仲直り






きっかけは些細なことだった気がする。
すでに覚えていないのだからそうに決まっている。
薬研藤四郎は部屋で寝ころんだままため息を吐いた。

寝返りを打つとそこには兄弟の顔があり思わず体を起こす。
「主さん、まだ帰ってこないね」
薬研の背後で寝ころんでいたのは乱藤四郎で、薬研の気持ちを見透かしたような口ぶりだ。
「……突然の招集だ。何か大きな問題があったんだろう」
だから、戻ってくるのに時間がかかっている。
「主さん戻って来なかったらどうしよう」
チラと薬研を見ながら乱が言うと、薬研はその言葉を黙殺して立ち上がる。
「どこ行くのさ」
「厠」
愛想なく返された乱は「いってらっしゃーい」と手を振って見送った。

審神者であるこの城の主は四日前に政府に呼び出されて不在となっている。
定期的に会議の開催と称した招集通知を受取って指定の日に城を空けることはあったが、こうして突然に呼び出され、しかも四日も城を空けたことがないため、少し不安になっている者たちもいる。
方便として厠に行くと言って部屋を出たが行く気にはなれず、ではどこに行こうかと考えていると「薬研」と声を掛けられて足を止めた。
視線を向けると兄の一期一振がいる。
「いち兄、どうした」
「暇なら少し手伝ってくれないか」
そう言われて首を傾げた。
「今日は……畑当番だったか。誰と一緒なんだ?」
一期は鍬を持っている。が、どうも一人のようだ。
「明石殿だ」
薬研は苦笑を漏らして「いいぜ」と頷いた。

庭に降りて畑に足を向ける。少し動いていた方が気が紛れるかもしれないと考えたのだ。
「それで、何を手伝えば良い?今日は新しい苗を植えるのか?」
鍬を持っている兄に向かって問うと彼は首を振る。
「畑を耕しておくんだ。主殿がその方が作物が育ちやすいとおっしゃっていたからね。薬研はそっちを頼む」
「わかった」
主は土いじりが好きらしく、よく畑に姿を現す。
流石に主に畑を耕させるわけにはいかないからと皆が断るので、仕方なく畑の横に小さな花壇を作った。
畑の時のように止めようとしたが「私の趣味だから好きにさせて」と言われて誰も手出しができなくなった。
ただし、手伝いはさせてくれるため、頻繁に彼女と共にここで作業をする仲間の姿は目にする。
今回のように彼女が政府に招集されたなどの理由で城を空ける事があれば、畑当番がその水遣りをする。
ふと、花に視線を落とせば彼女の姿を思い出す。
膝を折り、花にそっと触れて微笑む彼女を眺めるのが好きだ。こちらの視線に気づいたら少し照れて笑う。
「今回は、主殿のお帰りが遅いな」
ふいに声を掛けられて薬研は一期を見上げた。短刀である弟たちの不安の言葉を耳にする機会も多いのだろう。
「いち兄も不安か?」
薬研の言葉に一期は眉をあげ、そして困ったように笑った。
「どうだろうな。だが、主殿がお帰りにならない原因が弟との痴話喧嘩だと言われると胸中穏やかではないな」
「ちわげんか……」
思わず繰り返す薬研に彼は笑う。
「では、犬が食ってくれそうな喧嘩だったか?」
原因が思い出せないくらいの些細なものなら犬も食ってはくれんだろう。
「……いや、食わんだろうな。腹を下す」
「ならば、痴話喧嘩でいいだろう」
「そういうことにしておく」
「主殿が戻られたら謝れと私は言わない。経緯を知らないからどちらが悪いとも判じることができないからな。だが、仲直りはしておいた方がいいとは思うぞ」
「そうだな。忠告、痛み入る」
畏まって言うと兄は「いや、余計なことを言ったな」と笑った。


主不在の四回目の夕飯を終え、ふと彼女の部屋の前に足を向けた。
月が綺麗だから。
星が流れるから。
風が気持ちいいから。
適当な理由を付けて彼女と縁側で盃を交わした。
「薬研?」
声を掛けられてゆっくりと視線を向けると、そこには四日不在にしていた主の姿があった。
「ああ、久しぶりだな。おかえり」
眩しそうに目を細めて薬研が言う。
「ただいま。えっと、あのね。この間は」
膝をつきながら彼女が言葉を探す。
「待った、待った。大将、謝罪をしようというのならそれは要らん」
「え?」
身構える彼女に「言い方が悪かったな。怒ってはないぞ」と薬研が慌てる。
「謝罪を要らんと言ったのはこの間の事で俺が怒るのも筋違いだろうと思ったからだ。だが、何かがなければ区切りが付かんというなら……」
薬研は少し考えて両腕を広げた。
「これでどうだ?」
きょとんとした彼女はすぐに「それがいい」と弾んだ声で返し、薬研の胸に抱き着いた。
「ただいまー」
「おかえり。今回は長かったな。何かあったのか?」
「うん。明日皆に報告する」
「そうか」
「ねえ、薬研」
「どうした?」
「さみしかった?」
少し顔を上げて問う彼女に眉を上げた薬研はふっと肩の力を抜く。
「そうだな、大将がいなくて寂しかったな」
薬研の言葉に彼女は満足そうに微笑んだ。
「大将の方はどうだ?」
「んー……いっしょ」
俯いて薬研に抱き着く腕に力を籠める。
「ははっ、そうか。そいつは一安心だ」
笑った薬研は目の前にある彼女のつむじにそっと口吻けを落とした。









桜風
(16.8.21初出)


ブラウザバックでお戻りください