いつも冷静でいようと思うのは、振り回される事に慣れて自分を見失うのが恐いからだ。 別に、彼女を見下しているとか、呆れ返っているとか、そんな事ではないのだけれど。 それを伝える方法も、実は全く思い浮かばないから。 確信と確率 ハアと溜息を一つ吐けば、俺の前に座っていたは上目遣いで少しだけ俺を睨んだ。 自分の椅子をこちらに向けて、俺の机にプリントを広げて。 教えるのが嫌なわけじゃ全然ない。 むしろ自分も復習になるからいいかと思っていたし、数ヵ月後に控えた受験の事を考えれば、 彼女にとっても身になる事だろうと思う。 だから、俺が溜息を吐いた理由はそんな事ではなくて…… はじめは真面目に数学の問題を解いていたのだ。 でも確率の問題が登場して、これは何通りだの、公式に当てはめてだの説明をしていたら、 やる気のさっぱり無いはここぞとばかりに話しをすり替えようとする。 「牧君が大学に受かる確率」やら「来年清田君がキャプテンになる確率」やら…… 仕方なく苦笑いしながらその話しを聞いていた。 「今の一年生の中で一番実力があるのが清田君だし、 今から他の子に追い抜かれる事が無ければ90パーセントくらいは決まりかなあ。 あ、でも、統率力やなんかを考えると2割減でしょ、皆からの支持も微妙な所だから、 現時点では50パーセントの確率って事にしておこう!」 なんて、プリントの裏に清田の似顔絵を書きながらそんな事を言う。 呆れたように口端を上げた俺を見て、はニコリと笑った。 「牧君はどう思う?一年にも神君みたいにしっかりした子がいたらよかったよね。」 「……神だって一年の時は今ほどしっかりしてもいなかったさ。 清田も来年までまだ時間があるからな。本人のやる気の問題だろ。」 いつものように正論を述べると、または面白くないという顔をして俺を見る。 「それは解ってるよ。遊び心が微塵も無いんだから、もう。」 ククッと苦笑すると彼女はまたプッと頬を丸くした。 解っているのだ。 がどういう答を俺に期待しているのかも。 くだらない事でも、その遣り取りがただ愉しいだけなのだと言う事も。 でも、俺はそんなに器用じゃないし気も利かない。 他の男なら口に出せるだろう浮ついたような台詞も、口から出ないどころか思い浮かびもしないし、 でもだからと言って別にそれがコンプレックスな訳ではない。 それなのに、こんな事を考えてしまうのは、 が俺の事を好きなのだと知っているからだ。 そして、俺自身も彼女の事が好きだから…… そんな風に思い始めたのは3年に進級して少し経ってからの事だった。 2年の時から同じクラスで、そしてよく話もした俺達。 でも、当然自分にはバスケットがあったし、そんな事にうつつを抜かしている場合では無かったし、 彼女もそんな俺に対して期待を持つなんて事も全く無かった。 それがこうしてバスケ部も引退して、受験の事があるとは言え少しだけ余裕が出来て、 彼女と接する機会が増えれば増えるほどそういう想いが大きくなって。 でもそれでも微妙な関係を続けているのは、俺がどうしようもなくお堅いからかもしれないと、 最近そんな風に思えてきていた。 以前は「お堅い」なんて言われてもさっぱりピンとこなかったんだが…… の膨れた頬を目を細めて見遣る。 自分が彼女に対して構えてしまっているのだろうと、今は素直にそう思えた。 「牧君て、あたしにだけなんだか素っ気ない気がする……」 「………?」 突然そう言い出したにちょっと目を丸くしてしまった。 カリカリと清田の眉毛をシャープペンシルでなぞりながらボソリと紡ぐ。 まあ、そう言われても仕方がないかとは思ったけれど、 でも、もしかしたらこんな風に相手の気持ちを推測しているのは俺だけで、 彼女自身は全く気付いていないのかもしれないし。 それはちょっとまずいかもしれない…… 今更ながらにポッとそんな想いが浮かんでくる。 はチラリと俺の顔を伺うと、今度は清田の髪をカリカリと増やしながら小さな声で言った。 「……昨日女の子と一緒に帰ってたって聞いたよ〜……」 長い髪が左右に落ちて、顔の表情も前髪に隠れてさっぱり見えない。 徐々に増えてくる清田の髪を見ながら、俺はムッと眉間に皺を寄せた。 昨日の事を思い出したのだ。 いつもよりも早い時間。 珍しくバスケ部にも顔を出さずに下校した俺は、正門の前で女子学生に呼び止められた。 海南の制服ではなかったし、全く知らないやつだったけれど、 「ちょっと話があるので、駅まで一緒に歩いてくれませんか?」との台詞に、 俺は拒否する事なく歩きはじめたのだ。 立ち止まって話しをするよりも手間が省けるだろう。 ただ単純にそう思っただけだったのだが、なるほど、こういう事態を想定していなかったとちょっと反省する。 誰もいない教室内。 少しの沈黙の後、俺はフウと一度息を吐いた。 別にその女と何があったという訳じゃない。 ただ応援してますと声を掛けられ、そして駅前で別れた、ただそれだけだ。 が俺のどんな答を期待しているのか…… 自信が無かったけれどそれでも口を開いてみる。 「……別にただ頑張って下さいと言われただけだ。」 「……それで、牧君はなんて言ったの?」 「……ありがとうと……」 「………」 そんな会話の間もは全く顔を上げない。 淡々とそれを聞いて、そしてペンを動かしている。 いつも笑顔で元気があって、人を困らせる事に掛けては天下一品のがこれほど大人しいとなんだか戸惑ってしまう。 文句の一つでも言われるのかと構えていた俺だったのだが、意外にもはそれ以上何も言わずにペンを仕舞いはじめた。 「さすが神奈川の帝王ですねぇ。紳士、紳士。」 「………」 ガサガサとプリントを四つに折って、そして視線も上げずにパッと背を向ける。 自分の机の上に置いていた鞄に道具を押し込むを、俺は後ろからジッと見つめていた。 ……これは俗に言うヤキモチってやつなのだろうか……? そんな事も確信できないほどに自分はこういう事に関しては全く鈍いのだ。 そして、深追いする事で彼女を傷つける事も、 自分自身を見失ってしまう事も怖くて臆病になってしまう。 いつも冷静だとか、自分を表に出さないとか、そんな事ではなくて、 最良の方法が何かが解らないから、こうやって二の足を踏んでしまうのだ。 パッと立ち上がって鞄を肩に掛ける。 その後クルリと振り返って俺を見ると、はニコリと綺麗に微笑んだ。 揺れたスカートと長い髪から彼女の香りが届く。 僅かに色を変えた太陽の光が大きな窓から射し込んで、彼女の足元に長い影を作っていた。 「では、今日は頭の中が飽和状態なので帰ります!ありがとうございました、閣下!」 ピシッと直立して敬礼する。 そんな眩しい笑顔を見上げて、俺はキュッと目を細めた。 彼女が俺に何を求めているかなんて正直解らない。 このままでいいと思っているのかもしれないし、もしかしたらそうじゃないかもしれないし…… 俺が想い描いている事が正しいかどうかなんて解らないけれど、 でも…… クルリと背を向けて歩き出した彼女に、俺はガタンと椅子を引いて立ち上がると口を開いた。 「。」 一瞬ピクリと肩が震えたような気がしたけれど、 でも彼女はこちらを見ること無く教室の入り口へ向かう。 体が勝手に動く。 そんな感覚に囚われながら足を踏み出す。 が教卓の前を通り過ぎようとしたその瞬間、 俺は彼女に追いつくと手首を捉えてグイと引き戻した。 でも、の体は反発するように前を向いたまま、右の腕だけが俺に引っ張られてこちらに伸びている。 「……」 もう一度彼女の名前を呼んだら、今度はハッキリわかるほどに彼女の体が戦慄いた。 そうか…… その一瞬でなんだか少し解った気がする。 彼女が求めているものも、本当は漠然としたものなのかもしれない。 その答えにお互い正解なんてものは無くて、ただ、自分の言葉を聞いて、そして言葉を発して欲しいだけだ。 いつもの彼女じゃないように見える彼女。 気持ちを押し込めさせているのが、自分自身が気持ちを押し込めてしまっているからだと、 そう思えてならなかった。 だから、自分が想った事を、そのまま言葉にしてみようと、そう想ったのだけれど…… 「…………俺は……」 「ストーーーップ!!」 あまりの大きな声にビクリと体を揺らして目を見開いてしまった。 クルリと振り返ってこちらを見たは、その言葉と一緒に掌を伸ばすと俺の口を塞ぐ。 「もういいです!降参!!参りました!!」 「………!?」 「そんな顔しないで!もう充分!!ごめんなさい、閣下!」 「………」 はそう叫ぶと、真っ赤な顔をブンブン振って頭を擡げた。 立ち尽くした俺に気付いて口に当てていた掌をパッと除ける。 それと同時に一歩後退して、掴まれた手首を解こうとグイと引っ張った。 意味が解らない…… 俺の頭の中はそれしか浮かんで来ない。 戸惑う俺をチラリと上目遣いで見上げると、また静寂の戻った教室内でがボソリと言った。 「こ…これ、離してもらえるとありがたい……」 「……ん……?あ……ああ……」 手首を指差したに俺もハッとする。 ぱっとその腕を解放すると、彼女はそれを待っていたというようにまた2・3歩後ず去った。 そして、ちょっとはにかみながら俺を見上げる。 「……意地悪言ってみたくなっただけ。牧君がどんな顔するかな〜なんて。」 「………」 「そしたら思ってた以上でさ……さすがのあたしもビビってしまいました!」 アハハと頭を掻きながら苦笑する。 俺はやっぱり何と言ったらいいのか解らなくて、の顔を終始困惑した瞳で見つめていた。 そんな俺を見て、はやっぱりニコリと笑う。 「ずっとずっと……知らん顔するのに慣れてきていたから…… 今はちょっとだけでね……もう飽和状態。」 陽の光を受けて薄いオレンジ色に染まった頬が、綺麗に上がる。 俺は足に根が生えたようにその場から動けなくて、瞬きもせずにその表情に見入っていた。 肩から落ちそうになっていたバッグをまた掛けなおす。 は「じゃあ、また明日。」と片手を上げるとクルリと踵を返した。 トコトコと小さな足音を立ててドアに向かう。 開いたままのそれを潜ると、一度立ち止まって顔だけ俺に向けた。 俺はただ黙ってその様子を見つめる。 「……確信はね……全然持てないけど。 でも……確率はグンとあがっちゃった気がします!」 「………」 「今の清田君になら勝てる……かな?」 もう一度ニコリと笑って歩き出した。 彼女の姿が見えなくなってから数秒後、俺はハアと盛大に溜め息をついて腰に手を当てた。 飽和状態ってのは、勉強の事じゃなかったのか…… そして、無意識に相手を振り回している事に、彼女は気付いているのかいないのか…… ちょっとづつなんて言われると、そうもいかなくなってしまうのが男というものだ。 自分も正常だなんてちょっとした安堵を覚えつつも、 これからどうしたものか益々解らなくなって頭を抱えた。 まあ、彼女の事が好きだと気付いた時点で、振り回される事には覚悟していたつもりだったのだけれど。 それでも、彼女の中の確率が上がった事で、今日は良かったと言う事にしよう。 それは俺にも言えた事だから。 フッと頬を上げて自嘲すれば、 自分の足元から伸びた長い影がオレンジの床にクッキリ映し出されているのが目に入った。 |
2007.4.16 執筆 |
『LINE CROSS』のhinataさんからいただきました。
相互リンクしてくださってそのお礼にコチラから小説をプレゼントさせてくださいとお願いしたら、
なんと、hinataさんからもいただけることに!!
俺様藤真と悩んだ挙句、ヒロインに振り回され気味の牧という事になりました。
やはり、私にとって『LINE CROSS』さんでの原点は牧さんですからね!
hinataさん、ありがとうございました!!
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