薄紅色の花咲く頃 8





最近、妙な空気を感じる。

空気というか、香の薫りというか。

とにかく、は落ち着かなかった。

の母は薬湯作りの名人だった。母にくっついて一緒に薬湯を作っていた。

母と散歩をすると自然と薬草と香の話になる。

この根は熱さましになる、とか。この葉は消毒になる、など。

だから、は植物を目にすると『美しい』と思うと同時に薬湯の材料になる、ならないを考えてしまうのだ。

そして、そのが今後宮の空気の異変を感じている。

今、後宮では絳攸と楸瑛が下賜の花を受け取ったという話で持ちきりだが、それにしたっておかしい。

劉輝が彼等に花を贈るのはおかしなことではない。今ではそれだけの信頼関係を築いている。

しかし、贈ったのが生花だと聞いた。

普通、下賜の花といえば、花の細工を施した小物などで生花を贈ることはまずない。

それくらいは劉輝だって知っているはずだ。

となると、劉輝は彼等に花を贈ることを急いでいた。時間が無かったということだろう。

花菖蒲の花言葉は、『あなたを信頼します』。

下賜の花としてはいい選択だ。しかし、それだけではないと思った。

花菖蒲の花の色は王家の色の紫。そして、その葉は剣のように鋭い。花はその剣のような葉に守られている。

つまり、花を授けると同時に王家の花を守るように命じたのではないだろうか?

胸騒ぎを抱きながらもは何事も無かったかのように装い、劉輝に仕えた。


しかし、の胸騒ぎは当たってしまった。

後宮が騒がしくなり、貴妃が攫われたという話を耳にした。

「主上!」

詳しいことを聞こうと劉輝を探していたが劉輝たちを見つけて駆け寄った。

「すまぬ。秀麗は余が必ず連れ戻す」

そう一言言って劉輝は駆け出していた。

「どういう、状況になっているんです、か?」

安全だと勝手に思い込んでいた後宮はそうでもなかった。

また自分の大切なものを失うのかとは泣きたくなる。

しかし、そうならないために自分が出来る最大限ことをしておきたい。

とにかく、今出来ることは『知っておく』ことだ。

初めは口を閉ざした楸瑛と絳攸だが、の真剣な目に口を割った。


それから数刻して劉輝に抱えられて秀麗が戻ってきた。

しかし、毒を施されていたらしく状況は芳しくない。

「藍将軍。お願いがあります」

「...何だい?」

「ウチの門をくぐってそのまままっすぐ入って二個目に少し狭い室があります。そこにこれくらいの木箱があるので持ってきていただけませんか?風呂敷はそのすぐ後ろの箪笥に入っておりますので好きなものをお使いください。お願い、出来ますか?急いでいただきたいのです」

丁寧な物言いだったが、鬼気迫るものがある。

「わかった。じゃあ、家に入らせてもらうよ」

そう言って楸瑛が去って行った。

そして、もうひとりの王の側近に向き合った。

「絳攸様にもお願いがございます」

「な、何だ?」

「今から、秀麗の症状を詳しく聞くことが出来るところへ行ってそれを覚えてきてください。私は府庫におります。...絳攸様。私の元に急いで迷わずいらしてください。お願いできますか?」

は所詮女官だ。

こんな大変なときにその大変な中に入っていくことは出来ない。

「...分かった」

の気迫に押されて承諾した絳攸が駆けていく。

も府庫に向かって駆けていった。


思ったよりも早く楸瑛が戻ってきた。

「こちらだね。部屋が片付いていたから分かりやすかったよ」

そう言って風呂敷をカタリと机の上に置く。

その箱は楸瑛が想像していたものよりも大きかった。

一応、中身の確認をしてみて確信を持ち持ってきた。

「ありがとうございます。遣い立てして本当に申し訳ありません」

「仕方ないよ。殿は軒に乗れないからね。さて、それで君はどうするのかな?」

「絳攸様が秀麗の症状を聞いてこちらにいらしてくださいます。そのとき、またお願いすることがあると思いますが、できればご協力ください」

「絳攸が?それなら、迎えに行ったほうが良さそうだね」

そう言って楸瑛が府庫の出口に向かう。扉に手を掛けた途端派手に扉が開いた。

滝のような汗を流しながら、さっきより少し汚れた服を着た絳攸が居た。

殿。症状は...」

絳攸は医師たちに聞いた詳しい症状を全てに伝えた。

それを聞いた途端は箱を開いて薬碾や材料を取り出す。

秤で量を計りそれを薬碾に入れて調合する。

足りない材料は朝廷の中に大抵ある。

日々散歩しているときに全て覚えた。

は楸瑛に追加の材料を取りに行ってもらい、絳攸に材料を計る手伝いをして貰った。


そして、は絳攸が聞いてきた症状の解毒薬を全て調合し終わった。

「藍将軍、お願いできますか?」

薬包の説明をし終わったは楸瑛にそれを預ける。

「必ず、届ける」

そう言って楸瑛は府庫を出て行った。

本当は、もう朝廷お抱えの薬師たちが全ての解毒薬を作っているかもしれない。それでも、自分に出来ることをやっておきたかった。

カタリ、と音がした。

絳攸がそちらを見るとが机に伏せて寝ている。

「お前は大した女だな...

の寝顔を見ながら絳攸は微笑んだ。




邵可さんの奥さんは薬湯を作ると必ず大変なの事になっていたそうです。
ヒロインはそんな母の姿を見て、失敗をしなくなったようです(笑)


桜風
06.4.22


ブラウザバックでお戻りください