薄紅色の花咲く頃 ―良い夫婦?―





秀麗が茶州に赴き、静蘭はその護衛についていった。

父と2人で生活をしていると心置きなく声をかけてくれる人が居る。

その日も、その人から文を貰ったため邸を訪ねた。


「ああ、。よく来たね」

はらりと扇子で口元を隠している黎深のそれは緩んでいること間違いなしだ。

「こんにちは、黎深様。ところで、百合様は?」

、いつも言っているだろう?『大好きなおじ様』が抜けているぞ」

何か、毎回形容詞と言うか、『おじ様』の前に付く言葉が違う...

「あれは留守だよ」

不意に話が戻ってはちょっと驚いたが「そうですか...」と残念に思いながら頷いた。

「私では不満かね?」

「いいえ、そうではなくて。百合様に菜を教えていただこうと思ったので」

の言葉に「ふむ」と黎深は頷き

は、菜を覚えたいのかい?」

と念を押された。

「ええ、まあ...作れる菜は多い方がいいと思いますので」

が返すと

「では、家の者に紅家秘伝の菜の作り方を巻物に纏めさせて...」

「あ、いえ。そうではなくて。百合様とお話しながら菜を作るのが楽しいんです。でも、お忙しそうですね、百合様」

少し沈んだ口調でが言うとずい、と黎深が顔を寄せてきた。

「さっきから百合百合と、は百合の名ばかりを口にして...!私が目の前に居るではないか」

黎深にそう言われては目をぱちくりとした。

「失礼しました」

「しかし、まあ...がどうしても寂しいというなら、百合に文を書いてみよう」

そこまで言ってない。

はそう思いつつも「ありがとうございます」と礼を口にした。

「じゃあ、少し外すけど。邸の中は好きに過ごしなさい」

そう言って何処かウキウキとしながら黎深は自室へと戻った。


ちょっと疲れた、と思いながらは庖厨へと向かう。

百合が居ようと居まいと、はこの邸に来たら菜をする。

が菜を作ると黎深が喜ぶのだ。大好きな兄や、未だに名乗りを上げられていない姪の秀麗が口にしているものを自分も口にしているという事実がこの上もなく嬉しいとか。

庖厨の責任者に声を掛けて使わせてもらう。

「そういえば、医者になったらしいな」

不意に声をかけられた。

ここに何度も足を運んでいるから既に料理人とは顔なじみだ。

「ええ、まあ。何でご存知なんですか?」

そんなに有名ではないはずだ。

「旦那様が、な。それはそれは誇らしげに家のものに仰っていたよ。我々もお祝いのご馳走を作ったし」

それ、食べてない...

合格した本人が口にしなかったお祝いのご馳走か...

は苦笑し、そして温かいものがこみ上げてくる。

あの黎深が自分の事のようにの医師の資格試験合格を祝ってくれたのだ。

百合が聞いたら驚くかな。

「黎深様らしいわ」と言うかな?

それとも、「一緒にお祝いしたかったのに!」と怒るかな?

そんなことを想像できる自分が贅沢だと思う。


「何だ、。きていたのか」

ふと声をかけられ振り返ると絳攸が立っていた。

あれ?

そういえば...

「今日は、公休日では...」

「違うな」と溜息交じりに絳攸が返す。

そうだよなー。父が出仕していたもんな...

「黎深様は、何処にいるか知っているか?」

「ご自分の室にいらっしゃると思います。百合様に文を書いてくださるそうなので」

「『書いてくださる』...?」

眉間に皺を寄せて引っかかった表現を繰り返す絳攸に先ほどの黎深との遣り取りを話す。

「ああ、なるほどな」

絳攸は苦笑した。

良い口実になったものだ。

「...絳攸様。何が食べたいですか?」

不意に水を向けられて絳攸は驚き、「そうだな...」と腕組みをした。


絳攸の希望した菜を作り終わったはそのまま家に帰ることにした。

「何だ、帰るのか?」

「ええ、父もそろそろ帰ってくると思いますので」

そういうと絳攸はすまなそうに視線を落とす。

が首を傾げると

「いや、そうだったな。家に帰っても食事を作るんだったな」

と言われて驚いた。

「別に無理して作っているわけじゃないですよ?」

「まあ、そうだろうが。遅くなったな、送ろう」

と言われて慌てた。

「い、いいえ!まだ明るいです。本当に明るいです。真冬に葉医師のところから帰る時だってあるので慣れてますし。大丈夫です」

送ってもらったらまた送らなくてはならなくなるだろう。若しくは、捜索願を出すとか。

余りにも全力で断られたため、少し傷つきながらも引き下がった絳攸は邸の入り口までは見送ってくれた。



後日、百合からの文が届く。

内容は、医師の資格試験合格のお祝いと、黎深からの文についてだった。

『結局、を出汁にして私に文を書いてるんだから!』

そんな事を書いてあるが、何処か嬉しそうだ。

百合はあの性格だし、政治的にも家を仕切る当主の妻としてもどこの邸でもそれは務まるだろうが、黎深の妻は百合でなくては務まらない。

割れ鍋に綴じ蓋、といったらかなり失礼だろう。

それでも、きっとこれが一番ぴったりくる表現だと思う。


そして、百合からの文が来た数日後。

黎深に百合から文は来たかと聞かれた。

百合からの文には「を出汁にした罰で、私から文が来たことを内緒にしておいてね」と書いてあった。

どうしたものかと悩んだ挙句、は父に相談し、父が「百合姫の言うとおりにすればいいよ」と言ったのでそうしている。

しかし、黎深がそれを知ったとき、怒りの矛先が向くのはきっと百合と、そして今回全く関係のない蚊帳の外である絳攸なのだろう。

流石に絳攸に矛先が向くのは気の毒極まりないからそうなる前に何とか手を打っておこう。

ある意味、同じくらい子供っぽい夫婦である2人にそっと溜息をついた。




11月は『良い夫婦の日』がありますよね。
黎深と百合の夫婦コンビが好きです。
そのために犠牲となった(?)鳳珠も好きです(笑)


桜風
08.11.1


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