薄紅色の花咲く頃24





秀麗たちも気を取り直して菜に箸を伸ばした。

「そういや、今年の会試の噂、聞いてるか?何でもガキがやったら多いんだってよ。おまけに今回は女までいるって噂だ」

秀麗と影月の箸が同時に止まった。

その噂の内容と好き勝手な批判に珍しくは不機嫌な表情を見せ、そしてその下品な笑い声のする方を軽く見た。

何かが光ったように見えた途端、どういうわけか男たちが座っていた椅子の足が揃って折れた。それどころか卓子の足もことごとく折れて頭から床に激突した男たちは、ついでに辺りに撒き散らされた皿やら菜の手厚い歓迎を受ける羽目になった。

突然の事でよく分からなかったが、何だか少しすっきりした。

「な、何あれ?」

「さあ、何だろうね」

突然起こった隣席の椿事に呆然と呟く秀麗に邵可はのんびりと応えて箸を手にする。

「さて、冷めないうちに食べようか。影月くんも、おつゆでも飲んで温まりなさい」

「あ、は、はい」

黙って俯いていた影月は言われるままに鴨肉の汁物を飲んで、ホッと息を吐いた。

「誰も、何の努力もしないで大切なものをその手に掴むことなんて、出来ないんだよ」

邵可は誰にともなく言った。

「藍将軍と絳攸殿をごらん。若すぎた彼らも、最初は散々にけなされてたけど、最後は努力という名の力で相手を黙らせてしまった。絳攸殿は、朝から晩まで、それこそ寝食を削って几案に向かっていたそうだよ。必要なのはきっと努力だけなんだろうね」

「...ありがとう、父様」

「ん?このお魚も美味しいよ、秀麗」

照れくさかったのか、話題を逸らす邵可。

その様子を見てはクスリと笑う。

「うん、本当に凄いご馳走よね。...あら、お酒まであるわ。影月くんちょっと飲んでみる?」

話題と雰囲気を変えるのが半分、冗談が半分で言ってみた秀麗だったが、影月の反応は意外にも激しかった。

「い、いいえっ!けけけ結構ですッ」

「あら、珍しい。興味ないの?」

と秀麗。

「一口くらい飲んでみたら?意外と美味しいかもしれないわよ?」

も勧めてみる。

「いえあの、僕お酒にもの凄く弱くて!出来れば匂いもかぎたくないというか...」

「あらら。じゃあ、お酒は父様と静蘭に任せて私たちはせっせと食べましょうか。姉様は?」

「私もせっせと食べるほうに参戦したいわね」

はそう答えて笑う。

家では殆どたしなまない邵可と静蘭は意外と酒には強かった。

酒盃を先に空ける2人に対して秀麗たちも箸を動かす。

「こんなちゃんとしたご飯何ヶ月ぶりでしょう」

としみじみと言う影月に秀麗は唖然とした。

「何ヶ月って、今まで何食べてたの?」

「干し飯とか干し柿とか煮干とか...」

「全部乾物ね...」

も呆れたように呟く。

「ね、ちょっと思ったんだけど。あなた記憶がない間にごろつきにカツアゲされちゃったんじゃないの?お金がなくなったんでしょう?」

秀麗が、先ほどの一件から推測して当然に帰結した事を口にするが、何故か影月は激しくおののく。

「ええッ?記憶のない間に?!」

「どうしたの?さっきもされてたじゃない」

がそう言って秀麗と顔を見合わせる。

「はあ、まあ。そうなんですけどー、...き、記憶がない間にカツアゲ...あー、でも王都ならそんなことも出来てしまうスゴイ人の1人や2人―...」

「え...影月くん?」

影月はブツブツと、ワケの分からないことを呟いている。

静蘭が思い出すようにちょっと首を傾けた。

「―――もしそうなら、青巾党ですね」

「静蘭知ってるの?」

「あ、私も噂に聞いたわ。近頃台頭してきたごろつきの集団よね?確か、腰に青い布をつけているのが目印になってるって...」

の言葉に静蘭は頷く。

「そうですね。とはいっても、ヤクザの新組旗揚げとは違うようで」

しかし、それなら「素人さんには手出し無用」が信条の、「組連」と呼ばれる親玉連合が黙っていまい。

「何それ。親分衆は目こぼししてるわけ?」

呆れながら秀麗が言う。

「今までは。ただ、近頃青巾党は目に余る行動が多いんですよ。親分衆もそろそろ動くといわれてますね。何しろ会試の時期ですから」

秀麗は難しそうに眉根を寄せた。

「そうね...でも青巾党の頭目は貴陽の人間じゃないわね」

「恐らくそうね。だって、自殺行為だもの。もしくは、単なるバカとか」

話の見えない影月にが説明をした。

貴陽の治安が良い事。そして、州府側と下街の間には明確な線引きがされていること。

「線引き...ですか?」

「ええ。貴陽ではいわゆる裏社会の親分衆が下街のごろつきを統制しています。堅気の人たちに迷惑をかけない範囲で抑えている限りは、上も敢えて手を出しません。必要悪というか、暗黙の了解みたいなものですね。
その中でも重要視しているのが会試期間です。他州から多く人が流入する時期ですから、犯罪も多発します。それを抑え込み、会試期間を無事やり過ごせるかどうか、親分衆の腕の見せどころというわけです」

「会試中の紫州が一番『仕事』がやりやすい、なんて噂が他州に流れでもしたら縄張り(シマ)を荒らされて面倒な事になるからね。第一、余所者にナメられるのは彼らの矜持が許さない。だから会試中は特に親分衆の目も厳しいんだよ」

「...父様、府庫にこもりきりなのに詳しいのね。シマって?」

惣菜をつつきながらそう言う父の言葉に秀麗は感心したような声を出す。邵可は慌てて

「あ、なんかね、本に載ってたんだよ」

とあまり上手くない咄嗟の言い訳をする。

「...随分ヘンな本まで読むのねぇ。ていうか、そんなこと本に書く人が居るの?」

「そ、それより影月君のことだろう」

急に話を振られて影月は慌ててブンブンと両手を振った。

「え、あ、僕はそんな、大丈夫です。それに、皆さんを危ない目の遭わせるわけにはいきません。金子は故郷の皆が少しずつ出してくれたものなので申し訳ないんですけど...」

「ええ!?そういうお金だったの??」

「はい。でもいいんです。これさえ無事なら...」

影月はそう言いながら傍らに置いてあった粗末な袋から巾着を探り出そうとして―――見る見るうちに蒼白になった。

「―――え!?」

「どうしたの?」

そんな影月にが声を掛ける。

「なななない!!」

「なな何が?!」

影月の慌てようにつられたのか、秀麗も慌てて聞き返す。

手に握られた小ぶりの巾着は、くたっと力なく垂れて、中を見るまでもなく空っぽだった。

影月は豪快に袋をひっくり返し、再び中身をあらためたが、やはり目当てのものがなかったらしい。

今までののんびり具合とは一転、影月の焦りようは尋常ではなかった。

「すみません!僕戻ります!!」

「ど、どこに?」

「胡蝶さんに僕を連れてきた人のことを訊きます。何か知っているかも」

「え、ちょ、影月くん!?」

荷物を袋に詰めなおすと、返事を待たず影月は酒楼を飛び出した。

「ごめん父様、静蘭。ゆっくり食べてて。姉様も!」

秀麗も慌てて影月を追った。

「...一応、私もついて行きます」

一瞬呆気に取られていた3人だったが、いち早く反応したのはで、静かに椅子から立ち上がった。





ありゃ、意外と長かった...
なるべく青巾党の説明は端折ろうと思ったのに、静蘭に長々と説明させてしまった...(汗)


桜風
07.8.15


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