薄紅色の花咲く頃20





たちが紅家へ戻ると皆戻ってきている気配がある。

秀麗の部屋に行くと

「あれ?」

居てはいけない人、紫劉輝がいた。

黄尚書は大仰に溜息を吐き、は首を傾げてその様子を見守っていたが、いち早く秀麗の室に飛び込んだ柳晋が寝台の秀麗のそばで泣いていた。

秀麗は突然部屋にやってきた柳晋に驚き、彼の腕に巻かれている包帯を見て更に驚いた。

「......どうしても会いに行くと言って聞かなかったのだ」

黄尚書がそう言いながら秀麗の室に入った。

驚いた秀麗が声を上げる前にいつも元気いっぱいの悪がき柳晋が涙をボロボロ零しながら「ごめん」と先に声を発する。

泣きながら秀麗に謝り、そして、その言葉の中で皆は秀麗に冷たい視線を向けることになる。

「秀麗...」

半眼になってが秀麗の名を呼んだ。

秀麗は大人しくしていたら合間を縫ってせっせと写経の賃仕事をし、子供たちが宿題を素直に提出すればすっ飛んで賃仕事に向かうらしい。

「だ、だって...」

ダラダラと冷たい汗を流しながら秀麗は声を上げる。

柳晋はしゃくりあげるのが恥ずかしいのか、必死で何度も息を吸っていた。

その後、何度もごめんを繰り返している柳晋に秀麗は苦笑し、頭をやさしく撫でる。

「......私こそごめんなさい。たくさん我慢させていたのね」

柳晋は布の巻かれた手の甲でぐいと乱暴に涙を拭うと秀麗の布団にかじりついた。

「〜〜秀麗師、嫁になんていくなよっ!」

思わずといったふうに叫んだ柳晋に、その場の全員が目を点にした。......嫁?

「嫁、とは?」

側に居た楸瑛が聞いてくる。

「さあ?私も初耳です」

そんな周りの空気に気付かない柳晋はそのまま何か気になる単語なども織り交ぜて秀麗を説得し始めた。

「や、柳晋、別にお嫁にいくワケじゃ」

「ちょっと待つのだ、少年!よもそういうことなら余も黙っては」

「あんたは黙ってなさい!」

直後、劉輝は身を翻してまさに後頭部を直撃しようとしていた何かをはしっと受け止めた。反射的に受け止めたそれを見て秀麗を柳晋以外の全員はうっと息を詰める。

「......?何でいきなり扇子が飛んできたの」

しーんと誰もが秀麗の疑問に答えられず、ただ、あそこに誰か、というか黎深が居るということを悟った。

「誰の扇子なの?あら、もの凄く良いお品じゃない」

静蘭と楸瑛と黄尚書がちらりと絳攸に視線を送る。は絳攸に視線を送らないが、背後の気配に気を向けていた。

絳攸が必死に気付かないふりをして今、自分がどのような行動を取るべきか悩んでいるところに盆に粥をのせた邵可が戻ってきてちょっと手がすべって扇子が飛んでしまったと劉輝に大嘘を吐いて謝り、柳晋にも優しく声を掛けていたわるように首筋を叩いた。柳晋はそのまま意識を手放した。

それがあまりにもさりげなかったため、静蘭も楸瑛も邵可が何をしたのか気付かなかった。

邵可の言葉で柳晋の包帯の理由を知り、更に皆が何故此処にいるかも知った秀麗は礼を言う。

そして、

「あ、もしかして、あの糖蜜漬けやお薬の山も黄色尚書が?」

という疑問を口にした途端、またしても室の中に緊張が走る。

「......いや、あれは私ではないが」

「じゃあ、絳攸様か藍将軍ですか?」

「私ではないよ」

「お、俺、でもない......」

「何だか顔色が悪いですよ、絳攸様」

だろうなぁ、とはひっそりと溜息を吐いた。

それに気付かない秀麗は

「劉輝......のわけないし」

と、まだ気になっている様子。

「......あと誰かいるの?」

その瞬間、秀麗以外の誰もが扉の向こうに意識を向けた。

何とかきっかけを作ろうと頭を巡らせている絳攸を視線で制して邵可は待ってあげた。

3秒待ってみたが応答なし。

「いらっしゃったんだけどね、もう帰ってしまわれたよ。この扇子は忘れ物かな?」

き、厳しい!!

ズバッとした切り捨てに絳攸は息切れがしそうになった。扉の陰に隠れている黎深の魂魄が飛んでいく様子が目に見えてしまいそうだ。

「え?やっぱりどなたかいらっしゃったの?」

「きちんと自分で名乗りたいそうだからそれはまだね。好意だけ受けとっておきなさい」

「う、うん......?」

「さっきたちがお粥を作ってくれたから、食べれそうなら食べて、またゆっくり寝なさい。いま、お茶を淹れてくるからね」

最後の一言にその場は凍りついた。

が慌てて邵可を止めに走ったが、秀麗が回復したことに上機嫌になった邵可を容易にとめることが出来るはずがなく、寧ろ秀麗についていてくれと言われて結局根負けをして戻ってきた。

「姉様...」

「ごめん、今のお父様を止めることは私には無理だった...だから、あの。皆様は今のうちのお帰りください」

「え、ええ。そうです。あ、明日のお仕事に支障をきたすことになったら、とんでもないことに......本当に、遠慮なさらずに今すぐ!!」

黄尚書は布団にへばりついて眠っている柳晋を軽々と抱き上げた。

「......この少年。今晩は私の邸で休ませる。今頃父親がさぞ気を揉んでいることだろうからな。葉医師も留まってくれているゆえ、言葉に甘えて私は先に失礼する」

引き際も鮮やかに颯爽と踵を返す黄尚書は、不気味な仮面が気にならないほどに格好良かった。

ちなみに、室を出た黄尚書はもうひとつの拾いものをした。

自己紹介の練習をずっと続けてブツブツと言っている黎深をずるずると引きずる。

は黄尚書の後を追いかけて、

「門までお送りします」

と声を掛けた。

の声に黎深も正気を取り戻し、黄尚書の手を振り払ってしゃんとする。

「ああ、。またうちに遊びに来なさい。百合も逢いたがっている」

「はい。あの、扇子は今度何らかの形でお返しします。今日は秀麗のためにありがとうございました。黄尚書も、秀麗だけじゃなくて柳晋くんまでお世話になりまして」

「気にするな。ではな。秀麗のこと、ちゃんと看てやりなさい。ああ、見送りはここまで出いい。寒いだろう」

そう言って黄尚書は踵を返して颯爽とその場を去って行った。

なにやら美味しいところをとられた気がした黎深は黄尚書に向かって色々言っているが相手にされていない様子。

それでも、仲良く帰る姿には深く頭を下げて見えなくなるまでそうしていた。




黄尚書は引き際が鮮やかというか。
ちゃんと自分の身は守れる人ですよね。
まあ、静蘭のターゲットにされていないってのも大きな要因でしょうけど(笑)


桜風
07.4.30


ブラウザバックでお戻りください