薄紅色の花咲く頃 6





最近は楽しくて仕方がない。

劉輝はまじめに政事をしているし、自分の仕事も充実している。

いつも一生懸命な妹はここでも一生懸命だし、知り合った官吏たちも気さくに話してくれる。

そして、絳攸の試験の結果が分かる日が来た。

朝餉の時間に

「主上、自信の程は如何ですか?」

が聞く。

「うむ。大丈夫だ..と、思う...」

段々自信がなくなっている返事に苦笑をしながらもは覚悟を決めた。

2人の猛勉強ぶりはも見ていた。

流石に合格点は取れるだろう。


「失礼致します」

いつものようにがお茶と饅頭を持って部屋に入る。

「じゃあ、殿も来たことだし。試験の解答用紙を返すぞ」

どうやら、自分を待っていてくれたらしい。

は盆を机において静かに結果発表を見守った。

「残念だが、2人とも僅かに及ばなかったな」

絳攸がそう言って2人の前に解答用紙を置く。

目に見えてがっかりした2人は自分の解答用紙を睨みつけていた。

どちらも後1問正解していたら目標点に到達していたというのに...

は2人の間に立ってそれぞれの解答用紙を見る。

そして、首をかしげて

「絳攸様。この問題の回答は正解にはなりませんか?」

2人が似たような答えを書いて一緒に間違えている問題を指した。

「温情は無しだ」

「いえ、温情でなく...」

が説明をすると、絳攸は驚いたようにを見、楸瑛は「おやおや」と驚きを声に出す。

「どうですか?」

「...なるほど。そういう解釈もあるか。分かった、これは正解とする」

絳攸の言葉に劉輝と秀麗は文字通り、諸手を挙げて喜んだ。

「ありがとう!姉様。さすが姉様ね」

「感謝するぞ、も学問は得意なのか?」

「昔、秀麗と一緒に父に教えてもらっていましたから」

のその返答に絳攸と楸瑛も納得をした。

しかし、それにしたって頭の回転がいい。一目見ただけでいろんな方向からの考えを持てるに絳攸は感心した。

「さて、殿。約束ですよ」

楸瑛が嬉しそうにを促す。

「ええ、約束ですね。でも、その前にお茶にしませんか?」

そう言ってお茶を入れる。

「余からも提案がある。今、この場での歌を聴くのは勿体ない。だから、今晩皆で聴こう。邵可も静蘭も久しくの歌を聴いていないのだろう?聴けると嬉しいと思うぞ」

劉輝のこの提案には驚き、秀麗は喜んだ。

「大丈夫なのですか?」

「うむ。大丈夫だ。手はもう打ってある」

自信満々の劉輝に不安を抱きつつも皆は納得した。


自信満々に言っていただけあって、劉輝はきちんと場所を確保していた。

場所、それは

「府庫じゃないの」

秀麗が呟いた。

「そうだ。殆ど誰も来ないぞ」

褒めてと言わんばかりに誇らしそうに劉輝が返事をする。

「主上。姉様の歌声がどれだけ貴重かご存じないのですね?!」

褒められるどころか怒られそうな劉輝はしょぼんとした。犬に例えると耳と尻尾が下がった状態だ。

「あら、秀麗。私は府庫が好きよ。一番落ち着くもの。きっと主上もそう思って府庫を選んでくださったんだわ」

のフォローに劉輝以外は「絶対にそれはない」と思いつつも誰もそのツッコミはしないでおいた。の心配りに水を差すわけには行かない。

秀麗だって府庫は好きだし、邵可も嬉しそうにしている姿を見れば、偶然にせよ、劉輝の選択は悪くない。

「じゃあ、何の曲が良いのかしら?」

目の前に大人しく座っている皆を見渡しながら聞く。

「姉様、私は茉莉花が聴きたい」

「いいわよ」

秀麗のリクエストに快く応える。

の歌声は清流のように澄んでいるが、凛としていて伸びがあり、よくとおる。


の歌が終わると自然と拍手が起こる。

「久しぶりに聴いたけど、やはりの歌声はいいね」

嬉しそうに感想を述べる邵可には恥ずかしそうに俯いた。

「ええ、本当にすばらしい歌声です。絳攸が私よりも1度多く聴いているのが悔しいくらいですよ」

邵可に続いて楸瑛が唸る。

「絳攸殿が?それは、幸運でしたね」

邵可に微笑まれて絳攸は何だかくすぐったかった。自分だけの歌声を聴いていて、嬉しいけど、でも、邵可や秀麗、静蘭に少し悪いような気もした。

殿、この間の歌をまた歌ってくれないか?」

「この間の歌、ですか?実は私、あのとき自分が歌を歌っていた自覚が無かったものですから何の曲を歌っていたか分からないんですよ。歌詞、覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、確か...薄紅色は優しい、深い青はきれいだとか」

それを聞いて邵可が嬉しそうに微笑む。

「それは曲名がないんですよ。何度聞いても母が教えてくれなくて」

が困ったように言った。

「それは、題名がないからだよ。その歌は、母さんが即席で歌っていたんだよ」

「即席?でもいつも同じ歌詞でしたよ?たまに替え歌のように歌ってましたけど」

邵可の言葉にが聞き返す。

「ああ、いつも同じことを思っていたからだろうね。あの曲は、母さんが子供たちを想って歌っていた曲だからね」

それを聞いて秀麗と、静蘭はお互いの顔を見合わせた。

「『深い青』っていうのは静蘭よね、きっと。じゃあ、『薄紅色』は...」

お嬢様でしょうか」

子供たちがそれぞれ歌詞について考え始めたのを邵可は目を細めて見守った。

全て解釈し終わると秀麗は嬉しそうに、はくすぐったそうに、そして静蘭は恥ずかしそうにしていた。

「えっと、絳攸様。これ以外の歌ではいけませんか?」

おずおずとが絳攸に問う。

歌詞が分かったら今度は自分が歌うのは恥ずかしい。

しかし、

、私は久しぶりにその歌が聞きたいよ」

と邵可に言われ、

「うむ。余も聞いてみたいぞ」

と劉輝にもリクエストをされた。

殿。主上も秀麗殿も殿の課題を見事に成したのですよ。その2人の要望に応えても罰は当たらないと思います。そうそう。私もお手伝いをしたんですよね。という訳で、私もその歌を聴きたいですよ」

楸瑛にトドメを刺されては項垂れた。

「分かりました」

覚悟を決めては息を吸う。

何処までも優しいその曲は、の声すら優しくさせてしまう。

母の、子達を愛しむその歌はみなの心に響いた。

窓から月の光が差し込んでいてその光が一層空気を優しく感じさせる。


歌い終わったは劉輝を見て驚いた。

「主上?!あの、どうなさったのです?」

「す、すまぬ。とても優しい歌だった...」

泣くのを我慢しているその顔は歪んで妙になっている。

「もう、仕方ないわね」

子供みたいな劉輝に苦笑をしつつ秀麗が頭を撫でてやる。

邵可はその表情を見て目を細めた。

本当に大切なものを持っている彼が、この国の王だ。

ささやかな宴は少ない時間だったが、皆に暖かい気持ちを与えた。




主上ってとても心の綺麗な人ですよね。
凄く感動屋さんだと思います。
特に、家族愛については。


桜風
06.4.8


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