薄紅色の花咲く頃 4





その後、何度か府庫で絳攸や楸瑛に会った。

そのたびに少し話をして、お互い仕事に戻るという程度だが、それはそれで楽しかった。

府庫に向かう途中、は珍しい人物に会う。

上質の着物を着崩した美形。

恭しく礼をしてその人物に声を掛ける。

「主上、お久しぶりです」

「うむ。ところで、。そなたは最近入ったから知らないかもしれないが、秀麗という名の者を知っているか?」

そんなことを聞かれた。

が予想もしなかったことを聞かれて驚く。

正直に答えていいものかと悩んだが、秀麗のことを知っているということは、2人がやっと会えたということだろうとあたりをつけた。

「秀麗、さまでございますか?秀麗様は先日後宮に入られた紅貴妃様にございます」

の言葉に王は驚き、少し嬉しそうな表情をした。

その顔を見ても嬉しくなる。

王が、変わるかもしれない。


は府庫に向かう途中、足を止めた。

見事な桜に、泣きたくなる。

自分の庭院の木々は花をつけない。

そんな自宅の庭院を見て妹が泣いているのを知っている。知っているのに何も出来ない自分に苛立ちすら覚えたことがある。

は自然と歌っていた。

母が生きていたときは、妹が二胡を弾き自分が歌って両親と静蘭を喜ばせていた。

庭に花が咲いていたときのことをずっと思い出していた。

人の気配がしては振り返った。

そこには絳攸が居た。

「絳攸さ..」

名を口にする瞬間、突風が吹いて桜が舞う。

その姿に絳攸は息を飲んだ。

どういっていいか分からないが、ただ、目が離せなくなっていた。

ふと、の頬に伝う涙を見た。

それがきっかけで正気を取り戻す。

「な!何故泣いている?!」

絳攸に言われては自分の頬に触れた。初めて自分が泣いていることに気がつく。

「えーと、何故でしょう?」

「俺が知るか。と、とにかく、邵可様のところへ行くぞ!」

そう言って、の手を引いて歩き出した。

が、は進まない。

「あの..府庫はこちらです」

反対方向を指してが遠慮がちにそう告げた。

絳攸は慌てて回れ右をし、今度こそ府庫を目指す。


府庫に入ってみたものの誰も居ない。

「邵可様は、お留守か?」

絳攸は呟きながら奥の部屋を覗いてみたが、やはり誰も居なかった。

「ちょっとここで待ってろ」

そう言って絳攸が出て行った後、はぼんやり府庫の外の桜を見る。

見事に咲いた花たちに思わず顔が綻んだ。


「先ほども、それを歌っていたな」

突然声がしては驚き振り返る。

絳攸が濡れた手ぬぐいを持って戻ってきていたのだ。

「私、歌ってました?」

「ああ、さっきも桜の下で歌っていたな。これで目を冷やしておけ」

先ほど濡らしてきた手ぬぐいをに渡す。

「ありがとうございます。今度洗ってお返ししますね」

はそう言って微笑んだ。

その笑顔に絳攸は顔を赤くしてしまう。

「絳攸様?」

「いや、俺はもう戻る」

勢いよく去っていこうとした絳攸が足を止めて振り返った。

「今度、また歌を聴かせてくれるか?」

「私の歌でよろしければ」

の答えに絳攸は満足したのか、先ほどよりも優しい足取りで府庫を後にした。


は、秀麗の姉だと聞いたぞ」

夕餉を持って王の室に行くと珍しく室に居た王に言われた。

「はい」

も、余に政事をさせるために来たのか?」

「...わたくしの場合は、成り行きでございます」

の返事王は眉を上げた。

「成り行き?」

「はい。妹がこちらに参りますし、家人の静蘭も妹の護衛でこちらにおりますから、家にひとりで居るのは危険だと言うこととなりましたので」

「それで、成り行きか」

王が小さく笑う。

「でも、主上が政事をしてくださるのに越したことはございませんよ?」

が王にイタズラっぽく笑いかけた。

「うむ。余は、政事をすると今日決めたのだ」

今度はが王の返事に眉を上げる。

「ありがとうございます」

嬉しそうに礼を言うに劉輝は真摯な瞳を向けて口を開く。

「いや。余の方こそ、すまなかった。も、苦労をしたのだろう?声が枯れるまで弔いの為に歌を歌ったと聞いた。一度はその声を失ったと...」

「いいえ、小さな妹が生きる為に、町の人たちのために自分にできることをして走っていたのです。私はあの子には及びませんよ。日に日に細くなっていくあの子が今、こうして逞しく育ってくれたことに感謝しております。私は歌うことしか出来ませんでした。お父様や静蘭の手伝いも出来ず、ただ死んでしまった人のために歌うことしか出来ませんでした」

「秀麗は、あれ以来の歌を聴いていないと言っていた。また聴きたいと言っていたぞ」

「そう、ですか。私はあれ以来歌うのが少し怖かったんです。亡くなった人のために歌った歌。私が歌を歌うときは誰かが亡くなったときだと、そう無意識に思っていたのかもしれません。何度か秀麗にせがまれましたが歌えませんでした。でも、もう歌えるようになったと思います。ご心配をお掛けして申し訳ありません」

王は「そうか」と優しく呟いた。




王が政事をすると決めました。
きっと皆嬉しかったでしょうね〜。
というか、順調にヒロインと絳攸が親交を温めていますね(笑)


桜風
06.3.21


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