだろう?これは主が僕に教えてくれたことだ」 彼女はため息を吐く。 「なんでわかっちゃうの」 恨みがましく零した言葉に歌仙は笑った。 「僕がどれだけの時間、主とともに在ったと思っているんだい?主がここに来て初めて目にした刀剣は僕だ。僕は主に人の体とは、と教えてもらい学んだよ」 「優秀な先生だから」 「そうだね、生徒が優秀だからね。しかし、眠れないというなら、僕が歌を詠んであげよう」 「ごめん、ちょっと確認なのだけれど。歌を『詠む』?『歌う』ではなくて?」 歌仙は首を傾げ、「主はいつも僕が歌を詠むと眠くなるといっているじゃないか」と不思議そうに返した。 (いや、言ったけど……) 子守唄代わりにしたいとは言っていない。 「わかった。でも、歌はいいよ。ちゃんと寝られる」 「それは残念だ」 肩を竦めていう歌仙はどこまで本気なのか。 「ねえ、主」 「なに?」 「主は頑張りすぎるきらいがあるからね。少しは歌を詠んだりして心に余裕を持ってみてはどうだい?」 彼女は少し考えるように空を見上げた。ゆっくり流れる雲を眺めて「そうだねぇ」と呟く。 「やめとく!」 笑って言う彼女に「気が向いたらいつでも弟子入りを受け付けるからね」と歌仙が言う。彼女の答えは、予想済みだったらしい。 「前向きに検討します」 敬礼を向けて彼女は立ち上がる。 「お皿を任せても?」 「ああ、構わないよ」 「では、おやすみ。ごはんになったら起こしてね」 「暖かくして寝るんだよ。おなか出して寝てたら風邪をひいてしまうからね」 「はーい」 ひらひらと手を振りながら去っていく彼女の背を見送りながら歌仙はため息を吐いた。 「心配する方の身にもなってもらいたいものだよ」 零した言葉は彼女のもとに届かないまま消えていった。 |
桜風
(15.11.3初出)
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