毎年、同じ物を作っている。簡単に包装して、鞄に入れて学校に持っていてもいた。でも中学から一度として、渡したことはない。
毎年、あげるべき人が食べないで私が食べる。それは調理方法などに間違いはないのに、美味しくない。
今年も作った。私の机の上に、ぽつりと置かれている。後は鞄に入れて、今日一日蔵入りさせているだけ。家に着いて、もそもそと美味しくもないのに私が食べることになるだけ。
目を覚ます。
2月14日。憂鬱な日。
体を起こして、そっとカーテンの隙間から隣家を見れば、今年も朝早くから寒いのを我慢しながら郵便受けにチョコを入れている女の子の姿がある。何人目だろうか、郵便受けは入りきれなくなっている。一個か二個は落ちている。そのどれもが私の作った物よりも丁寧に豪華に飾り立てられている。でも、一度として彼はそれを受け取ることがない。中学からずっと、ゴミとして処分していた。
溢れんばかりにチョコの入った郵便受けを目の前にしていたら表札が見えただろう。表札にははっきりと「流川」と書かれている。
そう、彼女達が必死になって、弱いだろう朝を早く起きたのは、流川楓こと私の幼馴染にバレンタインチョコレートを贈りたいためだけだ。
2月14日。バレンタインデー。
女の子が好きな男の子にチョコを贈る素敵な日でもある。
「はあ」
机の上を一瞥して、カーテンを閉めた。
幼馴染は有名人だ。
バスケは出来る。顔も良い。背も高い。それ以外は少々変ったところもあるけど。それさえも許せるほどに、バスケをする楓の姿は格好良い。
そんな人の幼馴染をずっとしている。
そんな人を私はずっと、好きだったりする。
だから、ちょっと、少しだけ……。






君だけのモノ






鞄に放り込んだモノは、まだ鞄の中にある。楓はというとあちこちでチョコをもらっている。もらっているけど、返事はいつも「いらね」だそうだ。前の席に座っている水戸くんが、言っていた。こうしておそらく楓は今年も誰からもチョコもらわないのかな。
ちゃん」
くると私見て、水戸くんはにっこりと笑っている。
「そこ」鞄を指差してくる。「のやつ、あげたら」
どうして
「そんな哀しい顔してたら、幸せ逃げるよ」
水戸くんは知っているのだろうか。
私の鞄に、チョコ―正確にはカップケーキだけど。―があることを…。
「ちらちらと鞄見てるし、流川の話題が出ると溜め息吐いてるから、分かるよ」
「うん。まあ、あるにはあるんだけど…多分今年もあげないと思う」
鞄を…いや正確には鞄の中のケーキを見て言った。毎年、楓は山のようにもらう。でももらったものを一口も食べていない。なら超豪華な代物よりこのケーキが勝てるだろうか。無理に決まっている。だからあげない。ゴミにされるのが分かっていながら、どうしてあげるなんてこと出来る。
「俺の考えだと、欲しがってると思うぜ」
「……あの楓が?……それはないよ」
「そうかな」
水戸くんはそう言って、頬杖をついた。水戸くんはどうしてか、優しい目をしている。気のせいかもしれないけど、そんな目で私を見た。
「きっと、欲しがってると思うぜ」
もう一度さっきと同じことを言った。
先生が来て授業が開始されることになって、話は途中中断されてしまう。水戸くんは前を向いて、大人しく授業を受け始めた。とは言ってもノートを書いている気配はないけど。前の席でずっと気だるそうに、座っている。

楓が、これを欲しがってる?
それは……ない、と思う。

お母さんと一緒に初めて作ったこれ。楓は何も言わなかった。言わずに唯持って帰っただけだった。感想もなくて、失敗したのだろう。お母さんが大丈夫だと言ってくれたけど、やっぱり美味しくなかったのだと思っている。だからその翌年の中学で頑張って作ったのをあげようとしたけど、あの大軍を見たら渡せなくなった。その後、楓も何も言わなかったからやっぱりいらなかったのだと結論つけてしまった。

本当は、楓に食べてもらいたかったんだけどな。

鞄を一瞥して、ノートを書くことにした。
今日一日、楓に会わなければ来年までこの話題がのぼることはない。いつもそうだったから、今日だけ会わずにいればいい。
そうすればいつものように、接することが出来るだろうから―……。



正門をくぐるとき、やっと終わった一日に思わず溜め息を吐いてしまった。俯いていた顔を上げると、薄暗くなった校門が見えた。後は楓はバスケをして帰ってきたらほとんど寝るだけだろうから、家に戻るだけになった。鞄の中のケーキはまだ誰にも触れられることなくそのまま居ついていた。








帰ってきて、私はほっとした。
着替えて、机の上の鞄を見た。鞄の中には楓にと作ったケーキが入ってる。今年もこれを私が食べることになった。
手に取ろうと鞄に近付いた。そして鞄を開けようとすると、

手が止まった。

「え?」

私の手に重なるようにあるのは、それよりも尚大きな手。手の持ち主を見ようと顔を動かしてみれば、かなり上に見慣れた顔があった。しかも制服のままだ。



「楓」



「……」
睨んでる、睨まれてる。楓って言葉少ないから、表情とか目で読まないといけないのだけどそれもあまり出ない方だから、読み取りにくいんだよ。でもこれは楓の纏う何かが、言っている。
『取るな』
って。
「あのね」
問答無用ってこのことをいうのだろう。楓は私の鞄をひったくると、私の手の届かない高さまで上げてしまう。そうして鞄の中を漁っている。ケーキを取り出すと、鞄を私に向けてぺいと投げた。頭に軽くぶつかった鞄を床についた後、中腰になって取ると机の上に置いた。で楓を見てみると、私のベッドの上にどっかりと胡坐を掻いていた。見せるようにケーキを持っている。何がしたいのだろう。
「俺んだ」
「は?」
ごめん、今言葉失った。
「楓、何て言ったの?」
目がぎょろとしたのが、分かってしまう。何か今信じられないことを言われた気がするんですけど。楓は私を眉間に皺を寄せながら、じと見た。…睨め付けるというのだろうか。



「俺のために作ったやつだろうが、俺のだ」



「楓?」
包装を無造作にべりべりと剥いでいった。取り上げるという考えも起こらずに呆然と楓のする行動を見続けてしまう。楓は包装がなくなって、チョコケーキだけになったのをしげしげと観察している。
「中学ん時もらってねー」
「……」
何も言えなくなってしまう。
中学の時、お母さんに手伝ってもらう機会がちょっとずつ減っていったのを楓にあげようとした時郵便受けを見た。落ちるほどに入れられたチョコの数の多さ。その中には有名なチョコとかあった。中学生がよく買えるなって感心させられた。あの時の虚しさは、今の季節にこそ相応しいのかもしれないと思ったほどだ。そんなこと楓の知ったことじゃないけど。
「あんなに沢山もらってるから」
いらないに決まっている。
「食ってねー」
それを食べてないと言いたいのだろうか。
それともチョコを食べていないと言いたいのだろうか。
楓もう少し、ヒントください。言葉が少ないから話が通じにくいんだけど。
「何でくれねーんだ」
「いや、だって、好きじゃないだろうし」
美味しいの選択出来る立場だから、飾りっ気のないものを奪い取ってどうするんだ。と思っていたら、楓が私をじっと見つめて―いや、睨みつけ―いる。何で睨みつけている。



「どあほう」



ぽつと零した。
視線を逸らされた。
そしてケーキにかぶりついた。
口が動くのが見える。
黙々と食べている。
でも一つだけ言いたい。そこ、私の寝床なんですけど。食べかす落ちてない?寝る前に掃除しよう。いや、この場合しなくてはいけないか。
楓は手より小さいカップケーキを食べていく。
中学の時から、私が食べていたものと同じもの。
あまり美味しいものとは言えなかった。それを眉間に皺が浮かぶことなく食べていく楓って、すごいな。



「おい」



手の中の物を全て、胃袋へと追いやった楓は低く言った。声に私も「ん」とだけ言う。それを耳に入れた楓は、軽く目を閉じて直ぐに明けた。



ごちそうさま



の楓流。
笑みが浮かんでしまった。
ややこげついたケーキを何も言わずに食べていた小学校の頃の楓と変らない。…もしかして、味がおかしい?そうして視線がぶつかった。
「おい」
「……何?」
蛇に睨まれた蛙とは、このことを言うのだろうか。
視線を逸らせないし、ずーっと立ち尽くしたまま。
楓は胡坐からゆっくりとベッドに横になった。楓のサイズじゃないからちょっと楓は「く」の字になってしまう。
「寝る」
……。
「楓、のサイズじゃないよ。窮屈じゃ……」



もう寝てる。



どうしたらそんなに早く寝れるのか不思議なくらい早い眠り。眠ることとバスケのことと食べることくらいしか、楓にはないのだろうかと思ってしまうほど。
楓を見る。ううん、見てしまう。
睫毛がながくて、整った綺麗な顔。そういえば桜木くんが、楓をキツネって言っていたことを思い出した。似ているな、キツネに。でもキツネってことは美人ってことなんだよね。うん、楓、美人だよ。
こうして寝てる顔見たらそう思う。
楓の傍に近付いた。顔をよく見たくなって、腰を下ろした。床はちょっとだけひやりとしている。

閉じた瞼を縁取る睫毛は長くて、羨ましいほど。
髪、伸ばしているんじゃなくて、実は切るのを忘れているのを知っている。おばさんに何度となく言われて何とか目茶苦茶になっていない様子。
背も何時の間にか、抜かれた。しかも首が痛くなるほどに見上げなくてはならないほどに。
楓の手。
何度となくチームの危機を救って、シュートを決めている。
その手に指が近付いている。
つ、と指の先…それこそ爪先が楓の大きな手―側面部と言えばいいのだろうか―に触れた。楓の方はまるで反応がないのに、私は氷にでも触れたかのように大きく体が跳ねた。顔を動かせて、楓の方を見れば目は閉じられたままだった。
ほっと小さく息を吐いた。
ばれてない。
そうと分かったら、手を取ってみた。



やっぱり大きいなー。



指を移動させて手の大きさを測るようにしている。起きたらどうしようなんて、考えるのも忘れていた。
手の指が結構太いことに、気がついた。



一つ、発見だ。



指でなぞっていると、ふとどれくらい大きさが違うのかが気になった。これは本当にどうでも良いことなんだけど、気になって楓の手に私の手を合わせた。



握られた。



「へ?」
「何やってんだ、どあほう」
「はや?」
握ってきた手の持ち主を見やれば、ぱっちりと目を明けていた。逃げようと後ろに行こうとするけど、手が全く動かないので無意味な行為となった。しかも捕えた相手は私の手を自分の方へと引き寄せて、逃げることを許さなかった。
「あ、いや、その」
「いーけど、別に」
なら、手を離してほしい。
目で訴えてみるが、無視される。そのまま不自然な格好で、楓の前に跪いてます。

「はい?」
名前を呼ばれたものでついつい返事をしてしまった。
「よこせよ」
「何を?」
「あれ」
あれじゃ分からない。
けど楓をよーく見れば、さっき食べてたケーキの包装紙を見てる。
「欲しいの?」
「……」
「山のように毎年もらっているのに?」
「……」
楓が目を離してこなくなった。
まるで心を読み取るかのように、穴が空くかもしれなほどに凝視してくる。
「他はいらねえ」
それだけを私に言った。
「寝る。飯なら起こせ」
「ちょっ、楓……寝てる」
何でこんなに眠るのが、早いのか不思議で仕方ない。



鈍い頭をフル回転させなくても分かってきた。
楓は、もらってくれるみたいだ。どんなに山のように贈り物が来ても食べてくれる。一応とはいえ、受け取ってくれる……ようだ。
私が食べても毎年、あんまり美味しくなかったけど、それって楓のだからかな。
楓にあげたいから、作り方を覚え作ったものだから私が食べても美味しくなかったんだろうな。一人だけ納得してしまう私が、そこに居た。

「それにしてもよく眠ってる」

何時起きるのか、不安になってしまうほどだ。私が寝る時間までには起きてほしい。そう願わずにはいられない。
けれどもう寂しいと感じることはないだろう―……。








君だけのために作られたものだから―。  
08年01月27日(日)執筆





『光風霽月』の月守青蓮さんのサイトでフリーでしたので、頂いて帰りました。
バレンタインです!
流川が、流川がッ!!
どんなに口数が少なくても温かい奴だ!そんな感じの流川で惚れ惚れします!!


ありがとうございます。