赤く染まる






赤くなった葉が落ち、庭が朱に染まる。
その光景はどこか血に塗れた戦場のようで、薬研はついと目を眇めた。
数刻前に城に戻ってきた薬研は風呂に入って夕飯を軽く済ませた後、こうして縁側で手酌をしている。
供に出陣した者たちはすでに就寝していたり、仲間と語り合ったりとそれぞれの過ごし方をしている。
今回の出陣では大きな怪我を負った者はいなかった。
この城の中では古参の薬研は短刀であるにもかかわらず部隊長に任命されることもあり、今回がそれだ。
部隊長を任されることはすなわちそれだけ主からの信頼を得ていることであるが、重圧もある。
仲間が傷つけば主が悲しむ。できれば彼女の悲しんだ顔は見たくない。

風が吹き、かさかさと音を立てて葉が落ちる様子を目にすると流れ落ちる血を連想してしまう。
敵に斬りつけられたとき、そこが焼けるように痛み、そして赤い液体が出てきた。
初めて目にした時は非常に驚いたが、人間の体液だと気づき、戦闘中であるにもかかわらず笑ってしまった。
どこまで人間のまねごとを……
戦闘終了後に傷口をきつく縛り、深追いはせずに早めに城に戻った。
主は蒼くなって手入れをしてくれた。
そういえば、自分がいつも斬っているあの敵の体液は何色だっただろう。


ふと背後から目隠しをされた。
「だーれだ」と言われて「俺の別嬪さんか?」と薬研は喉の奥で笑う。
「もう!」
薬研の目を覆っていた手が離された。
「どうした、大将」
「わかってたの?」
「まあな」
「意地悪ね」
言いながら彼女は薬研の隣に腰を下ろす。
「どうしたの?」
「なに、紅葉を見ながらの酒だ」
「月見じゃなくて?」
「今日のお月さんは少し物足りん」
空を見上げる薬研に倣って彼女も見上げた。
「あー、えと。三日月」
「よりも、少し肥えているな」
「じゃあ、これから満ちるのか」
「そうだな」
彼女の呟きにひとつ頷いて薬研は盃を煽った。
ふと、隣に座る彼女に視線を向けて薬研は手を伸ばす。
触れたのは唇で「紅、落としたのか」と少し残念そうに呟く。
彼女は政府に赴く際には必ず化粧を施す。「女の戦装束よ」と言っていた。
確かに、化粧をした彼女は美しくいつも見せている隙が隠れる。
化粧自体には興味ないが、紅を引いた唇は魅力的でいつも噛みつきたくなる。
「お化粧は肌によくないの」
「戦装束なんだろう?」
「家では寛ぎます」
言われてなるほど、と薬研は納得した。
「ちはやふる かみよもきかずたつたがわ からくれないに みずくくるとは」
不意に隣に座る彼女が歌を詠む。
「どうした、大将」
心底心配そうな表情を向けられて彼女は半眼になった。
「百人一首」
「ああ、なるほど。あー、驚いた」
主が突然歌を詠み始めたのだ。今までそんな傾向は全くなかったのに。今日の政府への出頭で何か言われたのかと思った。
「今の庭みたいなのかなって思って」
「大将は見たことがないのか?」
赤く染まる庭を見てふと思い出したらしい。
「竜田川?そうね、ないわ。というか、昔の竜田川と今の竜田川はたぶんおんなじじゃないだろうけどね。でも、これが終わったらみんなでいろんなところに行きたいね」
「そうだな」と薬研は彼女の夢物語に相槌を打った。
「薬研は行きたい場所あるの?」
相槌があったため、興味を持った彼女が問うと「そうだな」と薬研が思案する。
「大将の褥の中か」
彼女は半眼になって「おやじ」と返す。少し赤くなっているのは指摘しない方がいいかもしれないと思った薬研は「大将よりは年食ってるぜ」と笑う。
「そういえば、そうね。年上彼氏か」
呟いた彼女は自分が零した言葉に照れたのか俯いた。
「彼氏って何だ?」
「恋人のこと」
「じゃあ、大将も俺にとって彼氏か」
「女性に対しては“彼女”っていうの」
「そうか、ひとつ勉強になった」
笑っていう薬研が盃を彼女に差し出した。
「なに?」
「一献どうだ?」
「そうねぇ。ちょっとだけ」
「まあ、遠慮するな。酔い潰れたら俺が介抱して大将を褥まで連れて行ってやるから」
「ちょっとだけ!」
強く言われて薬研は喉の奥で笑う。
「ああ、わかったわかった」
あやすように言いながら盃を傾けた。









桜風
(16.6.1初出)


ブラウザバックでお戻りください