| 庖厨を覗いてみるとそこに見慣れた人物が居た。 「?」 絳攸が声をかけると彼女は驚いたように振り返る。 「あら、絳攸様」 「どうしたんだ、ウチに来て」 賃仕事は良いのか、といいたいようだ。 「今日は突然お休みになったんです。家に帰るには早いし、と思って百合様を訪ねたらお客様があるって。少し暇だし、お菓子を作りながら待たせていただこうと思って。絳攸様は?」 「ああ、まあ。忙しいには忙しいのだが。俺も少し百合さんに用事があって...」 なるほど、百合様はモテモテだ。 はそう心の中で呟き、「もう少ししたら出来ますから。絳攸様もよろしければ食べてください。って、材料は全てこのお邸のものなのですが...」と苦笑した。 「百合さんも喜んで食べるだろうから、それは別に気にするな」 そして、黎深は涙を流しながら喜んで食べそうだ。 そう思いつつ、そこは口に出さなかった。口に出したら本当のことになりそうだからだ。 絳攸は、そのまま庖厨に留まった。 もそれについて気にしていないようで忙しそうにしている。 「なにか、手伝うか?」 自然と零れた絳攸の厚意には驚いて振り返り苦笑した。 「すみません、ありがとうございます。でも、お手伝いしてもらうことも無いというか...お手伝いしてもらえるとなると秀麗か静蘭くらいのお手伝いを期待してしまうんですけど...」 「...それは、俺だと役不足だな」 絳攸はあっさり引き下がった。 「洗い物くらいなら静蘭基準の期待はされないだろう?」 そう言って絳攸はのもとに足を運んで使い終わったと思われる調理器具をまとめ始めた。 「いいです!それは、いいですよ。手が荒れますよ。こんな寒いのに...」 「それはも同じだろう。気にするな」 そう言って絳攸は調理器具を運ぼうとしてふとの顔で視線を止めた。 何だろう、とは首を傾げる。 「何か付いてるぞ」 そう言っての頬に付いていた雫のようなものを指で掬った。 水ではなかったらしい。そのままその指を口に運んでぺろりと舐める。甘い。 「糖蜜か...」 そう言って絳攸は調理器具を洗うべく離れていく。 は目をぱちくりとして、そして俯いた。 「やるね、絳攸!」 「絳攸〜!私の可愛い姪のに...!許せん!!」 既に客との話を済ませた百合と、が来ていることを聞いてるんるんと浮かれながらやってきた黎深が庖厨の入り口の影から覗き見していた。 絳攸の意外な、寧ろ天然だからこそ出来るその行動に彼女たちはそれぞれの反応を見せ、黎深はこのまま絳攸をいじめに行く勢いだった。 「何を言ってるんだよ。が朝廷に助手として入るときに『“李”でも良いか、いやいや...』って散々悩んでいたじゃないか。何を今更...」 心から悔しがる、というか既に呪いの電波を息子に向けて飛ばしてそうな夫を窘めるように百合が咎める。 「ダメだダメだダメだ。あいつはまだまだひよこだ。あたまに卵の殻をつけている。そんなひよこには任せられん。仕事だってまだまだ...」 「仕事のことは、誰に言われても君には言われたくないと思うよ...」 半眼になっていう百合の言葉に黎深が過剰に反応したものだから、せっかくの覗き見が出来なくなった。に気付かれたのだ。 「百合様、お仕事はもうよろしいのですか?黎深様も」 「ええ。もう終わったわ。がお菓子を作ってくれていると聞いてちょっと覗きに来たの」 「こらこら。また忘れているよ?『玖琅と違って世界で一番素敵に輝いている優しい優しい黎深叔父様』、だろう?」 これまた長い... は曖昧に笑って「ごめんなさい」と謝る。 その後のお茶の時間に絳攸は何故か黎深にネチネチといじめられた。百合が庇うのが面白くなく、加えてまで絳攸を庇おうとするから益々いじめる。 百合も絳攸もどんどん機嫌が悪くなっていく黎深に困っていたがの一言がそれを救った。 「今度秀麗にお願いしてお饅頭作ってもらって、黎深様だけに差し入れしますから!」 はらりと扇子を口元に広げ「それは楽しみだねぇ」と目じりを下げてそう言った。一気に超ご機嫌だ。 絳攸は心の中で感謝してもしきれない感謝の念をに向かって送っておいた。 |
桜風
10.2.1