おとぎ話、恐るべし






 廊下を一人で歩く主の姿を目にした堀川はきょろきょろとその周囲を見渡した。
 彼女の側には必ず近侍の山姥切国広の姿がある。
 だが、今はその姿が見えないのだ。
「主さん」
 声を掛けながら彼女の元に足を向ける。
「あ、堀川さん。おはようございます」
 彼女は足を止めてお辞儀をした。
「おはようございます。え、と。兄弟は?」
「ああ、いつもの時間に声を掛けに来てくれなかったので、今から部屋に行こうかと。寝坊というのは彼らしくないので、体調不良かもしれません」
「だったら、僕が行きますよ。仮に兄弟が病気だったとして、主さんに移ったらいけないし」
「でも、単純な寝坊だったら見てみたいんです」
「……それなら。僕も同行してもいいですか?」
「はい。「男の部屋にノコノコ行くな」っていつも口を酸っぱくして言われていますから」
 笑いながら彼女が頷く。声を低くしてまねたそれは意外と似ていた。


「兄弟、起きてる?」
 声を掛けて障子戸を開けた。
 布団はもぬけの殻だった。だが、畳んでいないのが珍しい。彼は、結構神経質なところがある。こんな布団から抜け出した形で放置したままどこかに行くとは思えない。
 しかし、部屋の中を見渡してもその姿はなかった。
「どうですか?」
「いませんよ?」
「えー? どこ行ったんだろう……」
 ひょっこり彼女もその部屋の中を覗き込む。
「あれ?」
 彼の愛用の布が部屋の隅にある。もの凄い違和感を覚える。あれを脱いでどこかに行くとは思えない。
「堀川さん、あれ」
 彼女が指差した先を見た彼も同じように違和感を覚えたらしい。
 そして、同時に今がチャンスとも思ったらしい。
「洗います!」
 ぐっと拳を握って宣言した。いつも洗うのに一苦労している布がそこにあるのだ。洗わないという手はない。
 彼の行動を苦笑した彼女はふと部屋の隅に視線を向けて首を傾げる。布が動いている。
「堀川さん」
「はい?」
「布が動いています」
「え?!」
 彼も部屋の隅の布に視線を向ける。確かに、場所が移動している。
「短刀の誰か、被ってるの?」
 声を掛けながら近づき、布を剥いでみた。
 美しい金色に輝く頭髪が目に入る。それはいつも必死に隠している山姥切のそれを同じで堀川に抵抗して布を被ろうとしている。
「え、兄弟?!」
「まんばちゃん?!」
 堀川と彼女の声が重なる。
「み、見るな」
 堀川と彼女は顔を見合した。どういうリアクションが正解なのかがわからない。
「まんばちゃん、ちょっと聞いていい?」
「俺が写しだから……」
「それは、一旦置いておいて。いつから?」
 彼女の問いに「今朝起きたらだ」と返す。
「もしかして、僕が気付かなかっただけでちょっとずつ小さくなってたのかな?」
 呟く堀川に「いいえ」と彼女が首を振る。
「昨日、おやすみって挨拶した時の私の首の角度はいつもと同じでした」
(首の角度……)
 彼女の言葉を心の中で復唱し、「じゃあ、本当に突然?」と山姥切に視線を向けると彼はコクリと頷く。
 今の彼の大きさはこの城に在る短刀よりも更に小さく、幼児のようだった。
「本体は?」
「アレだ」
 刀掛けをみるとすとんと畳の上に落ちている。本体も小さくなってしまったらしい。
「これ、短刀ですか?」
「ちょっと短いですね」
「写しの上に、短刀にすらなれないんだ、俺は……」
 いつもの低い声ではない高いそれは本当に子どものようで、正直堀川と彼女も困ってしまった。
 だが、困っていることを彼に悟られるわけにはいかない。
「堀川さん、短刀の子たちの誰かに服を借りてきてください」
「そうだね。ちょっと待っててね」
 頷いた堀川は急いで部屋を出て行った。


「びっくりしちゃったね」
 苦笑して彼女が言う。
「このままじゃ、俺はあんたの役に立てない」
「まあ、ずっとこうだっていうわけでもないだろうし。仮にそうだったとしても、まんばちゃんがいなきゃイヤだよ」
 布越しに頭を撫でる。
「俺は、どうして……」
「あとでこんのすけに聞こうね」
 膝を抱えて丸くなっている山姥切の背を擦りながら彼女は堀川の戻りを待った。

 しばらくして堀川が戻ってきた。手には浴衣がある。今の山姥切のサイズは短刀の誰の服でも少し大きめだ。だから、浴衣にしたのだろう。
 そして、新しい布。
「兄弟、その布は大きすぎるからこっちにしておきなよ」
「洗うなよ」
「洗うよ。中身がないうちに洗わなきゃ」
「だ、ダメだ!」
「ダメじゃない。とりあえず、着替えようよ。主さん、ちょっと外に出てて」
「ああ、そうでしたね」
 うっかり痴女をするところだった。

 どうやら中で布を巡る攻防戦があったらしいが、今回は堀川が勝ったよだ。というか、彼が本気を出せば山姥切は勝てないだろう。堀川の押しの強さは傍から見ても手ごわそうだ。
 きれいな布を被った幼児サイズの山姥切が部屋から出てきた。
「俺は……」
「堀川さん、もうひとつ頼んでいいですか?」
「いいですよ。食事を二人分、主さんの部屋に持っていけばいいですか?」
「お願いします」
 頭を下げる彼女に「了解です」と言って彼は遠ざかっていく。あの布を手に入れたのが余程嬉しいらしい。かなり上機嫌だ。

 彼女の部屋までたどり着き、こんのすけを呼び出す。
「これはこれは……」
 自称管狐が山姥切を見上げて感心したような声を漏らす。
「何かわかりませんか?」
「今は何とも。政府と連絡を取ってみます」
「お願いします」
 管狐が姿を消して間もなく、堀川が食事を二人分持ってきた。一人で持てなかったため、手伝いを頼んだのは前田だ。先ほどの浴衣を借りたのも彼なので事情はかいつまんで説明している。
「山姥切殿。お辛いかもしれませんが、私もお手伝いします。どうか、お気をしっかりと。主君の近侍であられるのですから」
 粟田口短刀の中でもかなりのしっかり者の部類に入る前田に励まされてなんだか余計にみじめに感じたらしい、彼は深く俯いて「ああ」と短く返しただけだった。
「食事が終わったら膳は廊下に出しておいてください。下げておきます」
 堀川と前田が部屋から出て行ったあとも肩を落としたままの山姥切に「ご飯食べよう」と彼女が促して食事が始まる。


 もそもそと食事をしていると「まんばちゃん」と声を掛けられる。
「どうした?」
「私ね、思ったんだけど。まんばちゃんって初めからずっとこの城に居てくれているでしょう? だから、何かあったときにもしかしたら一番影響を受けやすいんじゃないかなって」
「影響を受けやすい?」
「うん。もしかしたらこの現象って私が審神者として未熟だから、城の仕組みに影響を齎してて、それをダイレクトにまんばちゃんが受けちゃったのかなって……」
 俯く彼女の声が震えている。
「それならいい」
「いいの?!」
「ああ。俺は、あんたの役に立たなくなるのが嫌だが、あんたが俺に影響を与えてこうなってしまったのだったらそれは構わない」
「でも、困ってるでしょ?」
「俺が困っているのは、あんたの役に立てなくなることだけだ。まあ、小さくなった分、歩くのも一苦労だし、本体があの様子ではあんたを守れないかもしれない。そうだな、少し困っている」
 正直に話す。誤魔化しても仕方ないし、それを彼女は望んでいない。
 ちらと彼女の視線を向けるとじっと見つめられていることに気づく。
「なんだ?」
「まんばちゃん、小さくなったら前向きだ」
 クスリと笑って言う彼女に肩を竦める。
「そういうあんたは、後ろ向きだ」
 山姥切の指摘に「ほんとだね」と彼女は笑う。
「早く食事を済ませよう。兄弟に迷惑がかかる」
「そうだった」
 置いていた箸に手を伸ばして彼女は飯茶碗を持った。

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 山姥切国広はこの城の最古参だ。つまり、彼女が初めて選んだ刀剣が彼だった。
 右も左もわからない彼女を支えて共に成長したのが彼であり、そのため、彼女からの信頼も篤い。
 彼女が敬語を使わないのも山姥切だけだ。他の皆には、短刀であっても敬語で話をしている。
 彼女の弱音も本音も聞いたことがあるのは山姥切だけで、それを自覚している分、今回のは堪えた。


「主、頼みがある」
「なに?」
 食事を終え、彼女は調べものをしていた。この現象の原因を探しているのかもしれない。
 毎日日記を書いている彼女は、昨日何かいつもと違うことをしたかもしれないと読み返しているのだ。
「俺がこのままだったら、刀解してくれ」
「やよ」
 即答だった。
 日記から顔を上げて彼女はまっすぐ山姥切を見た。
「いやよ。さっきも言ったじゃん。まんばちゃんがいなきゃイヤだって」
「だが、役に立たない刀を側に置いていても仕方ないだろう」
「そうさせてしまったのは、私。そうじゃなかったら政府。まんばちゃんは何ひとつ悪くない。悪くないのに、なんでさよならしなきゃいけないの?」
「政府?」
「うん。まあ、いちばんは私の可能性が高いけどね」と前置きをした。
「政府はいろんな情報を持ってる。たとえば、まんばちゃんが小さくなったのは過去のいつの時代かに介入した遡行軍の進軍が成功したせいかもしれない。他にも、こちらの行動がまわりまわって何かに介入した形になったかもしれない。そういう情報を政府は全部集めているはず。該当事項があるなら、それを補正するのが政府の仕事。私たち審神者に任務を命じる権限を持ってるんだから、補正をするのは政府の号令で実行することになるはず。つまり人間の無能さのしわ寄せがまんばちゃんに来てるだけ。ごめんね」
 沈んだ声音で言われて山姥切はそれ以上何も言えずに彼女に視線を向けたまま黙った。
「あ、でもね。漫画とかアニメではこういうの一日寝たら元に戻ってたりするから、その可能性だって捨てられないのね。原因不明のままになっちゃうけど」
「良くある話なのか?」
 彼女の住んでいた時代は何とも奇怪だと思い、聞き返すと肩を竦めながら「みんなの妄想の中では……」と返されて肩を落とす。
「妄想……」
「だって、大きい人が小さくなったらかわいいじゃん」
「可愛いか?」
「可愛い。正直、まんばちゃん可愛い。頬ずりしたいレベルで可愛い」
「嬉しくない。遠慮する」
「だと思って黙ってた」
「だったら最後まで黙っててくれ」
「だよねー」
 作った笑みを浮かべていた彼女はふと真顔になり、俯く。
「ごめんね、まんばちゃん。私が原因だったらホントに……」
「あんたが原因なら俺は構わないと言ったぞ」
「政府が原因だったら?」
「文句をひとつくらい言わせてくれ。まあ、さっきあんたが言った一晩寝れば元に戻るというものに賭けてみる」
「あともういっこあるよ」
「もういっこ? 戻る方法か?」
「うん。よく言われてるのは『キスしたら』ってやつ」
「キス?」
 彼女と長い付き合いだと思っていたが、その単語は初めて耳にする。
「えっと、口吻け」
「な?! ばっ!」
 真っ赤になった山姥切に苦笑して「でも、これって王子様が小さくなったお姫様に対してだから」という。
「つまり?」
「私たちだと男女が逆」
 ほっと胸を撫でおろしながらもちょっと残念に思う自分に困惑しながら「冗談でも言うな」と返す。軽々しくそういうことを言えば、その話に乗る者がいる。思い当るのが数人いる。
「はーい」と返事をした彼女は再び日記に向き直った。



 カチカチと時計の秒針の音が部屋の中に響く。その規則的な単調な音で眠気に襲われてうとうととしていると唇に柔らかなものが触れた気がした。




「兄弟、起きて」
 肩を揺すられて目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。
「なんだ?」
 返した声が低い。驚いて体を起こすと見慣れた視界だ。
「主さんの部屋で寝るなんてよくないよ。ほら、部屋に戻って」
「主の部屋?」
 首を傾げて見渡すと、確かに主の執務室だ。
「主は?」
「お風呂。兄弟はもう寝間着に着替えちゃったみたいだけど、主さんに呼び出されたんでしょ? 眠いなら明日でいいから部屋に連れてって主さんに言われたから声を掛けに来たってわけ」
「……ああ、そうか?」
 腑に落ちないが、そうなのだろう。確かに、寝間着の浴衣を着ている。
「大丈夫だ、ひとりで戻れる」
 そういって山姥切は立ち上がり、執務室を出て行った。
「主さん、こんな感じでよかった?」
「ありがとうございました」
 彼女は部屋の奥で息を潜めて今のやり取りを見守っていた。
 山姥切は、ひょんなことから元の姿に戻ったのだ。ただし、戻ったら戻ったで着るものに困る。
 彼女は慌てて堀川を呼びに行き、協力を仰いだ。

 夜というのは本当は嘘だ。審神者の力でこの城の時間と季節を変え、夜に偽装した。実際はまだ昼日中だ。
「ところで、主さん。兄弟はどうやって元に戻ったんですか?」
「いや、なんか……ひょんなことで。あ、そうだ。前田さんにも」
 具体的に言いたがらない彼女の様子に首を傾げながらも「前田くんには僕から口裏を合わせる様に言っておきます」と堀川は部屋を後にする。
「おとぎ話、恐るべし……」
 小さくなった山姥切が使っていた布を被って顔を隠しながら彼女は唸った。









桜風
(16.12.9初出)


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