薄紅色の花咲く頃13





雨がやみ、が平常心を取り戻す。

そして、隣にいる人を見上げて、少し青くなった。

は油の切れたぜんまい式の玩具のように一つ一つの動きがぎこちない。

ゆっくりと机の下から這い出て茶器の前に立つ。

深呼吸を3回。

「絳攸様、お茶はいかがですか?」

何事も無かったかのように絳攸に声を掛けてみたが、

「もう大丈夫なのか?」

絳攸の言葉に撃沈する。

「あ、あの。絳攸様」

机の下から這い出てきた絳攸にが声を掛ける。

「何だ?」

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「別に、迷惑でもなんでもない。気にするな。それよりも俺にもお茶を淹れてくれ」

いつもどおりになったに絳攸もいつもどおりに話す。


2人でお茶を飲みながらほう、と息をつく。

「そういえば、最近は休憩時間は外出しているそうだな」

「はい。侍医の皆さんが気に掛けてくださって。というか、人が多いと本当に具合の悪い人を診れませんからね」

「しかし、侍医の方もまだ人が減ってきているんだろう?大丈夫か?」

「一応、機能してますから大丈夫と思いますよ」

「そうか」という絳攸の言葉を最後に沈黙が降りる。

「あのー...」

「何だ?さっきのなら、誰にも言う気はないぞ」

がこれから言う言葉を見透かしたような笑顔で絳攸が返事をする。

「ありがとうございます。あと、父と秀麗と静蘭にも内緒にしていてください」

の言葉に絳攸は一瞬眉を顰める。

「邵可様たちはご存じないのか?」

「はい。たぶん...。私、いつも家では自分の室でああなってますから。静蘭は秀麗につきっきりですし、お父様にもお会いしませんし」

そういえば、はどこか邵可に遠慮している節がある。

は自分から家族と距離を取っているような気がしていた。

深く追求する気はないのだが、あんないい家族と居て何故距離を置きたがっているのか分からない。

絳攸が聞こうと思った時、邵可が帰ってきた。

それきり、その話題は口にすることは出来なくなった。

そろそろお互い仕事に戻らなくてはならなくなった。

絳攸とが並んで歩いた。

「絳攸様」

「何だ?」

が立ち止まり絳攸を見上げる。絳攸もそれに合わせて足を止める。

「秀麗のこと、お願いしますね。あの子、まっすぐで一生懸命です。だから、あの子が諦めるまで勉強を教えてあげてください。躓いてこけてしまったときは、服に付いた泥を払う時間くらいは待ってあげてください。あの子は転びっぱなしなんて事はしません。だから、お願いします」

は深々と頭を下げる。

「...秀麗は、幸せ者だな。大丈夫だ。ビシバシしごいてやるさ」

優しい声で絳攸はそう答えた。


家での夕食のとき。

秀麗の話を聞いては驚いた。

今日の豪雨のときは静蘭が居ないからどうしたのかと思っていたのだが、秀麗は事もあろうか、今の上司である黄尚書に蝉のようにくっついて悲鳴を上げていたという。

黄尚書といえば、黎深と並んで次の宰相になる官吏だと目されている。加えて性別以外一切不明ときた。

何でも、以前顔のことで女性に振られてしまったためにいつも仮面を被って顔を隠しているのだ。

仮面を被っていて、表情が分からないが、秀麗の話を聞くと厳しい人らしい。しかし、他人以上に自分に厳しい人で、仕え甲斐があるそうだ。

外朝での仕事を生き生きと話す秀麗にも楽しくその話を聞く。

「外朝で働くのはいい気分転換になったようだね」

という邵可の言葉に

「...でも、ひと月だけ、なのよね」

秀麗がポツリと呟いた。


秀麗の夜食用にがおにぎりを握ってると邵可と静蘭がやって来た。

「私にも握らせてくれないかい?」

「私も、おにぎりを作らせてください」

今日の秀麗の様子に邵可も静蘭もいても立っても居られなくなったのだろう。

「ええ、助かります。持っていく役は燕青にお願いするんですよね?」

の言葉に2人は顔を合わせて同時にこくりと頷いた。


邵可と静蘭に倣っても聞き耳を立てる。

秀麗は朝廷が近くにありすぎて正直辛いらしい。

近所の人には結婚を仄めかされているし、結婚をすれば今のように勉強を続けられなくなる。

それを考えたら自分のやっていることは無駄じゃないかと思い始めたらしい。

しかし、燕青と話をしていたらすっきりしたらしく元気になったようだ。

室から出てきた燕青の盆を受け取る。

「ありがとう、燕青」

「いや、姫さんも中々の洞察力だな。こっちの思惑見透かされてたぜ」

「そのようね。私も聞き耳立ててたから知ってる。でも、本当に貴方が居てくれて良かったわ燕青。ありがとう。これは私が洗っておくから休んで」

「おっきい姫さん。あんたは、近所の人たちに言われないのか?」

「『結婚しろ』って?そりゃ、言われてるわよ。でも、『私は両親のように大恋愛をして結婚したい』って言ってるからそれ以上言われないの。『いい人が居なくて〜』とかだったら世話を焼かれちゃうかもしれないけど、自分で見つけたいって言ってるから近所のおばさんも強く言えないようね。私は秀麗と違ってズルイから逃げてるのよ」

そう言っては皿を洗うべく庖厨へ向かった。




絳攸、何だか男前(笑)
燕青もステキな男ですけど!


桜風
06.8.6


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