のどけき香り





「珍しいな」と声を掛けられて庭の卓子に座っていたは振り仰いだ。

「あら、絳攸様こそ」と彼女は呟く。

秀麗が茶州に行ってから、比較的頻繁にこの邸にやってくるとは顔を合わせる機会が増えてたが、ここ最近は自分が仕事に追われて中々ゆっくり出来なかったため、顔を合わせるのは久しぶりということになる。

「絳攸様、お仕事は?」

悪戯っぽく笑ってが言う。

「やっと少し時間が取れたんだ」

と苦笑して返した。

は吏部の事情を知っている。

だから、こうやって少し楽しんでいる。

絳攸はきょろきょろと周囲を見渡す。

「誰も相手をしていないのか?」

「微妙な『お客様』だから、でしょうね」

絳攸はの隣に腰を下ろした。

ふと、薄っすらと香りが届く。ただし、ちょっとらしくないものだ。

絳攸に見下ろされては不思議そうに首を傾げる。

「香を焚いたのか?少し、いつもと違うようだが...」

「え?...あ、そうか。先ほど妓楼で髪結いの賃仕事をしましたので。色んな香りが混ざって変ですか?」

自分の袖口に鼻を近づけて香りを確かめている。

しかし、自分の香りは中々分からない。

「お..おい!!」

だから自分以外の香りで今鼻が慣れている香りを消して、と思っては絳攸に鼻を近づけ、それに対して絳攸が慌てた。



何処からか、バキッと音がした。

と絳攸は振り返る。

同じ角度で首を傾げた。

「何でしょう?」

「...寒気がする」

「こんな真夏に..風邪ですか?働き過ぎて免疫力が落ちたのかもしれませんよ」

そう言ってが絳攸の額に手を当てた。

ガタン、と何かまた音がした。

2人してまた振り返る。

「...絳攸様。黎深様はお帰りなのでしょうか」

この邸でこんな大きな音を立てるのは彼しかいないと思う。

「いや、聞いてはいないが...」

そう答えながらも絳攸の中では何となくの勘は当たっているような気がした。

ほら、自分の背中に突き刺さるようなこの視線と言うか..殺気が非常に痛い。

背中に冷たいものが走る。

あ、とが呟いた。

「ど..どうした?」

「百合様、お帰りになってたんだ」

「そうなのか?」

の視線を辿ろうと思ったが、の視線はこの夕暮れの空に向かっている。

「香りです」と言う。

ふわりと風に乗って確かに微かな馴染んだ香りが届いた。


「あーあ...せっかく見てて楽しかったのに。って結構敏感なのね」

柱の影で百合が呟くと、「何が『楽しかった』だ!絳攸めぇ〜〜〜!!」と柱に爪を立てて黎深が唸る。

「...去年の夏にが朝廷で助手に入ったとき、『朱』じゃなくて『李』と散々悩んだのは何処の誰?まったく、どっちなの」

が私の娘になるのは大いに結構。寧ろ大歓迎だが、絳攸には勿体無い!」

グッと拳を握ってそまま突き上げた。

「でも、が娘になるんだったら絳攸の奥さんしかないと思うんだけど?」

冷静な百合の言葉に黎深は押し黙る。

「あのー」

ひょこっと柱の影からが顔を出した。

「久しぶりね、

ニコリと微笑んで百合が声を掛ける。

、よく来たね。さ、素敵な、この世界で一番の素敵な叔父さんと一緒にお茶を飲もう。あ、饅頭かい?大歓迎だよ。今から作るのなら、いつまでも待つからね」

そう言っての手を引いて黎深は庭先から姿を消した。いつもはらりと広げる扇子がない。

先ほどの『バキッ』の犠牲になったのだろうか...

残された絳攸は呆然と黎深がいなくなったその場を見つめる。

八つ当たりされなかったのはありがたいが、それでもちょっとを連れて行くのは...

「絳攸、みんなでお茶にしましょう」

百合に促されて溜息をひとつ。

「はい」と言って歩き出す。

「絳攸、ひとつ助言なんだけど」

「何でしょうか、百合さん」

との逢瀬にはこの邸には向いてないわよ?」

「......は?!」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった絳攸は足を止めて数秒悩み、やっと出た声が「は」だった。

クスクスと笑った百合は「ほら、急がないと。が困ってるわ」と促す。

困っていることが確定なのか...

何となくそう思ったが、確かに確実に困っているだろう。

黎深の姪馬鹿っぷりを思い出して小さく溜息をつき、自分が行っても何が出来るわけでもないが、とりあえず、進める足は少しだけ速くなった。









40万打感謝企画でリクエストをいただきました、絳攸です。
「連載夢主で黎深様や百合姫に二人の関係が誤解されるような
出来事を目撃してもらいたいです。ギャグ系?」
というリクエストでした。
って、...ギャグ?
何か、これに似たような展開を別の短編で書いたような気がしないでもないが...(汗)


リクエスト、ありがとうございました!!


桜風
10.12.12


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